2章12話 決闘場で、学部最強の騎士と――(5)



 斬撃舞踏も、【光り瞬く白き円盾】も、風も、星彩波動も、それが事象である以上、どう足掻いてもなにか『原因』に成り得て『結果』というモノが付随する。しかも大抵、1つの事象から複数の結果、次の事象が発生して然るべきだ。


 斬撃舞踏の場合、パッと思い付くだけで『太刀筋が増える』『相手を斬ることができる』『もしかしたら躱されるかもしれない』そして逆に『もしかしたら相手の息の根を止めるかもしれない』という、技を発動する上で無視することのできない可能性が存在する。


【光り瞬く白き円盾】もそうだ。魔術であり盾であるならば、『攻撃から身を守れる』『発動中は魔力を消費する』『敵の攻撃力によっては壊れるかもしれない』そして『空間に固定すれば、上を歩くことができる』という、やろうと思えばできることや、やろうと思わなくても、もしかしたら起きてしまうことが存在する。


 風の大砲、魔術でもスキルでもない空気だろうと例外ではない。『斬ろうとしても、空振るだけで斬ることはできない』『だが、剣を振れば多少の風を起こすことはできる』『吸うことができる』『会話や楽器を演奏する時、振動を伝えることができる』という、意味があるか否かは置いておいて、使い道、応用の仕方が存在する。


 そして星彩波動にも言わずもがな、『相手にダメージを与える』『純白の輝きと黄金の風が発生する』『前方に進む』『威力を制御しなければ、使い手にさえダメージが入ることもある』という、本意か不本意か、意図したか否かは関係なく、どうしても発動に付随して、そして連動する可能性が存在する。



「要は、アレだ。端的に言うなら、確率の収束に抗う能力チカラとでも覚えてくれよ。俺のアスカロンは起点となる事象から起こる結果の優先順位、これに介入して、統計的な偏りを有意なほどに連発するんだ」



 たとえば実例として、ロイは斬撃舞踏に自信があった。自分とレナード、騎士同士の実力は拮抗していて、その上で聖剣のスキルを使ったのである。

 まさに初見殺しとも呼べるような斬撃だったが……恐らく、エクスカリバーをアスカロンで弾いた際、『戦闘に支障が出るほどのダメージを負うか否か』の確率を操作したのだろう。


 ゆえに、【光り瞬く白き円盾】の時は壊れるか否かを、風の大砲の時は人体を吹き飛ばせるほどの突風になるか否かを、星彩波動の時は生き延びれるか否かを、使い手の都合のいい方に偏らせたのだろう。


 経験則で――否――経験則だとしても、これらの確率的な発生の傾向はわかるはずだ。

 本来、学術的にはまるで好ましくないことではあるが、たとえば剣で扇いだら突風が吹き荒ぶなど、調べなくても判断できるほど珍しい事象だ、と。


「攻撃をしようが防御をしようが、アスカロンを使われたら、当たり前のように思い描いていた結果が訪れない……。初見殺しも甚だしい能力ですね……」

「テメェはそれを見切ったじゃねぇか。つーか、こっちはまだ具体的な能力がわかってねぇけど、刀身が分裂する剣を持っているヤツに、ンなこと言われたくねぇなァ」


「では、お互い様ということで」

「まァな、決闘だろうと戦いのうちだ。手のうちを隠して非難される道理はねぇよ」


 血が流れ過ぎている。まだ動けるが、わざわざ声を張り上げる気にはなれない。そんな状態のレナードが静かに言うと、彼は再びアスカロンを構えた。

 腕がありえない方向に曲がっていようが、目の前の敵はまだ立っていて、レナードから視線を逸らしていないのだ。


 ロイはまだ戦う気だ。

 ゆえに、レナードもまだ戦うつもりだった。


 対して、ロイも再びエクスカリバーを握る手に力を込める。右腕はもう使い物にならない。必然として左手だけで剣を振るうことになるが、是非もない。

 卵が先か鶏が先か。そういう類の話になってしまうが、ロイもロイで、レナードがまだ戦えたから、自分から戦いをやめるわけにはいかなかったのである。


「テメェ、右手が使えねぇんだろ? 無理すんなよ」

「先輩こそ、脇腹から大量出血していますよ? もう身体、捻れないんじゃないですか?」


 図星を指されるとレナードは失笑した。

 釣られてロイも苦笑する。


 この程度、戦いをやめる理由にならない。

 アリスのことを抜きにしても、同年代の騎士でここまで自分と斬り合える相手と、実際に斬り合っているのだ。端的に言うなら――終わらせるのがもったいない。


「ボク、先輩のことを気に喰わないって言いましたよね?」

「アァ、先輩に言う言葉じゃねぇなァ」


「ですけどねぇ……ッッ、やっぱり、ボクは先輩のことが気に喰わない! アリスに絶対相応しくない束縛男ですし、ボクよりも強いなんて、ムカつくじゃないですか!」

「上等! 俺もテメェが気に喰わねぇ! 俺の好きな女の近くにいる天然タラシの鈍感男のクセに、将来、俺よりも成長しそうで、強くなりそうで、…………ッッ、ゼッテェに斬り伏せる!」


 まるで獣が牙を見せて威嚇するように、ロイもレナードも昂揚し、好戦的に凄絶に笑う。

 全身に流れているはずの激痛さえ脳内麻薬で黙らせて、2人が互いに向かって走り出そうとした、その時だった。


 ボロボロになった決闘場のステージの中央、ロイとレナードの中間に、隕石のようななにかが落ちてくる。

 その正体は――、


「水を差すようで申し訳ありませんが、そこまでです。2人とも、かなり深めのケガをされているじゃないですか」


「アリシアさん!?」

「なんだ、このメスガキは!? 邪魔すんじゃねぇ! 夜も遅ぇし家に帰れ! 親御さんが心配すんぞ!?」


 と、レナードが一見5歳児にしか見えないアリシアに叫び散らした。

 しかし、特にアリシアに怯えた様子はない。正体が正体なだけに当然のことではあるが、彼女はレナードを無視して一度、両手を叩いて音を鳴らすと――2人の傷を完璧に治してみせる。


「治癒魔術……いや、無から血肉を創造しやがった……ッッ!?」

「いえ、それもたぶん違います……。どこから調達したのかは知りませんが、熱から質量を錬成したんです……ッッ! まず間違いなく、エネルギーと質量の等価性に気付いて!」


「ご名答、やはりロイさんは見所がありますね。私が今まで会ってきた人たちの中で、間違いなく将来性は一番です。もっとも、錬金術の研究に関して言えば、私の同僚の方が専門なのですが」

(……ッッ! この世界で相対性理論の解の1つをすでに暴いているなんて、本物の天才はこっちでしょ! しかもこれで錬金術が専門じゃないって……ッッ)


 そこでふと、アリシアはレナードに向き直った。


「初めまして、レナード・ローゼンヴェークさん。私はアリシアという者で、特務十二星座部隊、序列第2位の【金牛】を務めるオーバーメイジです」

「なっ、ん……だと!?」


 誰よりも自分が一番強い。今はまだ敵わない相手がいても、いずれ必ず超えてみせる。

 そう本気で考えていたレナードでさえ、アリシアの発言には驚愕を隠せなかった。


 否、それよりも深く、強く、鮮烈に、正確に言うならば――そう、戦慄した。

 レナードはいつの間にか自分が一歩、後退あとずさりしていることにすら気付かない。


 完璧に、それは無自覚、無意識に刻まれた防衛本能だったのだろう。

 ただ目の前に立たれただけで、このメスガキにはどう足掻いても勝てねぇ、と、レナードでさえ潔く力量差を認めざるを得なかったのだ。


「さて、唐突ですが、ここであなたたちに勝手に戦われると、こちらとしては少々、都合が悪いと言わざるを得ません。この勝負はいったん、私が預からせてもらいます。もちろん、然るべきのちに再戦の機会は与えますが――異論はありませんね?」


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