2章8話 決闘場で、学部最強の騎士と――(1)



 聖剣と聖剣。

 エクスカリバーとアスカロン。

 その剣戟の余波は凄絶なモノだった。


 すでに世界は夕闇に染まりつつある時間である。だというのに純白の輝きと紫電のごとき燐光は夕暮れ時には不相応なほど、眩いばかりに決闘場を煌々と照らし上げた。

 そしてどこからともなく顕現した黄金の風と蒼炎が、轟々と唸るようにステージを中心に奔流を始める。


「アアアアアアアアアアッッ!」


 ロイはレナードよりも腕力に秀でていた。彼は即行でそれを理解して、この戦闘における強みとして、一撃一撃、一振り一振りに万力のごとき重圧をかける。

 その聖剣が振るわれるたびに、轟ッッ、と、音を立てて大気を斬り裂きレナードの右手を狙い続けた。


「――――ッッ」


 対して、レナードはロイよりもテクニックに長けていた。それを自覚するとエクスカリバーにアスカロンを撃ち合わせて、巧妙に斬撃を受け流し続ける。

 パワーで劣るならばテクニックでその差を補えばいい。そう言わんばかりに聖剣に聖剣で挑み、決闘場にはぶつけ合う刃の音が木霊した。


「エクスカリバーッ! 斬撃舞踏!」


 ロイがエクスカリバーにとある斬撃のイメージを流し込む。

 その想像は一振りで4つの斬撃を繰り出す光景という、非常に視覚的にわかりやすいモノだった。


 そして、その瞬間だった。

 エクスカリバーの刀身は4本に分散を果たし、一振りでレナードの首、右手、脇腹、左脚を斬り落とそうと迫りくる。


「舐められたものだなァ……っっ!」


 どうですか! 聖剣とはいえ、たった1本ではこの斬撃を対処できないでしょう!? そう視線で煽ってくるロイに激しい苛立ちを覚え、レナードが好戦的に吼える。

 次に彼はアスカロンを4つの斬撃、そのうちの1つに斬り付けた。


 やたら甲高い金属音が鳴り響く。

 無論、本来ならこれで逸らせる軌道は4つの斬撃のうち1つ分しかない。


 だが――

 ロイの必死の機転により、奇跡的にも斬撃の1つがレナードの頬を掠めたが、それだけだ。斬撃舞踏による4ヶ所同時攻撃はほとんど無効化されたようなモノだ。


 そこで、ロイとレナードはいったん互いに距離を置いた。

 後方へ跳び、互いに互いの出方を窺い始める。


「やるじゃねぇか。完璧に4つ全ての軌道を逸らした手応えはあったんだがなァ……。とっさの判断で1つだけでも当ててくるとは正直、驚いているぜ」


 心底愉快そうにレナードは敵でさえ評価した。

 そして頬の掠り傷から流れ始めた血を制服の裾で拭い、後輩の実力に感嘆を覚える。


「先輩こそやるじゃないですか。小手か太ももあたりは斬れると思ったんですが……。今のがアスカロンのスキル……ッッ」


 一方で、実はロイの方も内心でこの戦いを面白く感じている自分を、否定できなくなっていた。

 久しぶりだったのだ、自分と同じぐらい強い相手と戦えるのが。


 相手に勝っている長所に差異はあれど、総合的な実力も拮抗していて、互いの剣のスペックも同じぐらいに上々なのである。

 これで男の血が、騎士としての血が、滾らないわけがない。


「なら次は――飛翔剣翼ッッ!」


 すでに開いていた距離を、ロイは少しバックステップしてさらに広げる。

 そして距離を稼ぐとすぐに、なにもない目の前の空間をエクスカリバーで2回斬った。

 その瞬間――、


「チィッ! 遠距離攻撃かよ!?」


 ――虚空から生じたのは2つの『飛ぶ斬撃』だった。

 初見だが直線的な軌道が幸いした。レナードはなんとか回避に成功するが――彼を肉薄にするために、ロイは追撃の飛翔剣翼を乱射しまくる。


 しかし、それを躱し続けるのと同時に、レナードはとある魔術のうたんだ。


Gottes其は Segen顕現 erscheintする聖き in diesem光彩、 Moment als神の御加護 heiligesは今、 Licht此処に


「っ、【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルトでは飛翔剣翼は防げませんよ!?」


「急かすんじゃねぇよ」


 と、レナードは不敵に焦らす。

 そして、信じられないことに――、


「――本番はこれからだ」

「なん……っ」


 ――自分のアスカロンで、自分で展開した【光り瞬く白き円盾】を斬りつけた。

 だが魔術防壁には目に見える変化が一切訪れなかった。アスカロンの斬撃を受けたのに斬撃の跡はなかったし、かといって魔力が膨れ上がり、より強固な防壁になったわけでもない。


 そしてたった一瞬のあと、飛翔剣翼が【光り瞬く白き円盾】に直撃した。

 聖剣から飛ばされた斬撃なのだ。激突の衝撃により神聖な波動が辺り一帯に弾け広がる。


 だが、レナードはそんなロイの攻撃を嘲笑った。


「残念だったなァ! 俺にンなモンは効かねぇ!」

「そんな……ッ、掠り傷1つ残らないなんて……!?」


 理解不能だった。

 普通に考えて飛翔剣翼が【光り瞬く白き円盾】を突破できないわけがない。


 まして、レナードは魔術師学部ではなく騎士学部に所属しているのだ。

 魔術が極端に苦手というわけではないだろう。だが、どちらかと訊かれれば無論、剣術の方に今までの人生で比重を置いてきたはずである。


 だというのに――、

 ――レナードが展開した【光り瞬く白き円盾】には、1mmたりとも切れ目が入っていなかった。


「なんだ……あのスキルの正体はッッ!?」


 苦虫を噛み潰したような表情かおをするロイ。彼は苛立ち交じりに奥歯を軋ませる。

 翻ってレナードは徐々に余裕を見せ始め、再び切っ先をロイに向けた。


「斬ったモノの性能を向上させるスキル? 斬ったモノを壊れづらくしたり、再生させたり、破壊や攻撃に対するカウンターのようなスキル? ク……ッ、ヒントが少ない!」


「ヒントがほしけりゃくれてやる! オラァ! とっとと次ィ往くぞ!」


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