2章7話 ロッカーエリアで、ロイが手紙を――(3)



「テメェの友達にアリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインって貴族の令嬢がいるだろ?」


「ん? えぇ、いますけど――」

「悪ィが、俺はあいつに惚れてんだ」


「…………っ」

「要するに、俺の恋路にテメェは邪魔だ。気に喰わねぇ」


 本人を前にして臆することなく攻撃的に暴言を吐き捨てると、レナードはついにポケットから両手を出した。

 そしてロイは一目で見抜く。あれは、剣を握り慣れている手だ、と。


 そんなロイの一瞬の焦りも意に介さず、レナードは右手を、肩と同じぐらいの高さで、真横に伸ばした。

 刹那、紫電のような燐光と、どこからともなく発火した蒼い炎が、彼の右手に集中する。


 ロイがエクスカリバーを顕現させる時、純白の輝きと黄金の風が生まれるように、レナードが『それ』を顕現させる時、前述のような紫電と蒼炎が生まれるのは必然なのだろう。


 まるで対比するように。

 まるで、同じような物を顕現させるように。


 レナードは言の葉を唱え――、




「 来やがれ、アスカロン――ッッ! 」




 ――聖剣を、紫電と蒼炎から振り抜いた。


「…………ッッ!?」


 古の時代、頭の竜を殺したと言われている聖剣、アスカロン。

 ロイも名前だけなら聞いたことがあるが、無論、実物を目にするのは初めてだった。


 エクスカリバーが芸術的だと評するならば、アスカロンはどこか攻撃的、否、破壊的だった。見ただけでわかる。外見だけで、その聖剣の性質が攻撃的だということを直感する。

 そしてエクスカリバーのオーラが神々しいなら、アスカロンのオーラは荒々しい。恐らく、アスカロンのスキルを完璧に制御するには相当な実力が必要なのだろう。


 エクスカリバーの本質が『神聖』だとするなら、まず間違いなく、アスカロンの本質は『闘争』だ。エクスカリバーの使い手に神に愛された者が選ばれるとするならば、アスカロンの使い手には世界一好戦的な者が選ばれるのかもしれない。

 とにもかくにも破壊的で、荒々しくて、闘争のために作られた感じがして、聖剣――否――聖剣を通じて世界そのものから睨まれるような威圧感が凄まじい。




「 顕現せよ、エクスカリバー 」




 レナードに対抗できるように、ロイもエクスカリバーを顕現させた。

 その刹那、右手の聖剣からは純白の輝きと黄金の風が奔流する。


 今から行われるのは、世にも珍しい聖剣使い対聖剣使いの決闘だ。

 このような戦い、国が催す数年に一度の祭りのように、仕組まなければ偶発的には滅多に起きない。


 幸か不幸か、今、この決闘場にはロイとレナードの2人だけだ。

 どちらかが斬られるまで、決闘は終わらないはずである。


「やっぱり、もう1つだけ質問を追加します」

「アァ? 手短にすませろ」


「先輩はどこでアリスを知って、なんで彼女を好きになったんですか?」

「俺はガキの頃からケンカっ早かったし、親の言うこともロクに聞かねぇクソガキだった。アスカロンの使い手に選ばれても性格は変わらなかったし、使い手に選ばれたあと、この学院に推薦入学しても変わるわけがなかった」


「――――」

「けど――あのエルフの女は学院の風紀を乱した時、俺のことを叱ってきやがった。正直、最初は死ぬほどウゼェと思ったが、自分の親からも世間体のために叱られていた俺に、初めて、アナタのために叱っているのよ! なんて言いやがった」


「――なるほど」

「まっ、そんなところだ。中流階級の家の事業が上手くいきそうで? 両親ともども、メンドクセェガキより仕事を優先して? それでグレたガキが叱られて惚れました! なんてチープで薄ら寒いエピソードだよ。で――」


「で?」

「俺からもテメェに訊きたい。率直に、どうだ?」


 レナードは決して、なにがどうだとは明言しなかった。ロイに自由に捉えてほしかったからである。

 野暮な言葉は、この男同士のやり取りに必要ない。


 レナードは獣のように犬歯をむき出しにして、凄絶に笑う。

 対してロイも、彼にしては珍しく、好戦的に笑った。


「奇遇、ですね」

「アァ?」


「ボクもアナタが気に喰わない……ッ!」

「ハッ、優男のクセに言うじゃねぇか!」


「人を呼び出そうっていうのに、あの手紙はなんなんですか? あの手紙で呼び出されて、邪魔だから友情は恋愛感情に道を譲れなんて言われて――それで、はい、そうですか、なんて頷くと思っているんですか?」

「受けるか蹴るかはテメェの自由だ。けどなァ、テメェの言い分もわかるから、決闘を提案してるんだぜ?」


「――――あなたがジェレミアをなんとも思っていなかったように、ボクもあなたの恋に興味はありません。ですが! それを理由に友人関係を控えろと言うのなら、ボクは断固としてあなたに抗う!」

「クッハハッハ! ハハッハ! そうこなくちゃ面白くねぇ! 賑わっていたから、テメェとジェレミアの決闘は見てたんだがよォ……やっぱりテメェ、挑発するのは上手くても、挑発されるのには弱ぇらしいなァ!」


 レナードがアスカロンを構える。

 するとロイも、同じく聖剣であるエクスカリバーを構えた。


「ボクはアリスが誰かと恋に落ちる時、友達として、素直に応援したいと思う」

「なら俺のことも認めてくれよ」


「先輩だけは例外です。正直、ボクもあまりこういう言葉を使いたくないんですが――」

「アァ?」


 茜色に染まる空の下。

 一触即発の張り詰めた空気の中。


「他人の優しさを前提にするなよ、先輩」

「フッ、アッハッハッ、そりゃそうだったなァ! だからこそ決闘するんだしなァ!」


 ロイとレナードが互いに闘志に火を点ける。


「ボクもあなたが気に喰わない。ボクを邪魔だと言うのなら、アリスの友達として、こちらもそっちが失せろと言い返す」

「ハッ、理知的なヤツかと思ったが、意外に熱いところもあるじゃねぇか」


 そして今、2人の間の風が吹きやんだ。

 それと同時に――、


「どうせ決闘するんです! 条件は同じ方がいいでしょう!? アリスが望まない限り、ボクが勝ったら彼女に近付くな束縛男!!!」

「当然だ! 他人をボロクソに言うならボロクソにされても文句はねぇ! そこでごねるような俺じゃねぇよ! テメェこそ、向こうからこねぇ限り、アリスに近付くな鈍感男!!!」


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