後編 2番目のヒロインは金髪蒼眼のエルフ(下)

1章1話 2人きりの自室で、会議を――(1)



 アリシアの宣告から数秒を置いて、ようやく、ロイは口を動かせた。


「……アリシアさんが直接、アリスを助けるわけにはいかないんですか?」


 他力本願ではあるが実際、真っ先に思い浮かぶ一番確実な発想だ。

 現時点でロイの何十倍も強くて、2人の父親さえ実力で上回っているアリシアが動いた方が上手くいく可能性は間違いなく高い。


「私は、アリス、そしてお父様の前に姿を現すわけにはいかないんです」


 口調はおっとりしているが、しかしハッキリした言い方をする大人の女性らしい声。

 だが、その声にはどこか憂鬱さが混じっているような気もした。少なくとも、ロイはアリシアの声を聞いてそう感じたのである。


「アリシアさんが日頃、幼女の姿であることと、なにか関係が?」


「――それは王国七星団の箝口令かんこうれいに該当する情報です」


「そうですか。わかりました」


 簡単なことだ。

 関係を問われて、箝口令が敷かれていると答えるなんて、関係しています! と、暗に言っているようなものだ。本当に関係していないのなら、素直に否定すればいいのだから。


 ここで再度、アリシアの身体が燐光に包まれた。

 そして数秒経って燐光が集束すると、アリシアはまた、幼女の姿になってしまう。


「さて、改めまして――夜の11時ですけど、今日はまだギリギリ、トパーズの月の21日です。で、アリスの結婚式とロイさんの昇進試験の日はラピスラズリの月の1日、日曜日に入っています」

「日曜日、ってことは――」


「十中八九、お父様はトパーズの月の29日、金曜日の放課後か夜に、アリスを連れてエルフ・ル・ドーラ家を出発するでしょう」

「都合が、いいんでしょうね……」


 月~金曜日までアリスを学院にキチンと通わせて、その放課後に迎えにくる。

 翌日は土曜日なので学院に行く必要がなく、馬車での移動に打って付けだ。


 そして偶然か否かはロイの知るところではないが、アリスの学院生活と新婚生活の境目は、トパーズの月とラピスラズリの月の境目でもある。

 都合がいいというよりは、区切りがいいという表現の方が適切だろう。


「アリシアさん、このことをアリスには?」

「伝えていません」


「なぜ?」

「まず、手紙を使うことは不可能です。送り主の名義をどのようにしたところで、どのような手紙でもアリスの手に渡る前に、お父様の検閲が入るでしょう」


「念話ができるアーティファクトを使うのは?」

「私は当然持っていますが、あれは本来、割と高価な物です。エルフ・ル・ドーラ家にも1枚ありますが、アリス個人の物ではなく、家族共用の物でした」


 ロイは前世のことを思い返す。

 彼の前世では高校生でもスマートフォンを持つことが普通だった。が、その30~50年前までは一家に1台、置き型の電話があれば裕福な方だったのである。それと似たような感じだろう。


「なら、魔術を使えば……。アリシアさんはオーバーメイジなのですし……」

「今は住んでいないとはいえ、自分の家なのでよく知っています。エルフ・ル・ドーラ家には、防犯目的で侵入者を迎撃するアーティファクトが仕込まれているのですよ」


「それぐらい、アリシアさんなら突破できるはずかと……」

「突破そのものは普通の魔術師なら困難を極めるでしょうけれど、私には確かに可能です。しかし問題はその先で、突破を可能にする場合、多めの魔力を使いますからお父様に感知されます。侵入者の正体が私とわからないままでは、お父様はアリスを連れて逃げるでしょう。逆にお父様の感知を逃れる場合、迎撃システムの突破を可能にするほどの魔力を使えません」


「直接、アリスに会って教えてあげるのは――」

「先ほども言ったとおりですわね」


 どうやら、どう足掻いてもアリシアがアリスに情報を伝える手段はなさそうだ。

 ゆえに、ロイは考え方を少しだけ変える。


「なら、やはりボクがアリスに伝えるべきですね」

「申し訳ありません。お願いします」


「でも問題は、どうやってアリスに伝えるか、その方法ですね」

「えぇ」


 アリスはロイのことを信頼している。

 だがしかし、ロイがいきなり結婚式の日程を伝えても驚くだけだ。


 アリスがロイのことを無条件に信じる可能性はかなり高いはずだが、それにしても「どこでその情報を手に入れたの?」程度のことは訊いてくるはずである。

 となるとアリシアの存在を明かしつつ、なおかつ2人を再会させない方法がベストなのだろう。


「アリシアさん」

「はい?」


「手紙を書きましょう。それを、ボクがアリスに直接手渡します」

「まぁ、それが結局、一番無難かもしれませんね」


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