1章2話 2人きりの自室で、会議を――(2)



「じゃあ、ボクのでよろしければ机と椅子、筆記用具とか使ってください。アリスはボクの筆跡を知っていますし、アリシアさんの筆跡も知っていますよね?」

「えぇ、そのはずです」


「なら代筆することもできませんし、恐縮ですが、お願いします」

「はい。むしろ、こちらこそ手渡しに関して、よろしくお願いします」


 言うと、アリシアはロイの椅子に座って手紙を書き始めた。

 今は幼女の姿なので、微妙に足が床に付かず、プラプラしている。


「……書きながらで大丈夫ですけれど、質問してもいいですか?」

「はい、なんなりと」


「錬金術の悲願、それは別の物質から黄金を錬成することですよね?」

「? えぇ……そうですけど」


「そしてアリシアさんはこの前、どこかにストックしていた熱エネルギーを質量に変換して、ボクとレナード先輩の負傷を穴埋めしました」

「ロイさん、あなた、まさか――」


「電子や陽子の数を弄れば理論上、別の物質から黄金を錬成することだってできます。アリシアさんにお伺いしたいのは他でもありません。この事実はすでに発表済みですか?」


 その刹那、不意にアリシアは手を止めてロイに驚愕の視線を送った。

 自分も自分で天才と称される魔術師だったが、この少年も間違いなく、天才に相応しい知識の持ち主なのだろう。


 率直に言って、あのアリシアでさえロイに対して尊敬の念がこみ上げてくる。

 彼女でさえ10代の頃はそこまで知識を深めていない。武力ならともかく、本当に久しぶりに、知力に関しては少しばかりの敗北感さえアリシアは覚えた。


 まだまだ自分も若輩者。

 ロイを通してそのことを思い直し、気を引き締めたアリシアだったが、しかし次の瞬間、すぐに彼女の顔は陰りを見せる。


「……仰るとおり、それはすでに発表済みの情報です。以前言ったと思いますが、私の同僚には錬金術師の方がいて、彼がとっくに」

「そう、ですか……」


 図書館に第1部中編行った時4章2話、ロイはこれをアリスに語ってかなり彼女に尊敬された。

 が、やはり彼の予想通り、すでに他人によって発表されていたようだ。


 アリシアがエネルギーと質量の等価性を利用した魔術を使っていたので、もしかしたら……と思っていたのだが、残念ながら当たってしまったようである。

 もうこれをアリスの発見ということにすることは絶対にできない。


「ロイさん、一目見た時から察していて、レナードさんとの決闘を中断させた時には確信していましたが――あなたは間違いなく天才です。そのレベルの会話ができる知人なんて、私の同僚にも両手で数えられる程度しかおりません」

「特務十二星座部隊の方にお褒めいただけるとは、光栄です」


 改まってロイは口調を正し謙遜するが、アリシアとしてはいささか反応がつまらなかった。

 自分で思うのも傲慢な気がしたが、彼女が他人を心の底からべた褒めするなんて滅多にないことだ。目上の自分には謙遜しておくのがロイの礼儀なのかもしれないが、彼女を以ってしても、彼の知識量はスゴイと言わざるを得ない。


 実は内心でかなり浮かれていたのだが、いかんせん、褒められた本人がこの様子だ。

 アリシアは地味に(勝手に浮かれていて、恥ずかしかったかもしれません……)と少々、乙女心を傷付ける。彼女だってまだ23歳なのである。


「そういえば、ずっと忘れていたことがあったんです」

「急に話が変わりましたね……」


 ロイは少しだけアリシアに近付く。

 アリシアはそれに手紙を書きながら応えた。


「2ヶ月も前のことなので、しかも1回しか鱗片を見せなかったので、印象が薄かったんですけど……アリスはアリシアさんのことを、ボクに尋ねていました」


「――アリスが、ですか?」

「アリシアという女性、知らない? って」


「そう、ですか」

「今までの話を聞いて、長年会っていないことと、その理由はだいたい察しました。けど、最後に会った時はどんな別れ方をしたんですか?」


 不意に、一瞬だけアリシアのペン先が止まった。

 しかしすぐにペンを再度走らせ始めて、意図的に平坦な口調で語り始める。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る