2章5話 ロッカーエリアで、ロイが手紙を――(1)



 この学院、グーテランド七星団学院には、ロイの前世でいうところの下駄箱なんて物はなかった。

 ロイの前世の欧米諸国のように、この学院、この王国の教育機関は基本的に土足なのである。


 しかし、在校生が自分の荷物の少しを保管するためのロッカーは全員分、用意されていた。

 そのロッカーが並ぶ学院の一角、昇降口付近にて、ロイはアリスと再び一緒に歩いている。


「奇遇だね、図書館での勉強は終わり?」

「ううん、ただロッカーに必要な物を取りにきただけよ」


 現在、2人がいる地点から見ると、ロイのロッカーが奥にあり、アリスのロッカーが手前にあった。

 なので特に考えもなく、なんとなくだが、ロイは雛鳥のように、アリスの進行方向にあわせて進む。


 そして数秒後――、

 2人がアリスのロッカーの前に到着すると――、


「あっ、ゴメン」

「ふぇ? なにがかしら?」


「女の子のロッカーの中なんて、あんまり見ちゃいけないよね?」

「そんなことないわよ。勉学に必要な物しか入ってないし、ロイにだったら、ロッカーの中ぐらい見られてもいいわ。ほらっ」


「ふむ。――ん? これは――」

「あっ! それだけはダメ!」


 なんてアリスは制止の声をあげるも、もう遅かった。

 悪気はなかったのだが、ロイは彼女のロッカーの中にあった1冊の本を手に取って、表紙を見てしまう。


 本のタイトルは『美少年騎士と月だけが知っている私の花園』というモノだった。

 察してあまりあるが、女性向けの官能小説のようである。


 ロイの前世とは違い、この世界では男性の場合は精通、女性の場合は初潮を迎えたらこのような本を買っていいことになっていた。

 ゆえに一応、アリスがこのような本を買うことは違法ではない。


 強いて問題点を挙げるなら、学院のロッカーに保管していたことと、女の子としての羞恥心を刺激されたことである。

 が、自分で墓穴を掘った以上、ロイのことを責められないのがもどかしい。


「~~~~っ」

「ご、ゴメン!」


 アリスは身体は一瞬で、燃えているように熱くなった。恥ずかしさで全身が火照り、少し頭さえクラクラし始める。

 ロイから本を返してもらったが――これでは、自分がこの本を使って、夜にひとり自分を慰めています、と、バレたようなモノだ。


 まさか、このような本を買ったけれど、そういういかがわしいことはしていません、なんて理屈は通らない。

 友達から預かったことにすればよかったかもしれないが、先刻のような反応をした以上、あとの祭りだ。


「ね、ねぇ……、ロイ?」

「な、なにかな……?」

「私のこと、軽蔑する?」


 今にも泣きそうな目で、アリスはロイに上目遣いで訊いてくる。

 

「け、軽蔑って……どういうこと?」

「女の子がエッチなのはいけない、って、そういう印象……ない?」


「そ、そんなことないよ! アリスだって思春期なんだし、えっと……お、っ、女の子でも、性欲があるのは、その……、まぁ……、普通っていうか、むしろ、うん、健全なことだと、思う。……思春期だし」

「んっ……、ありが、と……」


 と、ここでようやくアリスは本来の自分を取り戻したのだろう。必要な物を取り出して、ロッカーの扉を閉めた。

 そして今度はアリスの方が、ロイのロッカーまで同行するらしい。


「付いてきてくれるの?」

「私だけがロッカーの中身を見られるなんて、不公平だと思っただけよ……」

「ボクにだったら見られてもいいって言ったじゃないか……」


 自分が恥ずかしい物を見せてしまったのだから、ロイの方にも同じ展開を求める、ということなのだろう。微妙に理不尽だった。


「まぁ、ボクもアリスにならロッカーの中ぐらい、見られてもいいけどね」

「へぇ、言うじゃない」


 と、アリスは自分と同じような展開を期待して、少し不遜に笑ってみせた。

 いつもの強気な感じが戻ってきている。


 しかし、ロイには見られてもいい根拠があった。

 彼は自分のロッカーの中に入っている物ぐらい、全て把握している。


 たとえばアリスの方だって、自分のロッカーの中身を暗記していたはずだ。そのぐらい自分のロッカーなのだから、2人に限らずやろうと思えば誰でもできる。

 しかし彼女の場合、暗記していたが、失念してしまっていた。そしてロイに見せた瞬間、本人のリアクションから察するに思い出したのだろう。


 だが、ロイは違う。

 ほんの数分前に、アリスの失敗を目の前で見たばかりなのだ。自分のロッカーに辿り着くまで、中身を脳内チェックする時間が与えられている。アリスと同じ失敗をするわけがない。


 とどのつまり、脳内チェックの結果、見せても大丈夫と判断したのである。

 これはもう、完璧だった。


「ここがロイのロッカーね? 私が開けるわよ?」

「じゃあ、はい、施錠の鍵」


 ロイはアリスに鍵を渡した。

 続いて彼女が彼のロッカーを開ける。


 本人の脳内チェックのとおり、エッチな小説の類はなにも1冊もなかった。

 そこにはなぜか、1通の便箋びんせんがあっただけで――、


「「な――っ!?」」


 こんなの、予測できるわけがない。

 当然、この禁断の手紙が入っているであろう白い便箋はロイが自分で入れておいた物ではない。


 ロッカーの種類にもよるが、よくロッカーには換気用の穴が開いてある種類がある。この世界の物でも、ロイの前世の物でも、主にカビ臭くなるのを防止するためだ。

 恐らく、その穴から便箋を差し込んだのだろう。


「ろ、ろろろ、ロイっ! こ、ここ、これって、伝説の――っ」


「いや、待ってアリス、ラブレターは別に伝説の代物じゃないよ!?」


「ラブレ……っ、わ、私! 図書館に戻らなくちゃいけないから、また明日!」


 言うと、アリスはその場から走り去ってしまう。

 少々コメディチックなやり取りになってしまったが、偶然見えたアリスの表情かおはなぜか少し、悲しそうだった。


 明日、またアリスと会ったら、これから起こるかもしれないことを、キチンと説明しよう。

 ロイはそう決めると――、


「なんにしても、これを読まないことには始まらないか」


 便箋を手に取り封を開ける。

 そして封入されていた手紙をロイは読み始めたが――、



『ラブレターかと思った?

 残念! 決闘の申し込みでした!


 放課後、第1決闘場にてテメェを待つ。

 テメェの準備が整うまで待っていてやる。


 ありがたく思え。

 あのジェレミアを倒した男が逃げるんじゃねぇぞ?


 レナード・ローゼンヴェークより   』


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