3章7話 23時16分 シーリーン、最悪の形で再会する。(1)



 死神の討伐に貢献した第1特務執行隠密分隊の面々は今、人手不足ということも相まって後方支援に徹している。


 流石にイヴはまだ安静にしているが、シーリーン、アリス、マリアの3人はアリシアによってヒーリングされたので、死神によって消し炭にされた服の代わりの服を着て、王都の住民の避難誘導、怪我人の応急手当、そして避難場所の護衛をすることになったのだ。

 具体的には……魔術を使わなくても旗さえあればできる避難誘導を、分隊の中で一番弱いシーリーンが担当して、大量の魔術を戦闘前にストックでき、その戦い方の性質上、拠点防衛に向いているアリスが避難場所の護衛、そしてマリアが怪我人の応急手当、という分担だった。


 不幸中の幸いか、未だ王都は混乱状態が続いているが、3人は貢献の度合いと、ヒーリングしたとはいえ負傷の度合いを考慮され、そこまで被害が甚大ではない区画の担当を任されることになったのである。

 その区画とは一般的に学生街と呼ばれているところで、分隊の3人からしたらありがたいことに、貴族の高級住宅街ではないから、対応を誤った時、あるいはその人の機嫌を損ねた時、重大な問題に発展するような避難民はいないし、極論、学院の学生もかなり避難しているので、自分たちだけで対処できない事態に陥った場合、学友の手を借りる、という最終手段も残されている。


 そして、そこは具体的に学生街の中でも王立公園と呼ばれる場所だった。かなり広い芝生の上に、数えきれないほど多くの避難民たちが、視界の端から端までテントを張っている。

 建物の中に避難するのは、少なくとも今回は悪手だった。屋根が崩落する可能性があるから。同じ理由で地下に避難することも不可能。死神はアリシアが対処している、という報告は受けているが、犯人が捕まったからといって、一度始まった火災が収まるとは限らない。現在進行形で王都の別の区画は炎上しており、可能性は低いが、公園の近隣まで延焼する可能性を考慮して、周囲の建造物とは一定の距離を保っているこの公園が避難場所に選ばれたとのこと。


 無論、芝生に炎が燃え移ったら一巻の終わりだ。しかしそれを言ったら建物の中なら崩落の危険性があるし、他、全ての避難場所に似たようなことが言える。

 結果、仮に被害がここまで及んだ時、もちろん混乱には陥るだろうが、建物の内部から脱出する時のように、出入り口が限られているという事態を回避するためと、前述のように、周囲の建造物から一定の距離がある、という理由でこの公園が避難場所に選ばれた。


 一般的に、建造物の中の方が避難民は体力を回復できるが、それは一度落ち着いたらの話だ。まだ、災禍は続いている。

 腰を据えて復興の準備をするにはまだ早い。準備を進めたあとに、再度、なんらの災禍が発生して準備が無に帰るなど、絶対に避けなければならない事態である。


「ティナちゃん、ゴメンね? 別に七星団の団員じゃないのに……」

「い、っ、いえ……、こ……の、非、常、事態…………、に、そん……な、こ、と、気にしちゃ…………いけ、ません…………し。ワタシ……も……、ワタシ、に、でき、る…………ことを、しなくちゃ、って…………」


 避難民を誘導するために旗を振っていたシーリーンは奇遇にも、その途中でティナと再会できた。

 任務があるからほんの十数秒だけ再会を喜んで、ティナには申し訳ないがそれで会話を終わらせる予定のシーリーンだったのだが、彼女がお手伝いを申し出たので、今はありがたく、彼女には自分の近くで怪我人のヒーリングを任せている。


 七星団の団員が持ち場を離れるなんて、基本的に言語道断だったため、ティナにこの場の責任者に会い、「シーリーン・エンゲルハルトの知り合いだから手助けをしたい」と伝えるように指示して、結果、返ってきた答えが「シーリーンの目の届く範囲で、シーリーンが責任を持って監督すれば許可する」というモノだった。

 状況が状況なため、お手伝いは大歓迎なのだろうが、かといって統率が取れなくなるのは困る。ゆえに、少なくともティナに限っていえば、シーリーンに任せる形になったのだろう。


「あ、の…………」

「ぅん?」


「今…………って、ど、う、なっている、ん、ですか?」

「答えられる範囲でしか答えられないけど……今、普通に結界が見えるよね? あれは特務十二星座部隊の人たちが展開している【色彩放つ光輝瞬煌の聖硝子】っていう魔術らしいの。形状は多重球体で、時間経過とともにその守護できる範囲を拡大していく性質を持っている」


「はい……」

「もうすでにアリシアさん――アリスのお姉さんが死神を王都の外にぶっ飛ばしちゃったそうだけど、もともと、この結界の拡張によって死神を王都の外に押し出していく、っていう作戦も、討伐作戦と並行して実行されていた。ただ、途中で敵兵の邪魔が入って、結界は破裂。でもね? 結界は炎さえ押し退けて拡大していくから、再度、構築中なんだって」


「敵兵…………って、死、神、ですか?」

「そこはシィにも情報が届いていないの。ただ、死神が結界の外に今までいたのに対して、結界は内側から破裂された、って報告はあったから、たぶん、別かな?」


 旗を振りながらシーリーンは喋る。


 前述のとおり、幸いにもここは被害の中心地から離れていたのだったが、そのせいで住民の危機感も、あるとはいえば当然あるのだが、被害の中心地よりはそれが薄く、事件発生から数時間経った今でも、継続的に避難民はここに流れていた。

 要するに、まだまだシーリーンは旗を振り続ける、ということ。


 一方で、シーリーンは避難場所の入り口に配置されているため、少なからずいる怪我人の多くが彼女の前を通る必要がある。

 そこで、ティナは歩くのが困難な人をメインに、やはり継続的にヒーリングを施していた。こちらも、まだまだ終わりそうな気配はない。


「…………他のみん、な、は、どうし…………ましたか?」

「ロイくんはたぶんお城にいるはず。仮に人手不足でなんらかの任務を与えられることになっても、前線に出ることはないかな? 療養が必要、ってことで休暇をもらったんだし。アリスとマリアさんはここからじゃ見えないけど、この公園のどこかにいるよ。ヴィキーとクリスさんはロイくんと違って、間違いなくお城だね」


「その…………イヴ、ちゃん、は…………?」

「…………ッッ」


 一瞬、シーリーンの表情が苦渋に歪む。

 しかし、流石に現場にいなかったティナには、その理由がわからなかった。


「? シーリーン、さん?」

「…………イヴちゃんは敵、死神の攻撃を受けてヒーリング中なの……」


「そ、っ、そんな……っ」

「もちろん、お医者さんがヒーリングしていて、報告によると、肉体的な損傷は全て治ったそうなんだけど……、魔力の欠乏と、死神の炎による霊魂の損傷が激しいみたい……」


「えと……っ、え、っ、と……、時間……を、巻、き、戻……す魔術を、使……えば…………ッッ」

「うん……、流石に施したらしい……。でも……、まだ目を覚まさないらしいの。報告によると、考えられるのは、不確定要素が強い死神の炎を結界で防いだせいで、なんらかの浸食を受け、それが正常な時間の巻き戻しを阻害した、っていう可能性だね……」


「…………ッッ」

「シィと、アリスと、マリアさんも、死神の攻撃を受けたんだけど……、すぐに魔術防壁を破壊されちゃって……。こんなのって、ないよね……。頑張って耐えた時間の長さだけ、浸食が深刻になるなんて……。…………、…………、ッッ」


「シーリーン、さん……」

「…………っ、ぐす…………、スン…………」


 シーリーンもティナも、思わずなにも言えなくなってしまう。

 気まずい沈黙が2人の間を支配した。


 今まで気丈に振る舞っていたが、話題として出てしまったことで、シーリーンは声を殺しながら涙を流してしまう。

 彼女から見たイヴは決して、ロイという最愛の人の妹ではない。ロイを経由してしかイヴを定義できないなんて、そんなよそよそしくて距離を感じるようなこと、あるわけがなかった。


 もうすでに、シーリーンとイヴは友達同士だ。その友達が意識不明なのだから、涙を流すのは必然でしかない。

 ウソ偽りなく死に物狂いで頑張った友に報いるため、弱音の1つさえ漏らさず任務に勤しんでいたが、流石に、ここらへんで限界だったらしい。


 翻り、ティナもシーリーンを責めるなんてことはしない。

 むしろ逆で、シーリーンのことを慰めようと思い、そして誰かを責めるならそれは自分であるべき、と、考えていた。


 確かに仲間が意識不明なのは悲しい現実だが、だからといって、なんでそれを防げなかったんですか!? なんて、そんなこと口が裂けても言えるわけがない。防げなかったのは事実でも、シーリーンやアリス、そしてイヴの姉であるマリアが、努力しなかったわけではないのだから。

 そもそも、そんなことを言ったら努力していないのは自分だ。自分たちのように戦えない者の代わりに、シーリーンたちが身を粉にして働いているのに、それでこれ以上どうにかしろなんて、自分を天よりも高い棚に上げることと同義である。


「…………そ、そういえば、ねぇ、ティナちゃん? リタちゃんはどうしたの? いや、なかなかわからないと思うけど、どこかで見かけたりした?」


 旗を振っていない方の手の甲で、シーリーンは涙を拭う。

 続いて雰囲気をリセットするために、リタのことをティナに確認してみる。


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