4章10話 2人きりの自室で、ロイに秘密を――(2)



 そして驚いているロイを意に介さず、彼女はマイペースに話を始めた。


「ロイさん、実はあなたに、いい話と悪い話と普通の話があります」


「……先に聞きたいヤツを選べ、ということですか?」


「いえいえ、違います。現状をわかりやすく伝えるために、私が勝手に、普通の話、いい話、悪い話の順番で語らせてもらいます」


 アリシアは「こほん」と見た目が幼女なのに、大人ぶった感じで咳払いをする。

 しかし大人らしさは微塵もなく、むしろ背伸びしていてとても可愛い。


「あなたのルーンナイト昇進試験、その対戦相手が決まりました」


 別にロイは驚かない。

 逆に、平然と返した。


「レナード先輩、ですよね?」


「バレていましたか」

「誰にでもできるパズルですよ。先輩はボクと同じ聖剣使いで、しかもランクも同じでロードナイトです。この時点で先輩がボクの対戦相手として選ばれたとしても、なんら不思議ではないでしょう。けれど、それ以上に推測が確信に変わったのは――」


「―――」

「他ならぬ特務十二星座部隊の一員であるあなたが、ボクと先輩の決闘に介入した時です」


「――まぁ、お察しのとおりです。正式な通達は後日だったので控えさせていただきましたが、あの時点ですでに2人が戦うことは決定していましたので」

「そして最後に、究極的な決定打があります」


「それは?」

「アリシアさん、あなたはボクと先輩の決闘を、正確には強制的に終わらせたんじゃない。再戦の機会を与えると言って、実際には中断させただけです。そしてその再戦の機会というのが――」


「えぇ、ルーンナイト昇進試験です」


 楽しそうにアリシアは笑う。

 目を細めて、口元を緩ませて無邪気に笑うその表情かおは、どこからどう見ても幼女そのものだった。


「前述したように、実はあの時から2人が対戦することは決定事項でした。そして今夜はそれに加えて、正式な対戦日時も決定したので、それをお伝えに」

「それだけのために、アリシアさんが?」


「いえ、先ほど挙げた3つの話、そのうちのいい話に関しては、他の誰にも、私にしかロイさんに伝えられない話でしたので」

「それで、そのいい話って――」


 ロイはアリシアにどこか縋るような目を向けた。

 そして彼の切実な視線を受けて、出会った時から余裕綽々だったアリシアは初めて真剣な顔付きになって、朗報を語る。


「ロイさんのお友達、アリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインの結婚式は10日後です」

「な――っ」


 二重の意味で、なぜアリシアが知っているのだろう?


 アリスの政略結婚のことで、ロイがもがいていることも。

 アリス本人すら知らなかった結婚式の日程も。


 両方、誰もわからないはずだったのに。

 アリシアの得体の知れなさに、ついにロイは声を震わせて問いかける。


「アリシアさん、あなたは何者なんですか……?」

「――そうですね。ロイさんには、私の正体を明かしましょう。本当は禁止されていることなのですが、必要なことなので」


 パチン、と、アリシアは指を鳴らした。

 瞬間、彼女の身体は蒼い燐光を発して蜃気楼のように揺れ始める。


 シルエットだけの状態になったアリシア。

 急激に身長が伸び、胸がシーリーンやマリアよりも大きく膨らみ、おしりと太ももがとても肉感的に丸みを帯びる。


 そして身体から発生していた燐光が収まると、そこには1人のエルフがいた。


「あぁ、アリシアさんって、つまり――」


 緑豊かな森を吹き抜ける風のようにサラサラな金色のゆるふわロングの髪は、一目見ただけで見惚れて、息を呑み、時の流れを忘れるほど綺麗だった。

 エルフ特有の尖った耳にその流れるような髪をかけ、女性らしく長いまつげとパッチリとした二重のまぶたの中には、蒼い瞳がサファイアのように飾られていた。


 そう、まるで――、

 ――アリスの髪と瞳のように。


「私の本名はアリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン。エルフ・ル・ドーラ家の長女で、要はアリスの姉です」


  顔立ちはとても端正で上品さ、淑やかさに溢れているが、貴族特有の近寄りがたい感じはなく、本当の姿をパッと見ただけでも、かなり自由奔放そうで、おてんば娘みたいな雰囲気だった。

 もしかしたら姉がけっこうマイペースな天才肌だから、アリスはあそこまで生真面目になったのかもしれない。


「なんでアリスのお姉さんが幼女の姿に……」

「理由はさておき、自分で言うのもアレですが、割と可愛らしい幼女だったとは思いませんか? もちろん、本来のプロポーションにも自信がありますが」


 見る者の全員を一瞬で恋に落としてしまうような、可愛らしい笑顔でウインクするアリシア。

 確かに、仮に揉んでも指の隙間から溢れるほどに胸は大きく、白い太ももを滑らかな曲線を描いていて扇情的だ。


「それはさておき、まさかロイさんとアリスがお友達でしたとは……。そうだったなら、もっと早く正体を明かしておけばよかったです」

「もしかして、最近知ったんですか?」


「はい。ロイさん本人と、レナードさんについては昇進試験の都合で資料を読んだのですが、あくまで本人の学院での成績をメインで読んだので、友人関係までは……」

「なんて酷いすれ違いなんだ……」


 目に見えて落ち込むロイ。


「でも、アリスの結婚式の日程がわかったのは収穫です、ありがとうございました。それで、最後の悪い話というのは――?」


 珍しく、アリシアは会話の相手から目を逸らした。

 いや、いつも余裕綽々で、それに相応しい中身も肩書きも持っている彼女がこういう反応をしたのは、ロイの前では初めてだった。


 なにか後ろめたいことでもあるのだろうか?

 そう察して、ロイが次の言葉を考え始めたその時、アリシアはなにかを吹っ切るように首を横に振ったあと、彼に告げた。


「ロイさん、申し訳ありません」


「へっ?」

「昇進試験を取り仕切るのはそれ専門の部署で、私は確かに特務十二星座部隊の一員ですが、管轄外のことに口出しするのはとても難しいんです」


「アリシアさん、なにを……?」

「そしてアリスの結婚式も、日程についてはエルフ・ル・ドーラ家の都合よりも、相手の家の都合が優先されて、私にはどうすることもできませんでした。特務十二星座部隊の肩書きを使えば、私的な結婚式に公的な機関が介入することになってしまいますので……」


「――っ、まさか!?」


 アリシアは悲しげに瞳を潤ませて、揺らして、そして俯く。

 それだけで充分だった。ロイはアリシアのいう『悪い話』とやらを察してしまう。


 ふざけるな!

 ロイは思わずそう怒鳴りたくなってしまうほどの衝動を、奥歯を軋ませ、拳を握り、皮膚に爪を喰い込ませて必死に抑える。


 そう、即ち――、

 悪い話というのは――、


「ロイさんのルーンナイト昇進試験と、アリスの結婚式は、同じ日に行われるんです。昇進試験に臨むなら、結婚式の邪魔はできない。逆に結婚式の邪魔をするなら、成功するにしても、失敗するにしても、昇進試験には間に合いません」


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