2章11話 21時45分 ロイ、チカラを与えられる。(2)



 戦慄するロイ。

 常識的に考えてありえなかった。意味不明、理解不能だった。


 七星団は今までの戦争で、誰一人として魔王軍の最上層部の構成員を暴けていない。

 だというのに、そのうちの2人が同じ夜に明らかになって、しかも2人とも王都に侵入を果たしているのだ。


 ロイは自分の身体に灼け杭を打つように深く実感した。

 歴史が動いた日というのは、まさに今日のことを言うのだろう、と。


「安心しろ、俺はお前を殺さない。ただ――」


「ただ?」

「――貴様に、問わねばならないことがある」


「それは?」

「この国が好きか? この世界を、愛しているか?」


 率直に、意味不明だった。

 もし眼前の男が本当に魔王軍最上層部の一員なら危険極まりないのだが、この質問を鑑みると、頭がおかしい不審者という意味でも危険に思えてくる。


 だが、別に質問の内容を理解できない、という意味ではない。

 突拍子もないだけであり、確かに質問としては成立している。


 十中八九、相手は自分よりも圧倒的に強いのだ。

 質問に答えれば殺さない、と、そういう空気を漂わせている以上、もちろんそれがウソの可能性もあるが、質問に答えても損はないだろう。なにも、軍事機密に関わる質問というわけでもない。


「質問の意味は全然わからないけれど……当然、ボクはこの世界が好きだ。ボクはこの世界に生まれてよかったと思っている。この世界に生まれたから、ボクは今、ボクのことを好いてくれて、ボクの方も好いている人々に出会えたんだから」


 それは間違いなくロイの本心だった。一度死んで転生して、もう一度死んで死者蘇生の魔術を施されたロイには、この世界を誰よりも美しく認識する感受性が備わっている。

 よく、病院で患者が病から快復すると、世界が輝いて見える――と、そういう感想を持つことが多いが、ロイの場合はそれの最上級だ。


 しかも、ロイの場合は相思相愛の相手が複数人いる。つまり、ありふれた言葉だが生きるための理由がある。

 結果、ロイが世界を愛しているのは、なんら不思議ではない事実でしかなかった。


 しかし――、

 ――だというのに、ゲハイムニスはそれを嘲笑する。


「確認だが、それはシーリーン・エンゲルハルトを、ではなくてか?」

「どういう意味だ?」


 ロイは本気で意味がわからなかった。なぜそこでシーリーンの名前が出てくるのか、と。

 相手は魔王軍の最上層部の一員だ。シーリーンの本名ぐらい、調べる気になればあっという間に調べ終わるのだろう。


 だが、それを無視したとしても、世界を愛しているか否かと、シーリーンの存在なんて、ロイの頭ではどこからどう考えても関係はなかった。

 それを察して、ゲハイムニスは問いを続ける。


「――貴様はシーリーン、アリス、ヴィクトリアと結ばれているようだが、仮に、この3人が死んだとしよう。老衰でも病死でも事故死でも、一応死因なんでもいい。が……この時勢だ。可能なら戦死を想定してくれるとありがたい。で、だ。お前は世界を愛しているのだから、3人が死んでも当然、世界は素晴らしいと賛歌し続けられるよな?」


 ようやく、ここでロイはゲハイムニスが言いたいことを理解した。

 つまり、彼がロイに訊きたかったのは――、


「中身を失った器に意味はあるか? 端的に言って、絶望しないか? 世界を呪わないか? 愛する者が死んだあと、慟哭し、懊悩し、後悔し、懺悔し、狂い壊れ咽び泣き、ただの1つでも、この世界に生きている価値、希望を見出せるか?」


 刹那、ロイの頭は沸騰したように熱くなる。カッとなってしまった。

 反論の余地はまだまだ充分に残っている。その上、相手が強くても、意見の言い合いならそれは関係ないし、幸い、相手はこちらを殺さないと明言しているのだ。反論は現実的に考えて可能だし、むしろ不可能な理由を探す方が難しいだろう。


 だが、自分のことを見透かされ、先読みされたのもまた事実。

 確かにシーリーンたちのうち誰か1人でも死んだら、自分は自殺を考えるほど思い詰めて然るべきだ。


「…………ッッ、それは、確かに悲しいことかもしれない。でも……ッッッ!」

「でも、それを乗り越える、とでも言うつもりか?」


 もはや憐憫さえ覚える、と、そういった態度で、まるで見下すようにゲハイムニスはロイの言うことを先回りする。

 口元はロイをバカにするように緩んでおり、ロイに向けられている視線は常に冷徹。いかにも彼のことを知ったような口ぶりだった。


 それを遠回しな挑発と受け取ったロイ。

 必然、彼は憮然とした表情と声音で――、


「それのなにが悪い……ッ」


 自分の方が格下ということは重々理解している。それでも、ロイは反論の想いと敵意、殺意を込めてゲハイムニスを睨み付けた。

 幸いにも自分はなぜか殺されないようだし、この譲れない一線だけは、意地でも守ってみせよう、と。


 が、続くゲハイムニスの返事は、ロイの予想をいい意味で裏切るようなモノだった。

 即ち――、


「いや、微塵も悪くない。貴様が英雄に相応しい強靭な心を持っていると理解したし、実際にその3人が死んでもその生き方を貫けるなら、俺は貴様に憧れさえ抱くだろう」

「…………は?」


「俺は性別や年齢、国家や出身、種族、宗教、所属組織、敵も味方も、一切合切の森羅万象を問わず――この世に存在している全ての命の可能性、想いのチカラ、端的に言えば勇気を信じている。そうだ。生き物はどんな逆境でも乗り越えられる。努力すれば、それはいつか必ず報われる。報われないのならば、そういう構造になっている世界の方が間違っているのだ。勇気や努力、愛や可能性はこの世で最も尊ぶべき事象であり、ゆえに、敵軍に所属しているとはいえ、俺は貴様の考え方に強く憧れる」

「…………なん、だと?」


 と、拍子抜けするロイ。

 翻り、ゲハイムニスは歌うように、舞台に立った役者のように続ける。ロイとバッティングする先刻まで、表情も、目も、声も死人のようだったのにも関わらず、だ。


「当然だろう? 自明ではないか。貴様に限らず、愛する人、近しい人が亡くなれば悲しい、つらい、苦しい、目頭が熱くなり溢れんばかり涙が零れる。それはもう大河のように、な。それは心を持つ生き物として至極真っ当な感情であり、反応だ。実に、嗚呼、実に誇らしい。愛する者の死に哀悼の意を捧げて、その上でまだ、世界に見切りを付けないなんて」


 まさか敵軍の最上層部の一員に、自分の考えを肯定されるとは思ってもみなかった。

 だが、このような状態から、ロイの持論の崩壊が始まる。ゲハイムニスの手によって。


「しかし、だ」

「まだ……なにかあるのか?」


「貴様は今、シーリーンたちが死んでも、それを乗り越える、と、そう言おうとしたな? それが貴様の本心で相違ないな?」

「……悪くないんじゃなかったのか?」


「悪くはないが――それはあくまで英雄としてだ。心を持った1人の人間として正しいなんて、俺には思えない」

「どういう意味だ……?」


「――――ロイ、どうせ貴様は気付いていないだろうが、普通の人は最愛の人が死んだら、それを乗り越えるなんて不可能なんだ。その人が死んでも自分の人生は続くが、いつまでも引きずり続ける方が正常なんだ。だからロイ、貴様は本心から世界を愛しているのだろう。魔王を倒して、世界に平和をもたらしたいと思っているのだろう。少なくとも、シーリーンやアリスやヴィクトリアが死んだぐらいでは揺らがない程度に、な」

「………………ッッッ!!!」


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