2章4話 34分51秒 シャーリー、死闘の末に――(4)



 それは特務十二星座部隊の序列第9位、【人馬】の錬金術師であるフィルの固有錬金術だった。


「…………ウソ? これで、決まらない……?」


 二重の理由で動揺するシャーリー。1つはなぜ【土葬のサトゥルヌス】がフィルの固有錬金術を使えるのかが意味不明だったから、という理由である。

 そしてもう1つ理由、それはこの錬金術の効果がこの場、この時において、シャーリーにとって最悪の結果を生み出すから、という理由だった。


【介入の余地がない全、つまり一、ゆえに完成品】――その効果は分子間力の操作で、簡単に言えばありとあらゆる物理攻撃を無効化するという代物だ。

 当然、シャーリーの斬撃も、首には触れたが切断することはできず、事実上の無効化をされてしまう。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…………ッッ!

 シャーリーの脳内でけたたましい生存本能という警音クラクションが鳴り響く。


 完璧に読み負けた。

 なんらかの迎撃はしてくると察していたが、まさか敵がフィルの固有錬金術を発動できるなんて思いもしなかった。


「いくらおれが【介入の余地がない全、つまり一、ゆえに完成品】を発動しても、ここなら誰も見ていないし、たった1人の目撃者であるお前さえ殺せば、証拠、証言はなにひとつ残らない。相違ないな?」


 無感動な声音で告げると、【土葬のサトゥルヌス】はおのが漆黒の大剣でシャーリーの極光の大剣に斬撃を喰らわせ、遥か遠くへ弾き飛ばした。まずは武装の解除である。

 挙句、次の瞬間には背中に展開していた翼を全て斬られる。武装の解除の次は機動力の喪失というわけだ。


 必然、落下するシャーリー。それも、上空500mの座標から。

 そして【土葬のサトゥルヌス】はシャーリーに逃げられても困るので、遥か上空から地面に激突する前に――、落ちるシャーリーに超高速で迫って――、漆黒の大剣を月に煌めかせながら振りかざすと――、


「これで終わりだねぇ……」

「同意――この殺し合い、私めの勝利」


「は?」

「お前の敗因はただ1つ――敵国では孤立無援だということ!」


 その瞬間、【土葬のサトゥルヌス】はシャーリーとは別の魔力を感知する。

 先刻、撤退したロイの魔力ではない。彼なら別に問題視しなくていいし、最悪、ノーガードでやりすごしても問題はなかった。いくら疲弊していると言っても、ロイと【土葬のサトゥルヌス】にはそれほどまでに実力に開きがある。


 しかし、今感じているこれは明らかに自分と同等の実力を誇る魔術師のモノだ。

 そして――、


「――――|【繰り返したダス・エンデ・消滅のデァ・ヴィデホルン・果てはアウスレーション・イッツ・ディ・空っぽのヴェルト・デァ・世界】リーラァァァアアアアアア!!!!!」


 その魔術の名前が響いた瞬間、【土葬のサトゥルヌス】に向かって空間に存在する万物を消滅させる球体型の虚無がはしった。


 なにも見えないのに、全てを消滅させる虚無がこちらに向かっているのが見える。

 なにも聞こえないのに、全てを無に還す攻撃が迫っている音が聞こえる。


 躱さなければ絶対に死ぬ……ッッ!

 いや、死ぬだけならまだいいが、亜空間に飛ばされでもしたら、魂のストックがなくなるまで餓死し続けるハメになってしまう……ッッ!


 衝動的に【土葬のサトゥルヌス】は【人体錬成メンシュアルヒミー零式】ヌルトを発動して、自分の身体を一度分解、別の場所に再構築、要するに疑似的な空間転移をしてみせた。

 その次の瞬間、先刻まで【土葬のサトゥルヌス】がいた座標に空間消滅の魔術が到着し、そして無色透明の爆発が炸裂する。


 しかもそれだけではない。


「使用――【局所的虚数時間】! そしてもう一度【純白シュティル三対グーテ天使ヴァイス翼】フリューゲル!」

「クッ……ッッ! 回復を許してしまったか……ッッ!?」


「オイ、テメェ、よそ見なんて余裕じゃねぇかァ!」


 ハッ、と、声がした方向に【土葬のサトゥルヌス】が視線をやると――、

 そこには――、


「――特務十二星座部隊の序列第3位、ロバートか。なぜ意思疎通もなしにシャーリーとやらの援軍に馳せ参じたんだい?」

「アァ!? バカじゃねぇのか!? 時間が止まってんのに俺様だけ動けるんだぞ!? その事実そのものが援軍を待っていますのアピールじゃねぇか!? しかもシャーリーはバカスカと魔術の光を明滅させてやがる! ありゃァ、どっからどう考えても、自分はここにいますのアピールだっつーの!」


「なるほど、粗野であることと頭が悪いことは同義じゃなかった、ってことだねぇ」

「それでよォ? 全体は中途半端だが、一番大事なトコだけはきちんと聞こえていたぜ? ナァ、魔王軍最上層部の【土葬のサトゥルヌス】さんよォ?」


 そこには【土葬のサトゥルヌス】が言ったように空属性魔術の天才、【双児】のオーバーメイジの竜人――、

 ――ロバート・ハーフェンフォルトが滞空していた。


 夕焼け色の短髪を夜風に遊ばせながら、同じく夕焼け色の双眸で【土葬のサトゥルヌス】に睨みを利かせる。

 と、そこで【土葬のサトゥルヌス】はシャーリーのあまりにも単純で、子どもでも思い付くような作戦内容を察してしまう。


「やられたよ……。よくよく考えてみればそのとおりだ……。エクスカリバーの使い手がこの時の流れが停止した世界で動けたんだ。なら当然、仲間の中の誰かをエクスカリバーの使い手と同じ状態、この世界でも動けるようにしておくのは自然だよねぇ……」


「まぁ、お前らが縦横無尽に動きすぎたせいで、魔術の狙いを定めるのに時間がかかったがな。が、それも無事に終わったことだ。2対1だぜ? どうする? 自殺するか? 俺様たちに殺されるか?」


 そう、ロバートの言うとおり、これで完璧に2対1だ。

 しかもロバートはもちろんだが、シャーリーも時間逆行の魔術を発動したので完璧な無傷である。


 一方で【土葬のサトゥルヌス】はズタボロだった。

 ならば当然――、


「やだなぁ……、撤退なんてカッコ悪いこと……」

「アァ!? 逃げれると思ってんのか!?」


「確かに、魔族領まで跳躍することは難しい。魔力も枯渇しているし、お前の追跡を振り払えるとは考えられない。だが、王都の内部に存在する隠れ家に撤退するなら、話は別だ」


 言うと、【土葬のサトゥルヌス】はその場から消失し始める。まるで人型の色が付いた霧が晴れるように、徐々に大気に溶けて透明になっていくように。

 シャーリーの作戦が至極単純なら、今の【土葬のサトゥルヌス】の行動も至極単純。要するに王都に滞在している間、永続的に撤退用の魔術を脳内にストックしていた、ということだろう。


「1つ、シャーリーとやらにいいことを教えてあげよう」


「…………ッッ、察知――察しているから言わなくていい」

「つれないねぇ……。まぁ、お察しのとおり、さっきの別の世界線から別の現実を持ってくる魔術を見ただろ? 要するに――」


「回答――魔王は私めたちよりもよっぽど強い、ということ」

「正解だ。それじゃあ、また会える日まで、ってことで」


 別れの挨拶を告げると、完璧に【土葬のサトゥルヌス】は姿を消した。

 残されたのはシャーリーと、彼女の応援に駆け付けたロバートだけ。


「……チッ、ダメだな。あいつが今、撤退に使った魔術、徹底的に俺様対策されてやがった」

「……というと?」


咄嗟とっさに空間転移したわけじゃなく、転移先を限定する代わりに追跡が難しい魔術を予め仕込んでいた、ってーことだ。恐らく、隠れ家とやらに存在するはずの空間転移専用のアーティファクトを潰さねぇ限り、あいつの追跡は至難を極める。ちなみに、オイ、シャーリー、今のあいつから時属性の魔力は感知できたか?」

「否定――今の撤退に時属性の魔力は使われていない」


 このやり取りを経て、ようやく2人は地上に降りたった。

 が、地上に足を付けた瞬間、シャーリーはガク……ッッ! と、膝から崩れ落ちる。


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