1章4話 人気がない学舎の裏で、手紙を――(1)



 翌日――、

 トパーズの月の22日、金曜日――、


 ロイは昼休みにアリスを人気のない3号館の裏手に呼び出した。

 シーリーンには「例のアリスのことを、ちょっと」とほんの少しだけ説明しており、イヴとマリアの足止めを任せている。


 幸い、建物の裏側といっても学院の敷地内なので、整備されていないということはない。

 ベンチがあったので、ロイはそこにアリスを座らせる。続いて自分も座り、責任を持って昨夜、アリシアがしたためた手紙を手渡した。


「読み終わったわ」


 一読すると、アリスはアリシアからの手紙を便箋の中に戻す。

 そして「ふぅ……」と、物憂げな溜め息を吐いた。


「ロイは、お姉様と会ったのね」

「うん」


 それはロイがアリシアからの手紙を手渡す、という方法を選んだ時点で、誤魔化しようがないことだ。ゆえに、ロイは変にウソを吐いたりはしない。

 だが逆に、彼の語る真実によってアリスは少しだけ俯いた。


「……お姉様、なんで私に会いにきてくれないのか、なにか言っていたかしら?」

「ボクが受けた説明だと……確かに、アリシアさんにはアリスになかなか会えない理由があるらしい。ボクにこの手紙を託したのは、言い方は少しアレだけど、どうしても説明できないから、だって」


「ロイは理由、聞いたの?」

「教えられていないよ。アリシアさん曰く、ロイさんに教えてしまったら、アリスが意地でも吐き出させようとするでしょうし……だって」


「どうしても……私からの追及を躱すつもりなのね」


 チクリ、と、ロイの心に罪悪感のトゲが刺さる。

 ウソだった。ロイはアリシアからアリスと再会できない理由を少しだけ聞いている。幼女の姿になった理由は知らないが、幼女になったことが会えない理由であることは知っているのだ。


 このウソは昨夜の段階でアリシアと一緒に考えたモノだ。両者、得心はいっていないが、これで妥協したのである。

 この状況でアリスを微塵も傷付けない建前なんて、存在するわけがない。


「アリス、1つ、聞いてほしいことがある」

「ん?」


「ボクはアリスが望むなら、もちろんシィが認めてくれて、彼女と一緒にだけど、キミと駆け落ちすることだっていとわない」

「~~~~っ」


 アリスはエルフ特有の透明感のある白い肌、頬を、一瞬で乙女色に染めた。

 仲のいい異性の友達から、急に駆け落ちすることを提案されたのだ。アリスでなくとも思春期の乙女なら、大なり小なり動揺して、頬を赤らめること必至だろう。


 しかし、いくらなんでもロイの提案はアリスだけではなく、ロイ自身にとっても常識的とは言えない。

 グーテランドでは駆け落ちがありえないというわけではなかった。少なくはあるが、確かに存在する愛の形である。しかし逆を言えば、確かに存在することはするが、かなり少ない。本当に珍しい結ばれ方と言えるだろう。


 しかもロイとアリスはまだ10代である。

 働ける年齢とはいえ、2人は学院に送り出した親を、そしてロイの場合、エルヴィスさえも裏切る形になる。


 だが、それでもロイは強く想う。

 不本意な離別なんて、死んでもゴメンだ、と。


 そして、いくらかの時が流れた。

 俯いていたアリスが、ついに答えを口にする。


「私は……別にいいわ」


「…………っ」

「ロイの提案は友達としても、そして少しだけ、女の子としても嬉しかった。正直、胸がドキドキしたわ」


「なら――っ!」

「でも、本当にこれ以上は、ロイに迷惑をかけられない」


 ロイは『とあること』を察して、一瞬で後悔した。


(そういうことか……っ、アリスは周囲の人間が手を差し伸べるほど、逆に諦めていくんだ! ボクはもう気にしていないし、駆け落ちはボクから提案したのに、真面目だから……! 本人は無自覚だろうけど、助けようとすると、自分の努力不足を痛感して、実力不足のせいだと思い込んで、逆効果なんだ……ッッ)


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