3章8話 23時16分 シーリーン、最悪の形で再会する。(2)



「い、っ、いえ……、見かけて、い…………ま……せん。リ……タ、ちゃん、す、ぐ、に、危ないところに…………、その……、えっと……、冒険だ、って…………、そう、言って、突、撃、して…………し、まうので……、正、直…………、か、な、り、心配、なん、です、けど…………」

「でも、まぁ、流石に今回は死傷者が多発している敵襲だからね。いくらリタちゃんでもご両親の言うことを守っているはずだよ」


 暗い雰囲気を吹き飛ばすため、意識的にシーリーンは冗談めかして言う。

 しかし、ティナの表情は曇ったまま。流れ作業で次々にヒーリングが必要な人たちにそれをしているが、少し、ヒーリングの対象からさえ、この子、大丈夫かな、という視線を向けられていた。


 そこまで的外れなことを言っちゃったかな……、と。

 シーリーンが不安を覚えた少しあと、ティナはゆっくりと口を開く。


「リタ、ちゃん…………の、家庭環境は複雑、で、すから…………。あま、り……、その…………、あの、あの……、確実、な、こ、と、が、言えない、ん…………です」

「そうなの? 確かパン屋さんを経営しているんじゃなかったっけ?」


 それは第2部前編1章4話、ツァールトクヴェレに行くためのチケットが当たった日、イヴが教えてくれたことだから信頼できる情報のはずである。

 貴族のように跡目争いをする可能性は限りなくゼロに近いし、かといって剣や魔術の名門というわけでもないので、親の教育がかなり厳しい、というのも想像が付きづらい。


「………………リ、タ、ちゃ、ん、は…………、養子、な、んです」


「そうなの!? ち、ちなみに……、その……、えっと……、それじゃあ本当のご両親は?」

「わ、かりま、せん…………。実…………は、ワタシ、の、おじい、ちゃん…………が、七星…………団の、元、団員、で……、戦場……で……捨て……られ……ていた、ところを、保護、し、た…………って」


「それってつまり……ッッ!?」

「…………はい、…………元、とは、いえ、戦争孤児、です」


 放心してしまうシーリーン。確かに自分もイジメられて不登校に陥ってしまったが、親は普通に生きているし、今まで生きてきて、つらいことも多々あったが、しかし衣食住を損なったことはない。それだけ、戦時中であっても王都、つまり王国の首都は恵まれていたのだ。

 敵の戦力と本気で、命を懸けて戦うようになったのはつい最近だ。ロイと出会うより前は、一度だって戦場に出たことはない。それほどまでにぬるま湯に浸かっていて、それをどこか当たり前のモノだと思っていた。


 今でこそその考えは変わりつつあるが、それにしても、自分とリタを比較したら、やはりリタの人生の方が壮絶だろう。彼女の今の年齢を考慮したら、どう考えたって戦場に置き去りにされたのは1桁の年齢の時だ。

 それを踏まえれば、ティナの言うとおり、リタの家庭環境が複雑なのも頷ける。


「……薄々察していたけど、リタちゃんとティナちゃんって、幼馴染、だよね?」

「は…………い、それで……、あの…………」


「? なにかな?」

「1つ、気になる点…………があ…………るん、で、す…………けど」


「ほぇ!? シィ、ティナちゃんよりもリタちゃんのこと、詳しくないよ!?」

「い、っ、いい、いえ! そ、そう…………、では……、なく、あの……、あの……、その……、噂で、聞いた、程度、なん、です、け…………ど、レナード、先…………輩、の、ことで…………」


 首を傾げるシーリーン。

 彼女が記憶する限り、ティナがレナードのことを話題にするのが初めてだったからだ。


「レナード…………先……輩、も、戦争、難民、なん、です…………よね?」


「あっ、うん、シィが直接聞いたわけじゃないけど、アリスがそんなことを言っていた気がする……。ロイくんのルーンナイト昇進試験の様子を訊いたら、ついででそんなことを教えてくれたような……」

「ワタ…………シ、も、そこ、まで…………深、く、調べること、は、でき、なかったんですけど…………、もし……かし、たら…………」


「う、うん……」

「…………リタ、ちゃん、が、捨てられた、戦場…………と、情報、が、正しけれ…………ば、レナード、先輩の、故郷が……、すご……く、近い位置に、あって……、っっ」


 と、ティナが言葉を続けようとして、シーリーンが静かにそれを聞き続けようとした、ちょうどその時だった。

 2人の七星団の団員がシーリーンとティナのもとに、かなり動揺、焦燥した様子でやってくる。その姿を確認して、一時的にシーリーンもティナも、手を休めることに。


「シィ……っっ! 大変よ!」

「シーリーンさん、ここにいたんですねッッ!」


「アリス? マリアさん? どうしたの?」

「あっ…………、こん、ばん、は……、アリ……スさん。マ……リアさ、ん」


「え、ええ、こんばんは、ティナちゃん」

「ティナちゃんも無事だったんですね?」


「お、おかげ、さまで……」


 一応、挨拶されたのでアリスとマリアはそれに返事する。

 しかし次の瞬間には、やはり焦燥が復活してしまった。


「いい、シィ? よく聞いて? それと、この際だからティナちゃんも」

「う、うん……」「は……い」


 ただならぬ様子のアリスに、2人は思わず固唾を呑む。


「王都の結界の中に、魔王軍最上層部の敵兵が現れたわ」

「「…………ッッ!?」」


「しかも2人も、ですね。報告によると、片方は幸いにも王都の外の山林に吹き飛ばすことに成功して、特務十二星座部隊のエルヴィスさんとフィルさんが、追撃部隊を指揮して進行させています。もう片方は入団試験の時に試験官をしてくれたシャーリーさんが相手をして、一時的に引かせることに成功して、バトンタッチして、序列第3位のロバートさんという男性が捜索隊を駆使して捜索しているとのこと、ですね」

「つまり、エルヴィスさんとフィルさんはもう王都の内側にはいない、ってことだよね?」


 あまり――否、かなりよくない情報だ。

 こちらの強力な戦力を2人削がれた上で、その2人に匹敵する敵兵がまだ王都に残っている可能性があるなんて、笑ってすませられる領域を大幅に凌駕している。


「えぇ、そしてシャーリーさんは今、国王陛下に伝言を残して行方不明になっているらしいわ。あと、ロバートさんはまだ戦えるらしいけど、姿をくらました敵兵を発見できていない。これから、ロバートさんが国民の避難誘導に関わることはない、とのことよ。避難誘導よりも敵兵の捜索及び王都からの排除を国王陛下より言い渡されたから」


 一瞬、シーリーンは考える。

 この情報がたかが新兵である自分たちにまで伝わってきた意味を。


 答えなんて簡単だ。確かに敵軍の最上層部の一員が自国の首都に紛れ込んでいたなんて、公開するにしてもしないにしても、高度にデリケートに扱うべき情報である。

 が、その2人の存在が明らかになったのが今夜なら、まだ存在発覚、国王陛下と参謀本部に通達、情報の取り扱いの方針の決定、そして実際の情報の伝達まで、ほんの数時間しか経っていない。つまりこれの意味するところは、まだ追加の敵襲があるかもしれない、新兵であろうと最上級の警戒をせよ、それ1つだ。


「他の特務十二星座部隊の人たちは?」

「序列第1位のエドワードさんはロイヤルガードということで、陛下のすぐお傍に。お姉様はシィも知っていると思うけど、死神を今もなお殺し続けている。序列第6位のセシリアさん、第10位のイザベルさん、第12位のカレンさんは結界の展開。最後に、序列第7位のカーティスさん、序列第8位のベティさん、序列第11位のニコラスさんは死神の残した炎の鎮火活動と、それに勤しむ部隊の指揮だそうね」


 流石に特務十二星座部隊のメンバーの名前は、七星団に所属する団員なら一般常識だった。ゆえに、シーリーンもアリスもマリアも、問題なく会話を進める。

 ティナも少しは知らない名前が出たが、序列のおかげでだいたいの話は把握できていた。


「それで……、その……、ッッ」

「アリス?」


「もっと、悪い報せがあるの……」

「えっ?」


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