1章3話 2人きりの自室で、会議を――(3)



「最後に会ったのは、私が特務十二星座部隊の一員になった時のパーティーです」

「――――」


「多くを語ることは、今の私に許されていません。ですが、プライベートなことに重点を置いて語るなら、アリスはきっと、私に憧れているんでしょう」

「――えぇ、アリシアさんはウソ偽りなく、王国最強の魔術師ですし」


 たとえばロイだって、聖剣使いでゴスペルホルダーなのだ。周りからの憧れや尊敬、恋愛感情も集中しやすい。

 第三者に限らず、妹であるイヴも兄に憧れているし、姉であるマリアだって弟を誇りに感じているだろう。


 それと似たようなモノだ。

 2人がロイに抱く感情と似たような感情を、アリスはアリシアに向けているのだ。


 否、イヴとマリアを引き合いに出さなくても、ロイだってアリシアの強さを羨ましいと自覚している。

 ゆえにアリスの気持ちを想像できないわけがなかった。無論、アリスの本当の気持ち、憧れは、ロイの想像以上に強くて確固たるモノなのだろうが――。


「アリスは良くも悪くも努力家な女の子、何事にも一生懸命で、真面目なエルフです。だからこそ、私がお父様との約束を守ったのに、アリスは努力しても結婚を白紙にできなくて、行き詰った時、私に訊いたのでしょう」

「訊いた?」


「最後に会ったパーティーで、訊かれたのです。どうすればお姉様みたいになれますか、と」

「それに、なんて答えたんですか?」


 瞬間、アリシアは自虐的に微笑んだ。

 しかしロイの方に視線はやらず、顔は机の上の手紙を向いたままである。


「答えられませんでした。自慢に聞こえるでしょうが、しかし、厳然たる事実として、私は私になる方法がわからなかったのです。理由は単純明快、肩書きはともかく中身の方は、なろうとして今の私になったわけではないからです」


「……っ」

「ロイさん。あなただって、どうすればロイ・モルゲンロートになれますか? って訊かれても、困るのではありませんか?」


「はい……」

「それっきりですね。ケンカ別れしたわけではありませんが、ある意味、それよりも気まずい感じで、お互いにモヤモヤを残したまま、もうこの姿になってから会っていません」


「そう、ですか」

「正直、私という姉がいるのに、挫けることなく、不貞腐れることなく、逆にどうすれば私みたいになれるか? そう質問してくるアリスはきっと、私以上の向上心の持ち主でしょう」


「――――」

「だからこそ、努力を重ねているのにお父様との約束を守れない自分に、情けなさを感じているのかもしれません。ですが――」


「ですが?」

「根本的な話、私が極めて例外だったというだけで、普通はお父様に勝てません。これはつまり、そもそもお父様には約束を守る気がなかった、そういうふうに捉えることもできて、本当はアリスが自分を責める必要なんて微塵もないんです」


「――――」

「きっとアリスは結婚することになったら、最終的に、自分の努力不足を責めるでしょう。もう充分に努力しているのに。アリスはなにも、悪くないのに。そして、自分がダメだからこうなった、と、いつかは間違いなく結婚した事実を受け入れます」


「アリシアさん……」

「これで私という姉がいなければよかったのですが、私が身近にいた分、アリスはなおのこと、私にはできなかった、と、納得したらいけないところで物分かりがよくなります」


「だから……同じ家族でも、お父様より、妹を?」

「えぇ、実際に私だって、一度も会ったことのない殿方と強制的に結婚させられそうになったんです。お父様にも当主として何かしらの事情があることは理解していますが、私たちにも娘としての心情がありますから」


 そこでふと、アリシアは立ち上がった。

 彼女の手には、いつの間にか書き終わっていた手紙がある。


「ロイさん、不甲斐ない私を許してください」


「――――」


「不甲斐ない姉の代わりに、妹を、アリスを、よろしくお願いいたします」


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