3章2話 21時46分 アリシア、死神と殺し合う。(2)



『申し訳ございませんわぁ、ただいまぁ、セシリアさんが負傷してしまいましたためぇ、わたぁし、カレン・ブライトクロイツが対応いたしますぅ』

「了解です。すでに確認済みかと存じますが、死神を城壁の外に排除しました。私は追撃に向かいますので、そちらは再度、【色彩放つファルベシェーン・光輝瞬煌のグランツェント・聖硝子】アウローラの展開をお願いします」


『わかっていると思いますがぁ、目撃者が誰もいないところで戦うということはぁ、ニコラスさんの【不浄ヴァーシュエン・ダス・祓い、フェルオンレイニゴウン・またの銘をオーダー・天罰ネメズィース・代理アーゲント・執行術、ドヒックセツウング・心身オーヌ・ズィッヒ・問わずツ・テイレン・巨悪悉くベーゼ・滅相のアウスロットゥング・方陣】パラディースが効果を発揮しない、ということですよぉ?』

「承知の上です。死神は今よりもより凶暴、より強敵になるでしょう」


『えぇ』

「ですが、私の敵ではありません」


 自信満々に断言するアリシア。

 傲慢と自惚れ。前者の言葉に宿るのが、自身を強く、偉く、大きく見せる性質なのに対し、後者の言葉に宿るのは自身に陶酔する性質。それを踏まえて今のアリシアにどちらの言葉が当てはまるかと問われれば……彼女自身が理解しているとおり、実はどちらでもない。


 そう、聖剣使いであるエルヴィスや、枢機卿であるセシリアなどの同僚に匹敵する実力を保持する敵兵であろうと、序列第2位の敵ではない。

 序列第4位以上はすでに全員、神ならざる身で神の領域に足を踏み入れているのだから。


『そういえばぁ、死神の例の歪曲の解除に貢献したあの……、えっと……』


「第1特務執行隠密分隊ですか?」

『そうですぅ、そこにはあなたの妹がいたはずですがぁ、そばにいなくても……』


「愚問ですね。すでに彼女たちは全員、後遺症も傷跡もなくヒーリングしてあります」

『えぇ……、いつの間にぃ……』


「死神と殺し合っている最中に、です」


 と、そこでアリシアは遠方、王都の城壁の向こうに広がる山の方に視線を向けた。

 当然のごとく、死神が活動を開始し始めたのだ。


「結界の件と、その他のことをお任せしても?」

『了解ですぅ、それでは、ご武運を』

「ありがたいお言葉ですが、武運に頼らずとも勝てますよ」


 アーティファクトをしまうと、アリシアはとある魔術を発動する。

 それは即ち――、


「――では、【神様の真似事】アドヴェント・ツァイト――」


 それは自分自身がなんらかの概念になるという、普通の魔術師が使ったら詠唱の段階で脳内の毛細血管が破裂し廃人になるレベルの超々々高難易度魔術。

 一般的に、魔術はEランク~Sランクまでの階梯が存在するのだが、しかし、それはあくまで人智クラスでの話だ。


【神様の真似事】はその魔術の効果から察して余りあるとおり、神話クラスの魔術である。

 神々の物語に登場するような、本来なら人智が及ばぬ奇跡そのものだった。


 実のところ、アリシアがその身に降ろせる概念には制限がある。当然だ。このような神の所業を、天才とはいえエルフにすぎない彼女が無制限に使えるわけがない

 アリシアが現段階で顕現できる概念は3つ、強さ、速さ、そして堅さ。そして以前ロイが看破したとおり、速さそのものになっても、移動手段が封じられていれば無効化されるし、強さそのものになっても、攻撃手段が封じられていれば、やはり無意味な魔術になってしまう。


 なによりも、あのアリシアでも敵と手合わせしながらでは、この魔術を発動できない。

 だが、逆を言えば――、


「――インターバルさえあれば、問題なく使える、ということ」


 アーティファクトを使った念話の時間の有効活用。否、逆だ。このインターバルの間、他にもなにかできると思考し、それゆえの念話。

 同時に2つ以上の概念を降臨できないというありきたりな制約は健在だが、スムーズな切り替えの準備は整っている。


 そして、速さという概念そのものになり、彼我の距離を無視して、死神の目の前に降り立つアリシア。

 今なら光とでも並走できる。そんな自分以上のバケモノを眼前に控えて死神は――、


「      ァァッッ!!!!!」

「さて、だいぶ間抜けを晒してしまいましたので、ここらへんで名誉挽回するとしましょう」


 特務十二星座部さえいなければ王都を壊滅できた死神が、最大威力、最高速度、疾風迅雷の勢いで己の鎌をアリシアに振り下ろす。まさに熾烈にして激烈、激越にして至高の一閃と言うべき斬撃だった。

 しかし、アリシアは空間転移さえ児戯に思える移動でそれを回避すると――端的に言って無双を始めた。


「    ッッ!!?」


 ただの殴る、蹴る、投げる、踏む、そんな単純な体術なのに、その1回につき死神の霊魂がキッチリ1つ消費――否、そんな軽い言葉ではなく、まことに消滅していく。


 今まで猛威を振るっていたあの死神が、まるで赤子のようだった。

 死神が音速に迫る勢いで鎌を振っても、アリシアはそれを悠然と躱して、速すぎて残像さえ生まれない速度で懐へ飛び込み――否――飛び込みなんてあたかも移動したかのような言葉を使わずとも、ただ出現して、ドアをノックする程度のモーションで死神を叩けば、それだけで死神は山中を猛然と吹き飛び霊魂を消滅させる。


 が、死神が体勢を立て直す間もなく、そもそも吹き飛んでいる時点で、アリシアは死神の着地点にいた。


 そして攻撃し、死神が吹き飛び、さらに着地点に待ち構えていたアリシアが攻撃し、さらに死神が吹き飛び……、その後はそれの繰り返し。

 山が変形し、川が歪曲し、森が破壊され、崖が崩壊して、空から見下ろした惑星の表面が呆気も慈悲も感慨もなく、1秒ごとに刻々と変化し続ける。惑星の表面なんて、そんな人やエルフが、しかもお手軽に歪めていい物ではないのは、誰もが理解しているはずなのに。


 死神が球、アリシアがそれを撃ち返すフリッパー。

 もはやこれはマップ規模のバケモノピンボールでしかなかった。


 縦横無尽に、死神がついに音速にも届きそうなほどの速さで山中のいたるところを跳ね続ける。

 そしてその先にはアリシアが待ちかまえていて、さらに死神を撃ち返す。


「   ァ……。  ぁ……」

「おや? 痛覚がなくとも絶望は覚えますか?」


 しかし、それが討伐をやめてあげる理由にはならない。

 死神の霊魂がいくつあるか知らないが、今、ここに、アリシア対死神の殺し合いは、アリシアの勝利という形で幕を閉じた。


 が、それは勝利したものの、霊魂をゼロにするまでアリシアはここを動けないというわけで――、

 つまるところ、強敵である死神の相手を1人でしているから仕方がないことなのだが、他の事件の解決に参加できないということで――、


 ――死神には勝利したが、まだ、王都にとって最悪の2日間は終わらない。

 ――まだ王都には魔王軍最上層部、純血遵守派閥、黒天蓋の序列第6位、【霧】のゲハイムニスと、彼に理性を剥奪されたロイが残っているのだから。


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