2章3話 34分51秒 シャーリー、死闘の末に――(3)



 事もなげに【土葬のサトゥルヌス】は言ってみせた。

 まるで現実味が一切ないことを。この世界の住人に説明しても、1万人に1人ぐらいからしか同意を得られそうにないことを。


 当然だ。別の世界線から別の現実を持ってくるなど、可能か否かの話ではない。想像や発案ができるか否かの問題だ。

 恐らくこの世界の住人だと、あと100年はこのような発想をできない。


 それほどまでに『これ』は人間――否――生き物という枠組みから大きく逸脱した魔術、行いであった。

 あのシャーリーですら、この魔術を研究してみたいとは恐れ多くて思えそうにない。


「驚愕――世界線……ッッ、お前はエヴェレットの多世界解釈を応用した魔術さえ使えるのか!?」


 すると、今度は【土葬のサトゥルヌス】が頭を横に振る。


「察しているだろ? おれさえも、そしてお前さえも凌駕する圧倒的な魔術の天才を」


 まるで自虐するように語る【土葬のサトゥルヌス】。

 理由は単純で明快。追い付けないからだ、魔術で、その天才とやらに。


 シャーリーとここまで互角に戦えていた【土葬のサトゥルヌス】でさえこのような諦めの反応をしてしまう相手。シャーリーはすぐにその答えに行き着く。

 いや。行き着かないわけがない。なぜならば、そいつは自分たちがいつかは絶対に倒さなければいけない巨悪なのだから。


「…………ッッ、魔王」

「正解だ」


 絶望するシャーリー。自分も魔術師として相当強い部類に入ると自覚していたが、魔王はそれ以上に魔術師として有能らしい。

 否――もはや魔王に対しては魔術師という言葉すら相応しくない。もうあいつは魔法使いと呼んでも差し支えない神の頂に君臨しているのだろう。


「苦笑――私めもお前も、ずいぶんとボロボロになったもの」

「ふぅ……、バレていたか……」


 その時だった。

【土葬のサトゥルヌス】の仮面の内側、そして制服の裾の内部から血液が垂れ始める。仮面や制服で隠れているだけで、主に内臓などが致命的なレベルでゴミのようにボロボロなのだろう。


 魔王が直々に製造したアーティファクトで援助を受けたとはいえ、実力や適性に見合わない魔術の強引な発動。寿命が豪快に削れて当然の行いだ。

 いや、死霊術師でなかったら絶対に死んでいるところであろう。


 一方でシャーリーも前述のとおりだ。

 堅実に【局所的ローカル・虚数時間】イマギナーツァイトを使えればよかったのだが――眼前の強敵がそれを許してくれるか否かは賭けでしかない。


「どうする? まだやる?」

「当然――私めはまだまだよゆー」


「シャーリーとやら、年齢は知らないけど、外見の割に子どもっぽいねぇ。しかし――」


 刹那、2人の姿は残像を置いて掻き消える。

 さらにその次の瞬間、再度、王都の夜空に7回の光の明滅が弾けた。1回目は光と闇。2回目は雷と風。3回目も光と闇。4回目は炎と氷で5回目は炎と雷。6回目が氷と風で7回目がやはり光と闇。その激突はまさに電光石火のごとき出来事だった。


 そして8回目、シャーリーは極光の大剣を魔術で顕現させて、一方で【土葬のサトゥルヌス】も漆黒の大剣で迎え撃つ。

 結果、鍔迫り合いにもつれ込み、可視化された魔力の粒子が火花のように弾け飛ぶ。


「まだ続けるっていうのは同感だねぇ!」

「ムカつく――せめてお前の仮面だけはぶっ壊させてもらう!」


 シャーリーは血涙を流しながら、【土葬のサトゥルヌス】は仮面の内側で吐血しながら、どちらともなく声を荒らげ魔術大剣を弾く。

 極光の大剣は純白の尾を引いて速攻に次ぐ速攻を繰り返し、漆黒の大剣はその太刀筋を激しく、しかし的確に迎撃した。


 だが、これは騎士と騎士の戦いではなく、魔術師と魔術師の戦い。

 ゆえに、剣だけではなく、魔術も使うのが道理というモノである。


「…………ッッ」


 再度、シャーリーは【世界から観た加速する私、私から観た減速する世界】を発動する。

 この魔術を選択した理由は単純だった。時間停止も未来視も攻略され、未来改変はもう今の状態では使えそうにない。だが、加速だけは【土葬のサトゥルヌス】も攻略できておらず、今の自分でも使える余力が残っていた。


 まさに泥仕合。両者共に命の限界。

 未来改変対現実のコピー&ペーストという大技をぶつけ合ってもなお、決着が付かなかった殺し合いが今――常人とは隔絶した天才たちの戦闘とは思えないほど、血みどろで原点回帰な魔術戦にまで戻ってきた。


 シャーリーは死に物狂いで夜空を翔けた。6枚の天使の白翼をはためかせて、竜よりも速く飛び回る。

 早く、速く、より疾く。敵の背後に、右に、左斜め上に、真下に、再度背後に、右斜め下に、真上に、なにがなんでも、振り向いた敵に捕捉されないように超高速で。


 いくらこちらが加速しているとはいえ、敵だってザコではない。

 基本的にはこちらが優勢だが、動体視力で追える分はきちんと対処、迎撃してくる。ゆえに、シャーリーの方だって負けていられない。


 なぜ攻撃の手段を遠距離の魔術攻撃から近距離の魔術の大剣に変えたか?

 それは単純に魔力を節約できるからなのだが、ハッキリ言って条件は対等。だからこそ、向こうも漆黒の大剣を顕現したのだ。


 恐らく、自分も敵も、もう別々の魔術を並行発動できるとしたら――3つまで。

 こちらの3つは天使の翼と極光の大剣と時流の加速。なら向こうの3つは悪魔の翼と漆黒の大剣の他に――あと1つはなにか?


(決心――わからないが、わからないまま殺させてもらう!)


 徐々に【土葬のサトゥルヌス】のテンポが遅れ始めている。

 残り6回、確実に決めるなら残り7回の斬撃で誤差は致命的になり、斬撃まるまる1つ分遅れてしまう計算だ。


 躊躇う必要はどこにもない。

 殺さないと殺されるのだから。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッッッ!!!!!」

「…………ッッ!?」


 声帯が裂傷を起こしそうなほどシャーリーは咆哮を上げる。

 停滞した世界では誰にも聞こえないのに、この世界の彼方まで轟きそうなしゃがれた絶叫だった。


 まずは1回、【土葬のサトゥルヌス】の反応が遅れた。次に2回目、また【土葬のサトゥルヌス】の反応が遅れる。

 3回目、4回目、5回目と繰り返し、あと2回で斬撃まるまる1回分の隙が生まれるのだ。シャーリーは極光の大剣を握る両手に血を滲ませながら全力で握りしめ、6回目を終わらせて――、


(最後――これでお別れ!)


 シャーリーの刃が【土葬のサトゥルヌス】の首を刎ねようとする。

 完璧に間に合うはずがないベストタイミング。


 たとえ死力を尽くして、いかに死霊術を使い蘇生できたとしても、完全な意識の復活までにはラグが存在する。

 そして、それこそが無効化されてもなお、シャーリーが時を止め続けた理由だった。


 零点エネルギーの密集さえ中断せざるを得ないその空白の刹那に生首と胴体を切断して、頭部を立方体になるように編纂へんさんした【光り瞬く白き円盾】にでも閉じ込めれば――敵が蘇生した瞬間に即死する環境の完成だ。

 シャーリーが自分の勝利を確信し、王国史上初めて魔王軍最上層部の一員を殺せることに、七星団の団員として至極真っ当な感動を覚えていると――、


「チィ……ッ! 【介入の余地がない全、パーフェクション・つまり一、フォン・ゆえに完成品】パーフェクション!」

「なっ!?」


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