2章10話 決闘場で、学部最強の騎士と――(3)



 だが、レナードの顔に焦燥が浮かんだのは、ほんの一瞬だった。


「バカが! 戦闘中に会話なんて、真っ先に時間稼ぎを疑うだろう! 想定内だ!」

「――――っ」


 レナードは再び大気を斬った。

 方向は自分の足元、ステージの床であり、その刹那、例の突風が突如として下方に吹き荒ぶ。


 風の大砲がステージの床にぶつかった時に発生した上昇気流に乗って、レナードは上空へと吹き飛んだ。高さにしておおよそ5m程度だろう。

 しかし、攻撃を回避されてもロイはすぐに反応する。


「逃がさない……ッッ! 咲き乱れた聖剣の切っ先、その全てを使い、飛翔剣翼!」


 上空に放り出されたレナード。彼を狙って無数の斬撃が今、解き放たれた。

 しかし、彼は最初からそれさえも見越していた。


 自分が上空に攻撃を回避したとして、もしレナード自身が敵の立場だったらどうするか? そう考えれば、直感的なロイの次の一手など、簡単に導き出せる。

 ゆえに――、


「詠唱追憶!」

「なっ!? 【光り瞬く白き円盾】!?」


 続いて例のごとく、レナードはアスカロンで【光り瞬く白き円盾】を斬ってその強度を強引に跳ね上げる。

 次に彼は魔術防壁が無数の飛翔剣翼を防いでいる間に、言ってしまえばそれを空間に直接固定された足場とみなし、その上を疾走した。


「……ッッ、防御用の魔術に、そんな使い方があるなんて……」

「詠唱零砕――【 強さを求める願い人 】クラフトズィーガー


 その後、飛翔剣翼から充分に距離を稼ぎ、レナードは肉体強化してから、空中に浮く足場から飛び降りて着地する。

 全ては計算どおりと言わんばかりの彼に、そりが合わなかったロイでさえ、敵から学ぶモノは多いと認めざるを得なかった。


「なかなかいい反応じゃねぇか。だが、所詮は反応だ。予測していたわけじゃねぇ」


「……なにが言いたいんですか?」

「さっきも似たようなこと言っただろ? 直感的な反応じゃ、計算に基づく予測には勝てねぇ、って言いてぇんだ」


「……っ」

「俺は地中から不意打ちしてくることを予測していた。だからすぐに上空に逃げることができた。対して、テメェは上空に逃げた俺を、あくまでも機転を利かせて追撃したんだ。事前に見越していたわけじゃねぇ。ジェレミアのことを散々見透かしていたようだがよォ、人間観察はテメェだけのテクニックじゃねぇんだ。テメェの戦い方はすでに把握している」


「それはお互い様ですけどね……ッッ」

「まァな……ともかく、俺の予測はテメェの追撃も想定していた。だからこそ、予め詠唱を零砕して、脳内にストックしておいた防壁を足場にして、逃走経路を確保できたんだ」


「つまり――」

「身に染みてわかったんじゃねぇか? 反応も確かに大切だが、言ってしまえばそれはその場凌ぎだ。なにかが起こる前から準備しているわけじゃなく、なにかが起きてから初めて行動を開始する! 後手であることが前提なんじゃ、先読みできる俺には絶対に勝てねぇよなァ!? 反応は所詮、予測の手の平の上なんだよ!」


「…………ッゥ」

「サァ! 剣戟の続きとシャレこもうじゃねぇか!」


 ゴッッ! と、ステージを砕く勢いで、レナードは強く踏み込み一気に加速した。肉体強化の魔術を全開にして、疾走して、ロイを肉薄にしようと迫りくる。

 彼我の距離は10m程度だ。騎士として身体を鍛えているレナードが走れば、ほんの数秒で踏破される。


 迷っている時間はない。

 幸いにも、テクニックでは劣るがパワーはロイの方が上なのだ。


 反応で予測を上回ることができず、どのような攻撃をしても、それが既出の場合、回避される可能性が高いのならば――

 ――逃げ場の候補さえ消し飛ばす至高にして初見の一撃を、レナードに撃ち放てばいいだけの話だ。


 学部最強の聖剣使いを狙い、極光で穿つ。

 即ち、そのために撃つべきなのは全身全霊、全力全開の星彩波動しかありえない。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 ロイは裂帛の気合いを吼える。

 振りかざせ。


 夕闇に瞬くのは純白の輝き。

 聖剣を中心に渦巻くのは黄金の風。


 いざ、解放しろ――、

 真価を放たれる、の者の聖剣の名は――ッッ、




「エクス――ッッ、カリバアアアアアアアアアアアアアアアアア!」




 その刹那、星彩波動の衝撃で決闘場周辺が地面ごと跳ねるように強く揺れ、世界が壊れるような爆音が響き渡った。

 そして同時に轟々と、神竜が天高く飛翔するために、翼を羽ばたかせるような暴風が辺り一帯に荒れ狂う。


 たとえ本体の5%しか強くない分身の、さらに30%の本気度とはいえ、この渾身の一撃はオーバーメイジ、特務十二星座部隊の序列第2位【金牛】の【絶滅の福音】を相殺させたのだ。


 嗚呼――、

 相殺できるものならば、相殺してみればいい。

 耐えられるものならば、耐えてみればいい。


 ロイは心の中で咆哮した。

 この一撃は、その先を往く! と。


「舐めるんじゃねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 満天の星々のごとく煌々と瞬く極光がレナードに迫る。

 ロイと同じように、レナードにも迷っている時間はなかった。


 斬らなければ斬られる。

 考えるまでもなく、計算より反射的に対応しないと、自分が負けるのは明白だった。


 予め妥当な勝ち方を決めて進めていた自身の決闘が、このような攻撃力だけのゴリ押し技に覆されてなるものか。

 それに――計算タイプの自分に反応速度を求めるような技を繰り出したのは素直に評価するが、だからこそ、負けられない。


 この破滅の光――アスカロンのスキルを使ったとしても、受け止めたら余波だけで負ける可能性がある。だが、そのような些末な問題、レナードの知ったことではなかった。

 彼は何事も計算できるというだけであって、プライドがないわけではないのだから。


 ゆえに、レナードも吼える。

 彼が振るう聖剣の名は――、




「 ぶった斬れ! アスカロン――ッッ! 」


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