3章7話 実戦演習で、女の子たちから歓声を――(4)



 アリスの警告が届く。

 ゴーレムは人間の身体でいう左の脇腹を破壊されただけで、右の脇腹の方で繋がっていた。


 しかし、ロイはそれすらも見越している。

 戦場と化したグラウンドに、ピシ……、と、なにかがヒビ割れる音が静かに鳴った。


 そして、その時だった。

 崖崩れのような重低音を響かせて、ゴーレムの巨体が傾き、今度こそ本当に上半身が下半身に別れを告げた。


「そうか、自重で……っ!」

「アリスの言うとおりで、これで高さ的には、額の羊皮紙に届きやすくなったよね」


 言うと、再びロイは疾走する。

 無論、標的は数m先で、上半身だけでもがいているゴーレムだ。


 走りながら聖剣を回収し、ロイはそれを構える。

 一方でロイを援護するために、アリスはいつでも魔術を撃てる状態を維持していた。


 ロイが追い詰め、アリスが後方で待機する勝利目前の状況。

 そこでゴーレムは最後の足掻きを言わんばかりに、腕力に物を言わせ、腕だけで爆走を開始する。


「 GAA , GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!! 」


 ゴーレムほ咆哮。

 まるで古龍の叫びような爆音に、普通の生徒なら足がすくみ、膝が震え、一歩も前に進めなくなってしまうだろう。


(まぁ、仮に死にそうになっても、ヒーリングすれば大丈夫……だよね)


 だがロイは違う。彼は一度死んでいるのだ。

 死という概念に対する恐怖が、他者よりも致命的に鈍い。だがそれが今は良い方向に働き、たかがゴーレムの雄叫びごときで、足を止めるようなことはなかった。


「攻撃できるってことは、光か音を処理できるんだろう? 早くこっちに来てくれると嬉しいんだけど!」


 しかも信じられないことに、ロイはゴーレムの進行方向に立ち塞がり煽ってみせた。

 そして闘牛のように、爆走するゴーレムを回避――否――誘導する。


「ロイ!」

「なに?」


「次は下半身の方に重力操作?」

「すごい! 正解!」


 ちょうどそのタイミングで位置取りが終了する。

 だが、一瞬安堵したロイのすぐ目の前まで、ゴーレムは迫っていた。


 衝突まであとほんの5秒やそこら。

 このままではただの講義のはずなのに、本当に重傷を負うかもしれない。


 普通に考えて、上半身だけで100kgを超えるゴーレムの突撃を、真正面から迎え撃つなんて論外だ。

 アリスと講師以外、誰もがロイの正気を疑った。特に気が弱い女子生徒は、本気でロイが死ぬのでは? なんて思考が脳裏によぎる。


 そして――、


「――――ッッ!」

「 GAA , GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!! 」


 弩々ッッ、轟ッッッ! と、爆発的な火山の噴火され連想させる衝撃がはしり、ロイのエクスカリバーとゴーレムの突進が激突する。

 ある意味とはいえ、結果はエクスカリバーの完敗だった。


「やっぱ重……ッッ」


 再三になるが、ゴーレムが繰り出した攻撃は突進、体当たりのような打撃だ。

 翻ってロイは、そもそも斬撃なんて繰り出さなかった。ただエクスカリバーを槍のように構えるだけで、激突のその瞬間まで動かなかったのである。


 結果――、


「梃子よりはマシだけど、エクスカリバーは槍じゃねぇだろ!」


 講師の解説ツッコミが冴えわたる。

 とはいえ彼の言うとおり、今回は先ほどとは違った。斬ろうとして抜けなくなったのではなく、突き刺して抜けなくなったのである。


 そう、ロイはゴーレムの突進を逆手に取り、切っ先を前方に向けて構え、相手の力で『刺突』を成立させたのだ。


 しかし、自分の力では決定的なダメージを与えられないから、敵の勢いを利用する。そこまではいい。

 問題なのは、たかがそれだけで、ゴーレムの勢いは止まらないということだ。


 所詮、ロイの体重は65kg前後しかない。

 いかにロイが足に力を入れて踏ん張ろうとも関係なかった。現在進行形で、地面ごと抉るようにロイは後方に押され続ける。


 だがしかし――、


「アリス!」

「了解! 詠唱零砕! 【黒より黒い星の力】!」


 ロイが後退するその延長線上、ゴーレムが強引に突き進むその終着点。

 そこには先刻、ロイが壊して動かなくなった下半身があった。


 このままでは爆走する上半身と障害物と化した下半身に挟まれて、ロイは潰されてしまう。

 だが、ロイもアリスも、すでにこの時、自分たちの勝利を確信していた。


「ロイ!」

「大丈夫、聞こえた!」


 アリスが指示を出したのと同時に、ゴーレムの下半身が強烈な重力に屈して10cm以上、地面に沈んだ。

 位置を固定したのである。これなら横から強い衝撃を与えても微動だにしないだろう。


 そして、ついに決着の瞬間が――、


「今だ!」「跳んで!」


 ロイはエクスカリバーから手を離し、肉体強化を全開にして真横に跳躍する。


 ゴーレムの頭にはエクスカリバーが刺さったままだ。

 急に速度を殺すことができず、ゴーレムはそのまま、自身の下半身と勢いよく再会する。


 そしてそれが、ゴーレムの終焉だった。

 エクスカリバーの柄頭が先にゴーレムの下半身に激突する。だとしても上半身の方は運動を止められず、エクスカリバーを深く、より深く、自分の頭に突き立てる。


 1秒にも満たない刹那のあとに――、

 ――ゴーレムは上半身も下半身も、等しく木っ端微塵に自ら砕いたのだった。


「やっぱり、エクスカリバーの方がモース硬度、上だったようだね」


 最後にロイが破砕されたゴーレムの残骸からエクスカリバーと羊皮紙を拾う。

 次にそれの『 אמת 』を『 מת 』に変え、今ここに、勝敗が決した。


「やったね、アリス」

「まったく、最後の方はヒヤヒヤしたわよ」


「サポートしてくれて、ありがとね」

「こちらこそ、私を守ってくれて感謝しているわ」


 ハイタッチする2人。

 初めてタッグを組んだのに勝利を収めることができて、ロイはもちろん、生真面目なアリスでさえやわらかく、嬉しそうに微笑んだ。


 で、それと同時に、ロイに憧れていた女の子たちが一斉に歓声を上げる。

 流石に今の戦いは、彼女たち視点だとドキドキとハラハラの連続だった。戦う前、ロイにカッコイイところを期待した女の子でさえ、ここまでの勝利は想像していなかっただろう。


「ロイ・モルゲンロート。並びに、アリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン」

「「はい」」


 ふいに講師が声をかけてきたので、2人は背筋を伸ばして応じる。


「君たち、すごいな」

「はい?」「えっ?」


「この講義の初回でゴーレムを倒したの、君たちが初めてだぞ?」

「「そうなんですか!?」」


 ロイとアリスの声が重なる。


「いや、私もあえて言う必要はないと思ったんだが……これはあれだ。なんと言うか、初回の講義では、現時点の生徒の実力を私の方が把握しておいて、最後の講義でようやく、ゴーレムを倒せるようになってもらう予定だったんだ……」

「は、はぁ……」「あ、ありがとうございま、す?」


「ところで、ロイ・モルゲンロート」

「今度はなんでしょうか?」


「君は今、エクスカリバーの本来のスキルを使っていなかったね?」


 講師の言葉に、ここに集まった生徒全員が驚愕する。

 思い返してみれば、確かにロイは一度も、スキルらしい特殊な斬撃を放っていない。いや、斬撃自体、数えられる程度しか放っていなかったが……。


「私も詳しく知らないのだが、エクスカリバーの本来のスキル、ぜひとも見てみたかったものだ」


 講師が茶化すも、ロイは曖昧に笑って誤魔化して――、


「えっと……今はまだ秘密です」


 この時、ロイは気付かなかった。

 自分のことを建物の陰からこっそり見ている、金髪の女の子がいることに。


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