3章4話 21時58分 エルヴィス、ゲハイムニスと殺し合う。(2)



「それに、フィルがお前のサポートとして馳せ参じていることは予想通りでしかなかった。なぜなら、お前が星面波動と同じ威力で俺の首を刎ねようとしたのに、足場となった大聖堂の屋根は壊れてしないし、現に、今も屋根に目立った被害はない」


「……お前! 見ていないのにフィルが【介入の余地がない全、パーフェクション・つまり一、フォン・ゆえに完成品】パーフェクションを使えることを知っていたのかァ……ッッ!?」


「分子間力の操作、言ってしまえばありとあらゆる物理攻撃の無効化、破壊の化身たるお前が自国の王都で戦うなら、これ以上のサポーターはいないはず。自明だろう?」


 完璧に、どこまでも、特務十二星座部の2人よりゲハイムニスの方が上手だった。

 どこからか事前情報を入手しているのだろうが、明らかにエルヴィスとフィルの実力の合計より、ゲハイムニスの実力の方が強い。仮に実力が強くなかったか、拮抗していたとしても、まず間違いなく、戦い方、戦局の誘導の仕方は上手かった。


 だというのに、エルヴィスも、フィルも、未だゲハイムニスの手のうちを明かせていない。

 どのような魔術を使っているかどうかではなく、そもそも、魔術か、スキルやゴスペルか、見えていないだけで聖剣や魔剣か、一応の可能性として純粋な体術かどうかすら判明していないときている。


 完璧に不利。圧倒的に劣勢。

 が、しかし、この逆境の中でエルヴィスはゲハイムニスの神速さえ超越える神速の手刀を捌きながら考える。


(まだ……ッッ! オレには『切り札』が残っている……ッッ!)


 と、双眸に決意と覚悟の火を灯して。


「フィル……ッッ!」

「わかっている……ッッ!」


 エルヴィスが名を吼えると、息吐く間もない最強対最強の剣戟、そこに介入できる間隙を見計らっていたフィルはそれに叫んで応えた。

 互いに互いがなにをするのか理解していて、その上で、微塵もそれが失敗するとは思っていないという、正真正銘、信頼関係を前提とした意思疎通である。


 なにをするのかと警戒するゲハイムニス。

 が、周囲の警戒と並列処理でエルヴィスの聖剣連撃を猛然と、今まで現在進行形で弾いていた彼だったが、そのほんの数瞬後、不測の事態が訪れる。


 即ち、のだ。


(チィ……ッッ! 初歩的だが効果的なことを……ッッ!!!)


 一瞬だけ思考時間が必要なだけで、足場崩しなんて、本来なら充分に対処できる児戯だ。

 だが、それは1対1で殺し合っていた場合に限るし、彼我の実力差が隔絶していたら、それも違っていたのだが――己が目の前で聖剣を構えているのは、あの特務十二星座部のエルヴィスに他ならない。


 足場崩しなんて戦術の基礎中の基礎。

 しかし、エルヴィスほどの猛者になれば敵が見せる隙は刹那で充分。


 ゆえに、ゲハイムニスだってすぐにそれに気付き、舌打ちせざるを得なかった。


 一方でエルヴィスがこの好機を無駄にしないと言わんばかりに、早々に剣を構えて、即行で呼吸を整える。

 戦略級聖剣術、星面波動と対をなすエルヴィスの切り札。星面波動が自分より弱い数百や数千は下らない数多くの敵兵を一掃する広範囲剣術だとするなら――それは自分と実力が拮抗しているただ一人の敵兵に、必殺の一撃を放つ超々々局所的剣術に他ならない。


 恐らく、ロイのエクスカリバーでも、レナードのアスカロンでも再現不可能の絶技。

 エルヴィスのデュランダルの性質が一騎当千だからこそできる専売特許。


 構えて、呼吸を整え、いざ放つ。


 叫べ! 謳え! 吼えろ!

 星々の遠方まで声を張れ!


 その渾身の技の名は――、




「ッッッ! 対人級聖剣術、天空波紋ッッッ!」

「ぐ………ォォォ………ッッ!!!」



 瞬間、ゲハイムニスの腹部にデュランダルが音速で叩き込まれる。

 そう、黒天蓋の序列第6位を切断できないことなど百も承知。


 だが、先刻、

 距離はどうあれ吹き飛んだのだから――、


(足場を崩し、万力を込めて大剣を撃ち込めば、大気層の外、宇宙まで打ち上げることも不可能ではない……ッッ!)


 そして――、

 ついに――、


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッッッ!!!!!」

「…………ッッ!!!??」


 音速を超越える大剣を叩き込まれて、轟々とゲハイムニスは一直線に宇宙を目掛けて撃たれてしまう。

 そして夜とはいえ目視できた雲は、まるでゲハイムニスを中心に波紋のように広がりをみせた。


 だがしかし――、

 ――ゲハイムニスはもう少しで宇宙に捨てられるというのに、あまりにも冷静に対処行動を取り始める。


(流石はエルヴィスだ。宇宙に打ち上げることに成功すれば、敵が何個霊魂を保持していようと関係ない。しかも対処が遅れれば遅れるほど空気は薄くなり、詠唱なり脳波なりで揺らせる魔力も少なくなってくる。けれど――)


 

 ゲハイムニスは静かに瞑目し、そして開眼すると――、


(重量操作、自分の重量を50トンに)


 と、脳内で唱えた瞬間、ゲハイムニスの打ち上げ速度は徐々に勢いを殺されて、ついには上昇ではなく落下を開始する。


 そして高度約4000mの時点で自分の重さを25トンに。高度約3000mで10トン、高度約2000mで1トン、約1000mで100kg、約500mで本来の体重。

 最後に、地上100mの時点で――、


「――【黒よりシュヴァルツ・アルス・黒いシュヴァルツ・星の力】ステーンステーク――」


 重力操作の魔術を使用して着地時の衝撃をほぼ皆無にするゲハイムニス。

 まるで2段だけ階段をジャンプしたかのような感覚しか、あの攻撃を受けても結果的に彼は負わなかった。


 で、ゲハイムニスは特に感慨もなく周囲を見渡す。

 当然といえば当然だが、離陸の座標と着陸の座標が乖離して、彼は今、王都の城壁の外の森と思しきところにいた。


 けれど、逆にこれはゲハイムニスにとって都合がいい。

 なぜなら、無事にエルヴィスたちから距離を置けたことになるから。


 自らの肉眼でロイとイヴがどうなるか確認したかった、という気持ちもあるが……否、その想いが身を焦がすほど強かったから王都に予定よりも長く滞在したのだったが、それでも視界を共有している使い魔を数匹、王都に放っておいてあるのだ。


 だとすると、流石にそろそろ、生還に気付いたエルヴィスたちが討伐隊を寄こす前に撤退する方が賢明だった。


「――――ロイ、ここからが正念場だ。死に物狂いで強くなれ」


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