3章6話 23時03分 アルバート、会議する。



 七星団本部の最上級会議室にて――、


「どうするというのだ!? こちらの王族、それも実務的な王族ではなく戦争の象徴、英雄としての王族が敵の手に落ちただと……ッッ!?」


 とある大臣の1人がそれを叫ぶ。

 が、それを咎める者は誰もいない。それだけ、ここにいる全員が焦っていたし、それゆえに苛立っていたのだから。みな一様に表情には苦渋を呈しており、会議は一向に進まない。あの国王陛下、アルバートでさえ、沈痛な面持ちでこの事態に対する的確な答えを出すことができなかった。


 無論、ここに集まった彼らが無能だからではない。むしろ国家の最上層に位置する者たちの集まりであり有能極まりないのだが、しかし、それにしたって状況が最悪すぎた。

 王族が闇属性の魔力に汚染されて暴走なんて、到底容認できる事態ではない。


 ロイが死者蘇生する時、大臣たちは『シナリオ』を決めた。

 どのような理由であれロイが王族入りするのであれば、それを利用しない手はない。決して悪い意味ではなく、王族になるのだから、王国のために自分、つまりロイ自身にできることを尽力するべきだ、と。


 結果、大臣たち、そしてアルバートもロイ本人に伝えなかったが、ロイには王族入りした瞬間から『闇属性の魔力に汚染されつつも、敵の幹部を討って戦死。しかしその勇敢な姿に王女殿下が心を奪われ、非情に物語的な死者蘇生によって人の世に生還。国民全員によって盛大に迎え入れられ、その後も英雄としての道を往く』という一種の人生を用意されることになった。


 もちろん、ロイだって己の役割は政務ではなく戦争、ということを言われずとも理解しているのだろうし、ヴィクトリアからもいろいろ言われているだろうが、ロイとヴィクトリアは最後の1つを理解していなかった。

 即ち、そういうシナリオに沿って大臣たちが裏で動いている以上、そのシナリオから逸脱した展開になれば、国益を損なうことになる、ということを。


(とにかく、このタイミングでロイくんの闇堕ちはマズイ……ッッ!)


 アルバートは苦虫を噛み潰したような表情かおをする。

 最悪の二者択一だ。放置できないから七星団で対応部隊を出すという選択をしても。あるいはロイがこのまま闇に飲み込まれて、今回こそ本当に死ぬか、敵軍に吸収される、という選択をしても。


 基本的に今回打てる作戦は対応か放置の2つしかない。

 それはここにいる全員の共通認識だ。


 仮に討伐することになったら、自国の王族、兼、英雄を自国で処理するということになる。

 最悪だ。地方の村の子供がゴスペルと聖剣に選ばれ王都に来訪し、死線を潜り抜けお姫様と結ばれた、なんて、ここまで国民にわかりやすい物語にしたのに、そのエンディングが闇に飲まれて、今まで貢献してきた七星団に討たれる、なんて、後味が悪すぎる。


 この場合、第一に国民に士気にかかわる。ここでいう士気というのは、国民の気持ちの問題。

 次に、気持ちの問題とは別に、国民から様々な追及を受ける。


 逆に、放置することも難しい。

 現に今も、ロイは王都で破壊活動を継続しているのだから。


 こちらを選んだ場合、王国の尊厳にかかわる。王族の1人を敵の誰かしらに改造か、洗脳か、遠隔操作されて、それでもどうぞ好き放題してください、なんて、国民に示しが付かない。

 また、討伐した時、国民から「事前に防げなかったのか!?」という追及を受けるのに対し、放置を選んだ場合、今度は国民から「もっと早くどうにかできなかったのか!?」という別のベクトルの追及を受ける。


(となれば、残るべき手段はロイくんを拘束して治療すること……ッッ!)


 しかしそれも現実的ではない。

 拘束と治療自体はかなり簡単だ。七星団はそこまで無能ではないし、極論、特務十二星座部隊のうちの誰かを動かせばいい。


 問題なのはそのあと。

 討伐と放置は国民がどのような反応をするにせよ、ロイを王族から排除することは比較的可能なのだ。


 しかし拘束して治療する、という選択をすれば、その全ての責任がここにいる全員に圧し掛かる。

 当然、アルバートは内心、拘束と治療を選ぶべき、とは考えている。勝手にこちらでシナリオを用意して頑張ってもらうようにしたのだから、不慮の事態についての責任は、そのシナリオを用意した側で取るべき。それが彼の考えだった。


 が、ここにいる全員がそれに従うわけではない。

 ここにきて、ここに集まったメンバーが有能であることが裏目に出た。あの国王陛下であるアルバートでさえ、王国の王様という立ち位置をフルに利用したとしても、ここにいる全員をその方向で納得させることは不可能だろう。


 と、その時だった。


「国王陛下、特務十二星座部隊の【獅子】、エルヴィスからの通信です。ぜひともスピーカーモードで念話いただけるようご許可いただければ幸いです、とも言っております」


 七星団の団長、アルドヘルムが、アーティファクトをアルバートの手が取りやすい位置に差し出す。

 するとアルバートは――、


「かまわん、繋げ」


「御意」

『国王陛下、特務十二星座部隊の【獅子】、エルヴィスでございます』


「用件は?」

『陛下はただいま七星団本部の最上級会議室にて会議中、それを前提とさせていただき、そこにご参集くださった大臣や枢機卿のみなさまにも、ぜひ耳に入れてほしく伝えるのでありますが――――――魔王軍最上層部が動き始めました』


「「「「「…………ッッ!?」」」」」


 ここに集まった全員が一瞬で狼狽した。

 ここにいる約50名にも及ぶ王国上層部の者たち、彼らは並大抵のことでは眉ひとつ動かさない。それほどまでに精神が途轍もないのだ。中には数を忘れるぐらい味方の死体を見た者もいるし、他には作戦のために地方の街を見殺しにした者もいる。


 しかし、今、そのような精神力のバケモノたちが、揃いも揃って冷静さを信じられないぐらい、自分でも自分と思えないぐらい欠いていた。

 中には椅子から立ち上がりかけて中腰になる者や、一瞬とはいえ失神しかける者さえもいる。


『敵は自分で自分を魔王軍最上層部、純血遵守派閥、黒天蓋の序列第6位、【霧】のゲハイムニスと名乗り、私と特務十二星座部隊の【人馬】、フィルと戦闘。その後、私の天空波紋にて宇宙に打ち上げようとしましたが、なにかしらの手段を用いて打ち上げの最中に上昇から落下に切り替えました。魔術を解析する魔術を発動していたフィルによりますと、落下には一切の魔術を使っていない、とのことです。せいぜい、着地の際に重力操作の魔術を使ったぐらいだ、と。それで、ゲハイムニスが着地した座標は王都の外の山林でして、今、私自身を始めとする追撃部隊を向かわせております』


 エルヴィスの天空波紋はアルバートも知っている。宇宙に打ち上げる剣術という性質上、敵が何個霊魂を保持していても関係なく、上昇につれ空気が薄くなっていくから、対処が遅れれば遅れるほど魔術が使えなくなるという反則級の剣術である。

 ゆえに、ゲハイムニスが魔術を使わなかった――否――使えなかったのは理解できるのだが、だからこそ、生還できた理由が一切合切、理解できない。


「敵の実力は?」

『星面波動と同じ威力で首を斬ろうとしても、皮膚1枚すら破れず。フィルの【絶対領域の支配者がゆえに支配的錬成】と【介入の余地がない全、つまり一、ゆえに完成品】を事前に知っており。手刀で私のデュランダルと火花を散らせるほどです』


 エルヴィスの説明に、大臣の中には開いた口が塞がらない状態の者が何人か出始めて、状況はますます混迷に陥ってしまっていた。

 そのゲハイムニスの言うことがウソで、実は魔王軍最上層部の者ではない、という可能性も普通にあったのだったが、エルヴィスとフィルを相手にそこまで戦えるなんて、どうらら、敵の言葉を信じるしかなさそうだ。


「わかった。引き続き、追撃部隊を進行させろ。ただし、絶対に今回で仕留めようとしてはならない。返り討ちに遭う可能性が高い。進行の目的は2つ、そのゲハイムニスに探りを入れて情報を引き出すことと、王国、少なくとも王都の近隣から撤退させることだ」

『御意』


 と、そこでエルヴィスからの念話は終了した。

 が――、


「陛下、今度はロバートからです」

「繋げ」


『陛下、特務十二星座部隊のロバートです』

「用件は?」


『信じられないかもしれませんが、王都の中に魔王軍最上層部の1人が紛れ込んでいます。俺とシャーリーで相手をしましたが、逃げられました。現在、そいつの捜索隊を指揮しており――』

「知っている。たった今、エルヴィスから報告を受けた。ゲハイムニスだろう?」


『は? 誰ですか、そいつ?』

「……なに? どういうことだ?」


『俺とシャーリーが戦ったのは魔王軍最上層部、革命執行派閥、天望楼てんぼうろうの【土葬のサトゥルヌス】です』

「な……ッッ!?」


 流石に今度はアルバートでさえ腰をわずかにだが浮かせた。

 他の大臣たちも額に汗を浮かべている。


「実力はどのぐらいだ?」

『直接戦ったのは俺ではなくシャーリーです。俺はあいつのサインを受け取って応援に駆け付けただけ。ですが、シャーリーから聞いたところによりますと……時間を停止しても自由に動いてくる。未来を予知してもそれとは違う動きをしてくる。最終的には別の世界から別の現実を持ってきて、自分に都合の悪い現実を、都合のいい現実に上書きする。それをやってのける強敵とのことです。幸いにも、最後の現実の上書きは、相手も1回しか使えないようですが』


「そのシャーリーはどうした? 負傷したか?」

『負傷するにはしました。魔術で身体的なケガは治しましたが、パッと見、魔力の欠乏がヤバかったです。ですが、それでも、起死回生の一手を打ちにいく、とか言って、俺の前から姿を消しました。そのシャーリーから伝言がありますが……』


「どういう伝言だ?」

『ロイ・モルゲンロートを処理してはいけない。私めには彼をどうにかする心当たりがある。そして、もちろん、事態の収拾後、国民からの追及さえ上手く躱す説明の用意も、と。最後に――』


「最後に?」

『もし失敗したら、全ての責任を私めに被せてくれてかまわない、だそうです』


 逡巡するアルバート。今回の事態の解決が難しいのは、極論、事態が収拾したあと、責任をどうするのかがややこしいからだ。

 しかし、それをシャーリーが請け負ってくれるなら――、


「理解した、こちらはそれに基づいて動く。そちらは【土葬のサトゥルヌス】の捜索にあたれ」

『御意』


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