2章11話 決闘場で、学部最強の騎士と――(4)



 アスカロンから紫電のごとき燐光と、古竜のブレスを彷彿させるような、夜明け前の紺碧よりも蒼い炎が放たれる。

 躊躇えば負けるのだ。そのスキルの発動に加減はいらない。


 そしてついに、聖剣のスキルと聖剣のスキルが真正面から激突した。

 大気中の魔力が乱れ、灼熱で熔かすように消滅していく。


 レナードは死に物狂いで星彩波動をアスカロンで処理し続けるが、その余波だけで今にも吹き飛ばされそうな逆境を強いられる。

 一方、ロイの方もレナードのスキルを突破するためには、自らの両腕さえ壊れそうなほど、星彩波動の出力を上げなければならなかった。


 星彩波動はロイもレナードも関係なく、両者の肌をジリジリと焦がしていく。

 ロイにさえ激烈な負荷がかかり続ける以上、計算タイプのレナードにとっては望ましくないことに、決闘の勝敗はある種、根比べで決まるかもしれない。


 とはいえ、根比べと言ってもウソ偽りなく命懸けである。そしてなにより、長期戦ではジリ貧と理解して、自らの土俵に敵を引きずり込んだのは間違いなくロイの実力、レナードが軽視した機転によるモノだ。

 根性論で勝敗が決まるとしても、バカにできたモノではない。


 エクスカリバーの切っ先から、止め処なく新しい極光がレナードに向かって撃ち穿たれる。それを迎え撃つために、アスカロンはその破滅の光を高速で、精確に、されど力強くスキルで処理し続けた。


 網膜さえ灼くような光が敵を滅すべく、轟々と輝き、煌々と瞬き、別の聖剣はそれを迎えるために紫電と蒼炎を舞い散らす。

 聖剣の使い手に選ばれた2人の英雄の雛――彼らは魂を灰になるまで燃やすように、互いの聖剣に全身全霊を込めて咆哮した。


 眼前に広がるのは、天に輝く一等星が地上に堕ちたかのような純白。

 その一色だけが視界の全てで、ゆえに相対的に色彩が奪われた世界で、今、この瞬間――、




「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」




 弩々ッ、轟ッッ! と、骨の髄まで響くほどの衝撃がはしった。

 観客席の方はともかく、決闘場のステージは全壊して、爆発のように土煙が舞う。聖剣と聖剣がぶつかり合った余韻で、灰燼かいじんが竜巻のように天高くまで昇っている。


 そして数秒後、少年たちは土煙の中から立ち上がった。


 今の一撃で決着を付けるために、限界を超えた星彩波動を撃ったせいだろう。ロイの右腕はもう絶対に戦えないほど、ありえない方向に曲がっていた。

 並びに、多少はアスカロンのスキルで処理できたとはいえ、レナードの方もダメージが大きい。彼の目立て通り、余波を少し受けただけでも、脇腹の肉が抉れてドクドクと血が溢れ始める。


 まさに両者、満身まんしん創痍そういの状態だった。

 しかしロイは挑発するように笑って――、


「推測できましたよ、アスカロンのスキル!」

「…………ッッ」


「言いましたよね、ボクは転んでもタダじゃ起きない、って」

「ハッ、違いねぇ」


 ロイはツバ――否――喉の奥から滲んだ血液を吐き捨てる。

 対してレナードは皮肉そうに言葉を吐き捨てた。


「ボクは先ほど、アスカロンのスキルは斬った対象の『本質に近いナニカ』を上下させるスキル、そのように見当を付けました。そこで感じたんです。アスカロンのスキルを使って起こした現象、それに共通している事実はなにか、って疑問を」


「――――」

「斬った対象の『本質に近いナニカ』――少なくともこれは寿命、持続時間ではありません。今、星彩波動を撃って確信しました。当然ですよね? 存在の持続時間に干渉できるのなら、ボクも先輩も、ここまで傷付くことにはならなかったでしょうし」


「ハッ、斬った対象を不滅にも死滅にも操作可能ってーのは、流石にありえねぇから安心しな」

「まぁ、正直、ボクは一瞬、先輩のアスカロンは奇跡を起こすスキルなんじゃないかって思いましたよ。一度弾いただけで斬撃舞踏の軌道を全て逸らしますし、剣を振りまわしただけで風の大砲を撃ってきますし、絶対に壊れない魔術防壁を作れますし、挙句の果てには、直接的にダメージには繋がらないスキルで星彩波動を相殺したじゃないですか? 奇跡としか言えないような、ありえないことが起こりすぎです」


 不意に、ロイはいくら感覚的な人間だとしてもありえないぐらい、非論理的な可能性を口にした。

 だが、ロイは見逃さなかった。あまりに論外な可能性を口にしたはずなのに、レナードはなにも言わなかったのだ。彼の性格を考えたら、


 ゆえに――、


「あれ? テメェ、バカだろ、って笑わないんですか?」

「――――っ」


 その瞬間、確かにレナードの表情かおには動揺が滲んだ。

 奇跡を起こすスキルだと思ったけど、常識的に考えて撤回した。ロイの口振りからそのニュアンスを汲み取って安堵していたのだが、ここにきてレナードは間違いを犯す。


 彼の言うとおりだ。

 撤回しようが突き通そうが、奇跡なんて言葉で現実の攻撃の説明を片付けようとした時点で、普段の自分なら絶対にバカにして一蹴して然るべきなのだから。


「奇跡と言うから現実的ではありませんが、常識的――いや――確率的に考えたらありえないことを起こせるスキル、そう言い換えればどうでしょうか?


 自分で言うのも自惚れている感じがしますけど、同年代が相手なら、滅多に手元を狂わせないボクの手元を狂わせたり。

 聖剣を扇の代わりにしただけで、風の大砲を放てたり。


 普通に考えたら壊れる防壁を壊れなくしたり。

 そして、星彩波動が自分を気絶させる否かの確率を操作して、ボクのチカラ切れを待ち、即行で黙らせることができない代わりに、必ず戦闘を継続できたり」


 ロイはレナードを睨む。

 レナードはそれを愉快そうに迎えた。


 確かに、動揺はしてしまった。

 だがそれ以上に、ロイの説明を聞いている間に面白いと感じてしまったのだ。


 自明である。

 効果が効果なのだ。アスカロンのスキルを初見で暴けるような敵は、今の今まで1人もいない。


 そして自らの恋路を邪魔するような後輩こそ――、


「つまりアスカロンのスキルは『確率分布の標準偏差がどの程度でも、その外側の事象を引き寄せられる能力』――これがボクの結論です」

「ハハハッッハハッハッハハハハッッ! 正解! 正解! 大正解! 初回の戦闘でアスカロンのスキルを看破できるヤツなんて、今まで1人もいなかった! 最ッ高じゃねぇか! ようやく巡り会えた、俺と並び立つほどの同年代によォ! 流石は俺と同じ聖剣使い! そうでなくちゃ、面白くねぇからなァ!」


 ――自らの騎士道を鼓舞するような騎士だった。


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