3章1話 21時46分 アリシア、死神と殺し合う。(1)



 満天の星々という言葉は多々王国の小説でも使われる。

 では、その比喩表現でも誇張表現でもない数千億にも至る星々が、成層圏のほんの数kmまで落ちてきたらどうなるか?


 仮に百億歩譲り引力や熱量など、その他諸々の影響を最大限都合よく考えて皆無にしたとしても――、

 ――この惑星に生きる者が空を見上げた瞬間、紛うことなき星芒せいぼう霹靂へきれきとでも言うべき、失明さえ可愛く思える暴力的なまでの光輝が視界を、そして空の端から端を覆い尽くすはずである。


 まさに宇宙が落ちてきた、とでも言うべき現象。


 そんなどこか神性を宿す現象さえ連想させる2人の死闘、それこそは正真正銘の地獄の具象化だった。天空に先の比喩にも匹敵するほむらが煌々とはしり、洪水のごとき魔術の光が溢れ続ける。

 爆ぜるは死神の霊魂の断片で、流れるは圧倒的なアリシアの魔力、そして激突し相殺。


 嗚呼、これを地獄と言わずになんと言おう。


 否、より厳密には、死神が鎌を振るい四方八方に撒き散らす死滅の焔もまさに地獄。

一方で、【金牛】のアリシアが轟々と放出する超高難易度、及び超高出力の光属性魔術もまた、弱者が見ればウソ偽りなく地獄。それがたとえ国民を救う魔術だったとしても、怖いものは怖い。あまりの迫力に味方の魔術と理解していても、有象無象の小さき者の生存本能は根源的な恐怖を覚えるのが必然だ。


 即ち、これは地獄対地獄のせめぎ合い。

 勝者と敗者の違いによって、国民が救われるか否かの差異は無論あるものの、圧倒的、絶望的ゆえに、人もエルフもドワーフも、しょせん動物としての本能が恐怖を告げ、最終的に死闘のあと、地獄が残った、という感想を抱くのは変わらない。


 要するに――、

 ――どちらが勝者でこの死闘が終焉を迎えたとしても、復旧には長い年月がかかるだろう。


 ゆえに地獄。

 ゆえに死滅の神と絶滅の魔術師の殺し合い。


「さて――手数を殺して威力で攻めるか、威力を殺して手数で攻めるか」


 10秒間で数百にも到達する殺人攻撃の乱舞応酬の中であっても、アリシアは優艶と微笑み、次の一手を思考する。


 大火力を誇る魔術を撃ったとしても、相手の力量を考慮すれば、躱される可能性、及び防御される可能性も充分にある。翻り、手数を重視したところで、数割の魔術は着弾するだろうが、百発百中というわけにはいかない。

 つまり、どちらを選んでも流れ弾の可能性は介在してしまう、ということ。


 なら、地上で行われている魔術師たちによる建造物保全の魔術的取り組みを考慮して、大火力魔術ではなく――、


(では――――、


 【世界ビシュラーニゲン・からミッセーバー・観たボバテッテ・加速するフォン・私、ヴェルト・

 アッブレムセン・からヴェルト・観たボバテッテ・減速するフォン・世界】ミッセーバー


 ――――詠唱零砕。

 ――――術式編纂へんさん

 ――――思考加速に特化。


 【無限遠点――――、セルブスヴェルト:

 ――――至るべき無尽アウスゲリファート・アン・の幻想神域】ディ・ミュートロギィ


 ――――並行世界、接続完了。

 ――――限定発動、頭脳拡張。


 ――――思考能力、上昇完了。

 ――――術式精度コントロール、異常なし。



Es ist ein其は scharlachroter地獄の Kaiser,劫火 der dieさえ Flammen焼き der Hölle祓う verbrennt熾烈の und löscht皇帝.


Es ist ein万象を Gesetz der Hitze,灼き尽くし、 das niemalsいづれ鏖殺が sterben wird,終わるまで、 bis es alle決して Wesen潰えぬ verbrennt灼熱 und tötet.


Extremこの gewalttätige燦然と Flammen輝く beraubten暴虐 das Territorium焔は星 der Sterne領土 und begannen簒奪し、 als die世界 Welt自体 selbst zuとして existieren在り始めた.


Bombardieren,爆撃、 schreien,慟哭、 brennen,炎上、 brüllen,咆哮、 einäschern火葬、 und ruinieren破滅.


Die Hitze存在が der Vernunft,存在たる dass die由縁の Existenz熱は dort ist,激越の rauscht道を durch die邁進 Zeit,し、 Blut血潮が verdunstet,霞み Fleisch肉が kocht,沸き、 Knochen骨が schmelzen,爛れて und der五臓 ganze六腑 Körper steht in絶えず Flammen und燔かれて kehrt ins虚ろ Nichts zurück還る.


Es gibt熔けぬ nichts,物など was nicht何もなく、 geschmolzen灰が灰に、 werden kann,塵が塵に Ascheなる wird zu摂理さえ Asche拒絶され und往く Staub無謬の wird支配 zu Staub続く闇.


In dem Gedanken,唯一無二、 dass die世界は Welt二つ keine zwei要ら braucht,ないと、 und in der此処に Hoffnung今、 auf das神話 Ende des Mythos,幕切れを erwärmt望む sichべく、 die neue破滅の Welt in秩序 eine ruinierte加熱 Ordnungする.


 【燦爛ディエ・ヴェルト・緋色デァ・シュラヒトオン・殺戮ドゥーヒ・ゴースェス・世界シャルラハロート

 灼熱ダス・エンデ・以ってデス・クリーケス・焦土ミット・を広げるデム・情愛の大剣】シュヴェーアト・フォン・フランメ

 ――――五十重奏ペンタコンテット、詠唱零砕、終止カデンツ



Es ist das其は Gold des光り輝き Gemetzels,常世に遍く das glänzt全ての塵さえ und allen蹴散らす Staub殺戮の auslöscht黄金.


Es ist das威光が Gesetz刹那より des疾く Donners,響き渡り、 das schneller死滅の報せと klingt als der畏れ仰ぐ、 Wind und怒り Sie sich嘆き den Tod狂い vorstellen荒ぶる können霹靂の理.


Diesesこの瞬き Gesetz閃く der Genesis創世の理は fällt vom天より Himmel堕ちて und zerquetscht地を穿ち、 die Erde,原初の力が und die至高の Ursprungskraft傷を創り出し、 verursacht此処に Risse宇宙 im Universum罅割れる.


Fesseln,束縛、Veränderung,変化、Verlassen,離別 rauben,略奪、brecehn,破壊、und beenden終幕.


Die Lichtketten,己が己を die sich繋ぎ verbinden,止める besiegen稲妻 alles in dieser鎖は Welt, und森羅万象 der Held薙ぎ verzweifelt払い、 an der英雄は Leiche屍山 des Feindes,血河に lacht絶望し und孤高に bricht嗤い Knochen,唱を詠み、 um die Hölle砕いて auszugleichen戦地を均す.


Es ist敵を das Licht斃して der Erlösung,死体を焦がし、 das Feinde勝利の歓喜に tötet,痺れて Leichen崩れ、 verbrennt,凱旋の喝采 sichさえ über聞こえ den Ruhm始めて、 des Sieges気付かぬ freut自壊 und schließlich見出す erscheint最期の光.


Ich erkläreいざ、告げる、 das Ende壮麗なる einer世界の schönen幕引きを。 Welt此の光 mit dem弾ける Schrei長槍に eines刺され Feindes,苦しみ der darunter哭いて叫んで leidet,朽ちて von einem散り逝く Lichtspeer哀れな getroffen存在を zu werden以ってして.


 【流麗ディエ・ヴェルト・黄金デス・タンペルンス・蹂躙ドゥーヒ・ゴースェス・世界ゴルト

 霹靂ダス・エンデ・以ってデス・クリーケス戦場ミット・を散らすデム・歓喜の長槍】シュペーア・フォン・ドンナー

  ――――五十重奏ペンタコンテット、詠唱零砕、終止カデンツ


 術式編纂。

 威力は従来の5倍、速度は従来の10倍に設定完了。

 そしてなおかつ、迎撃によって弾かれて、さらに私の制御下から離れた場合、即時霧散させて地上への被害をなくすように設定完了。


 術式精査魔術発動――――、

 ――――結果、異常なし。


 【世界から観た加速する私、私から観た減速する世界】、解除)


 ただ一言で言うなれば、それは絶技。

 ただし、それはただの絶技にあらず。脳内にストックを用意している状態でもないのに、詠唱零砕で3桁の魔術を顕現。百億歩譲ってここまではいい。


 問題視すべきは、その威力と規模。

 察しのとおり【燦爛緋色殺戮世界:灼熱以って焦土広げる情愛の大剣】は【 炎斬の剣 】シュヴェーアト・フォン・フランメの、【壮麗黄金蹂躙世界:霹靂以って戦場散らす歓喜の長槍】は【 雷穿の槍 】シュペーア・フォン・ドンナーの、それぞれ最上級上位互換である。


 リタの体躯竜域の強みだって、初歩的で、同一の魔術だからこそ百重奏ヘクテットできただけだ。

 だというのに、アリシアは余裕綽々で、一発でも大地に撃てば辺り一帯が焦土になる領域レベルの魔術の百重奏を為してみせる。


 常軌を逸しているにも限度がある。

 しかも【燦爛緋色殺戮世界:灼熱以って焦土広げる情愛の大剣】と【壮麗黄金蹂躙世界:霹靂以って戦場散らす歓喜の長槍】は炎と雷による攻撃魔術だ。水属性や土属性の魔術と比べれば拡散させやすいのは事実だが……そもそもの話、逆にプラズマを扱うような魔術は制御、術式編纂の時点で難しい。


 普通に考えて、制御できるなんてあり得ない。


 だというのにアリシアは微笑む。

 そして彼女は考えたはずだった。手数を殺して威力で攻めるか、威力を殺して手数で攻めるか、を。つまり、彼女にとってこれは手数重視の攻撃であり、威力に関してはそこまで重視して顕現させていない代物なのだ。


 だというのに、この魔力の奔流。

 再度になるが、それはただの絶技に非ず。絶技さえ超越する絶技の極限と言っても過言ではなかった。


「――――、一斉射出」


 刹那、轟音が響き王都の空が爆発した。

 それはもう、空で爆発が起こったのではなく、空そのものが盛大に爆散したといっても、思わず信じてしまうレベルで。


 アリシアの射出の号令とほぼ同時に爆発。

 即ち、それほどまでに彼女の魔術の速度が疾かった、ということ。


 端的に言ってバケモノ、どう取り繕っても、それこそが真にアリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインに相応しい渾名でしかなかった。

 が、しかし――、


「      ァッッッ!!!」


 シッ!!! と、横一線に振り払った鎌により晴れる黒煙、その中から姿を見せた無傷の本体。爆炎の中より音の速度にも迫るほどの超々々高速で死神はアリシアを肉薄した。

 けれども――、


「実に想定内。本能でしか動けない獣の扱いはイージーです」


 実力差は拮抗していても、体躯の差は歴然。

 死神の方が巨大で、いくらバケモノ染みていると言っても、アリシアはしょせん160cm台なのは自明のこと。


 が、だからと言って、死闘に関し劣等ということは一切ない。

 自身の体躯の小ささを生かし、猛然と迫る死神の鎌、そして霊魂死滅の焔を神速で躱し、本気で自分を殺しにきている一種の神様の懐に入り込むアリシア。


 作戦遂行、穿つは最強の敵兵。

 刹那、彼女は凄絶に嗤いゼロ距離で――ッッ、


【 絶滅エヴァンゲリオン・フォン・福音 】アウスステルベン、出力30%!!!」


 ――森羅消滅、万象絶滅のS級魔術を撃ち込んでみせた。

 しかもロイに撃った時のように、アリシアの全力の5%しか実力がない分身が撃った30%の出力ではない。正真正銘、彼女本体が誇る全力の30%だ。


 瞬間、神話の時代、天使が鳴らした世界の端から端まで木霊す終焉のラッパ、それさえ彷彿とさせる神秘的な轟音とも形容すべきそれが、王国全域に、嗚呼、やはり木霊した。


 その衝撃はまさに存在の拒絶。

 その魔術はまさに世界からの排斥。


 特務十二星座部レベルの実力を誇る死神が、まさに塵芥同然で王都の城壁の外へ撃ち飛ばされていく。

 それを確認すると、アリシアはポケットからアーティファクトを取り出して――、


「さて――セシリアさん、聞こえますか?」


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