2章4話 学院長室で、昇進の話を――(2)



「クスッ、昨日はお世話になりました、ロイ・モルゲンロートさん?」

「昨日の怪しい幼女!?」


 ロイが驚いた次の瞬間、学院長が慌てて彼に注意をする。


「ロイくん! 彼女にそのような言い方は……っ」


「いいのだ、学院長。アリシアは昨日、自分の身分をただの幼女と偽ってロイと戦ったそうだからな。騙した以上、責があるのはアリシアの方だ」


「そ、そうでございましたか」


 そこで不意に、ロイはエルヴィスに視線で席に着くように促される。ゆえにロイはエルヴィスと、アリシアという幼女の対面のソファに座った。

 ソファは見るからに高級品だったが、実際に腰を下ろしてみると、座るためのアイテムだというのに、ロイの自室のベッドの10倍はふかふかしていた。


「改めまして、私の名前はアリシアと申します。特務十二星座部隊における序列第2位で、国王陛下より直々に【金牛きんぎゅう】の称号を授かったオーバーメイジです」

「な――っ!? 特務十二星座部隊!? しかも序列第2位ということは――ッッ」


「オレよりも強いということだ」

「も、申し訳ございませんでした! その、昨日はそうとも知らず、剣を向けてしまい……っ」


 慌ててロイはソファから離れ、床に片膝を付いてこうべを垂れる。

 わかりきったこと。昨日のアレは幼女――否――【金牛】のアリシアにとってはお遊びだったのだ。ウソ偽りなく、アリシアという飼い主が、ロイという愛玩犬と戯れるレベルのじゃれ合いである。


 あの戦いにおいて愛玩犬と同等のロイがいくら本気になろうと、必死になろうと、実は全ての支配権を握っていたアリシアに勝てるわけがない。

 彼女が本気だったならば、自分は戦闘開始から最長でも1分で消し炭になっていただろう。


「気にするな。実際に見ていなくともわかる。むしろアリシアの方から剣を向けるように仕向けたのは自明だ。ソファに戻っていいぞ」

「は、はいっ!」


 ロイはエルヴィスに促されたとおりソファに戻った。

 が、もはやソファのふかふか具合なんてどうでもよくなっていた。それほどまでに彼でさえ緊張し始めている。


「ちなみに、ロイさん」

「はい、なんでしょうか?」

「昨日の最後の危ないアレも分身でしたので、お気になさらなくてけっこうですよ?」


 微笑むと、アリシアは外見相応に可愛らしくロイにウインクを飛ばす。

 ロイは曖昧に苦笑いするしかなかったのだが、そこで、エルヴィスが反応してしまった。


「危ないアレ?」

「最後の最後に私の分身の1体が殺されかけたんです。ねっ、ロイさん?」


 扇情的な流し目でアリシアは目配せをしてくる。

 当然、アリシアの言う『危ないアレ』とはキスのことだ。


 しかし、流石にエルヴィスには誤魔化しておきたいらしい。

 キスは2人だけのナイショ、秘密にする。そのことにはロイも全面的に同感だった。


「そ、そうなんです! アリシアさん、分身とはいえ、昨日は本当にすみませんでした」

「そうか。まぁ、話が進まないからアリシアのおふざけのことは置いておこう」


「そうですね。さて、学院長、ロイさんに、一応あなたの方から本題を」

「承りました」


 ゴホンと、学院長は咳払いをする。

 そして――、


「ロイくん、今のキミのクラスはナイトだが、ジェレミアくんとの決闘が評価され、ロードナイトに昇進できることが決定された」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


「そして同時に、1クラス昇進だけでは成果に見合わないとして、ロードナイトからルーンナイトに昇進できる話も浮かんでいる。こちらは昇進確定というわけではなく、昇進試験の受験資格を得られた、という言い方が正確だがね」

「な――っ」


 声を出せない。言葉が思い浮かばない。

 あまりに信じられない喜ばしい報告に、ロイはこういう時、なんて反応すればいいのかさえわからなかった。


「そこで、このような事態は滅多にないので、その真実の保証人として、お二方にはわざわざご足労をかけていただいた」


「学院長が言うように、このようなケースは滅多にない。しかし、オレは特務十二星座部隊の一員……まぁ、要するに、自分で言うのも変な話だが、王国七星団のそれなりに責任のある立場として、この事実を保証する」

「そして、保証人であると同時に、私たちは伝書鳩でもあったのです」


「アリシアさま、オーバーメイジの貴女がご自分を伝書鳩などと……」

「あらあら、申し訳ありません、学院長。他に上手い喩えが思い浮かばなかったもので」


 上品に口元を手で隠しながら、淑やかにアリシアは微笑む。

 彼女が喋るだけで、内容がどうであれ、会話そのものが優雅になった感じがした。


「ケースがケースなだけに、なかなか信じられないだろう。すぐに終わってしまう話だったが、お前を信じさせるためだけに、オレたちは今日、学院にきたわけだ」

「本当にそれだけのために……」


「ふっ、それに、お前の成長を近い距離で確認したかったからな。実はオレもアリシアも先日の決闘を見ていたのだが、いい感じに戦いに臆さず動けていたと思ったよ」

「それで、ロイさん?」


 区切りを付けるように、アリシアがロイに呼びかける。


「当然ながら、ロードナイトに昇進すること、そしてルーンナイトの昇進試験を受けること、この2つはアナタの自由です。さて、アナタはどうしますか?」


 ロイは一度、ゆっくり息を吸って吐くと、躊躇わずに答える。

 答えなんて、最初から決まっていたのだから――。


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