2章6話 ロッカーエリアで、ロイが手紙を――(2)



 そして――、

 十数分後――、


「ハッ、初めましてになるなァ? 俺はレナード・ローゼンヴェーク。騎士学部の最上級生で――」


「――学部、第1位のロードナイト」


「よくわかってるじゃねぇか」


 自分たち以外誰もいない夕暮れ時の決闘場にて、その青年はステージの上にたたずんでいた。

 待ち人の姿を見付けると、その青年――レナードはロイを挑発するように、獣が牙を見せて威嚇するように笑う。


 髪は真っ白に燃え尽きた灰のようなアッシュグレーで、男子にしては割と長い。

 やたら周囲を怖がらせるような鋭い双眸は同じく灰色で、そして、初対面だろうと粗野な言葉と態度がかなり目立つ。


 しかし、同じ学部に所属していることもあって、前述のとおりロイは彼を知っていた。

 不良のような全てとは裏腹に、レナードは騎士学部の最上級生で第1位の実力を持つ、騎士学部における最強の騎士なのである。


 騎士にあるまじき外見、気崩された制服に騙されることなく、ロイはレナードを注意深く観察した。


 身長はロイよりも少し高く、制服のポケットに両手を突っ込んでいたものの、背筋はきちんと伸びていた。いくらポケットに手を入れて悪ぶっていても、修練を積んだロードナイトとして、わざわざ意識しなくても正しい姿勢でいられるのだろう。

 制服の上からでは、腕と脚に筋肉が付いているかどうかはわかりづらい。しかし顔は引き締まっていて、同性のロイから見ても、凛とした顔付きだった。


 また、顔立ちといえば、本人に伝えたら殺さるだろうが、レナードはかなり中性的な顔立ちをしていた。ややこしい表現になるが、男装の麗人のような男性である。

 女装すれば、ロイの前世でいう『男の娘』というほど可愛らしくは絶対にならないが、まず間違いなく女性には見えるはずだろう。


 ついでに言えば、声も中性的でハスキーな感じだった。

 とどのつまり、普段の態度さえ改めれば、まず間違いなく女性に囲まれるようなルックスである。


「しかし、まァ、実力はあっても講義をサボりまくってるからな。強ぇけど、お勉強ができるわけじゃねぇ」


「――――」

「挙句の果てにはルーンナイトの昇進試験を夜遊び寝坊ですっぽかしたから、学部で最強って言ってもロードナイトだ。そこまで怯えることはねぇよ」


「逆、ですよね?」

「アァ?」


「実力があろうとまだロードナイトなのではなく、ロードナイトだろうと実力がある。そう捉えた方が正しい気がしました」

「ハッ、肩書きで敵を過小評価しねぇのか。流石、ジェレミアを倒しただけはある」


 一陣の風が2人の間に吹き抜ける。

 ロイの黒髪も、レナードと灰色の髪も、風に吹かれて静かに揺れた。


 ロイは真剣な表情かおで、自らを呼び出したレナードから視線を逸らさない。

 そしてレナードも凶暴な笑みと双眸で、自らが呼び出したロイを見据えた。


 激しい戦いの前振りのように静かで、張り詰めた空気が広がる。

 彼我の距離は約5m以内で、騎士が剣と剣で斬り合う時に、ちょうどいい間合いだ。


 一般的に間合いは遠すぎても近すぎても好ましくない。

 一歩だけ踏み込めば斬りかかることができて、一歩だけ後退すれば斬撃をかわすことができる間隔がベストとされている。これを学院では一足一剣の間合いと呼んで教えている。


「先輩はボクに決闘を申し込みたいらしいですが、その前に、質問してもよろしいですか?」

「チッ、なんだ? 呼び出したわけだし、特別に聞いてやるよ」

「なぜ、ボクに決闘を?」


 刹那、レナードの顔から笑みが消えた。

 そして真剣な顔でその理由を語り始める。


「ぶっちゃけ、ジェレミアを倒したことはスゲェと思うが、それでテメェに興味が湧いたわけじゃねぇ。戦ったことはねぇが、たぶん、俺でもジェレミアを倒せるだろうしな。要は幻影魔術を発動される前に、たった1回だけ、斬ればいい話だろ?」


「それだけの自信がありながら、先輩はジェレミアを倒そうとは思わなかったんですね……」

「イジメられているヤツを助けようっていう気概は正直、俺でもカッコイイとは思うぜ? でもなァ、人助けっつーのは、自分の人生に余裕があるヤツの道楽なんだよ」


「……人助けが、道、楽?」

「いや、道楽でなくちゃならねぇんだ。それを当たり前なんて認めたら、テメェのことで手一杯だけど、まだギリギリ大丈夫なヤツまで、助けられる側に回るかもしれねぇしな。優しいのは立派だけどよォ、他人が優しくないからって怒んなよ」


「…………っ」

「まァ、つーわけだ。俺はジェレミアなんてどーでもよかった。だから戦わなかった。これからは義務と義務感の違いぐらい弁えようぜ?」


 ロイの背中にイヤな汗が垂れ始める。

 確かにレナードの言うことは事実だし、ロイも幻影魔術にかかる前に勝負を決められるなら、速攻で斬って決闘を終わらせる算段だった。


 だが、それが難しい。ジェレミアは幻影魔術だけしか使わないわけではないからだ。

 だからこそ結局、ロイは速攻で斬ることができなくて、持久戦を強いられた。


 なのにレナードは幻影魔術を発動される前に1回斬るなんて楽勝、造作もない。そう言わんばかりに、あまりにも平然と言ってのける。

 恐らく、彼には本当にそのレベルの実力があるのだろう。


「ジェレミアに興味がなかったのはわかりました。人助けは本来、強制されるようなモノじゃないという主張にも、異論はありません。ですが、なら決闘なんてどうして?」


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