2章1話 34分51秒 シャーリー、死闘の末に――(1)



 森羅万象が極限まで停滞したまるで氷河期のごとき世界、惑星で、たった2人の天才魔術師は常人の想像を遥かに絶する超高難易度の殺人魔術を撃ち合いまくる。

 幾重いくえ幾層いくそうにも及ぶ明滅に次ぐ明滅、魔術の相殺に次ぐ相殺の応酬。それが行われるたびに、地面は巨人の進軍のように地響きを鳴らし、古竜、神竜の飛翔のように暴風が荒れ狂った。


 それは紛うことなく天変地異カタストロフィという領域レベルさえ呆気もなく凌駕していて、まさに人間が極限まで登場しない神話の時代に勃発した神々の戦争さえ彷彿とさせる。

 片や人智を超越えた美しさを宿し、瞬くような天使の白翼を3対、計6枚展開して。片や人間が見たら吐き気を催すような醜悪さを宿し、ブラックホールのように万象が放つ光を吸収し尽くす悪魔の黒翼を3対、計6枚展開して。


 そう――、

 ――時はシャーリー対【土葬のサトゥルヌス】の開戦時まで遡る。


 夜空を飛竜ワイバーンよりも疾く翔け巡る2人の最強。

 シャーリーは空色の残像を、【土葬のサトゥルヌス】は魔王軍の制服の残像を宙に置き去りにして、熾烈にして激越の上空戦は重ねるように、さらに熾烈と激越の一途を辿った。


 もう、誰も2人を止められない。邪魔できない。

 互いに互いを異世界人と認識している状態での殺し合い。比喩表現でも誇張表現でもなく、そのような戦闘はこの惑星が誕生してから初めての出来事だった。


 行われる魔術の応酬は全て定石の埒外らちがい

 建国以来、何年、何十年、何百年もの歳月をかけて七星団や教会、魔術に携わる全ての者によって洗練化、最適化された魔術戦の常識、セオリーはこの刹那、異世界知識を組み込んだまったく新たな次元の魔術戦を前に児戯と化した。


 たとえば――、


「使用――【雷穿の槍】シュペーア・フォン・ドンナー三十重奏トリアコンテット!」


 瞬間、【土葬のサトゥルヌス】を包囲するように30にも及ぶいかずちの槍が、彼にその鋭利な切っ先を向けた。

 包囲は完了、狙いは必殺。一瞬、それに警戒して彼の動きが鈍る。それに対してシャーリーは喜ぶことも笑うこともなく、ただ真剣な表情のままだった。


 漆黒の夜に目立つほど輝く、網膜を灼くような黄金おうごん色の形を定められた稲妻。その轟々という音が厳かに反響する。

 四方八方から敵軍の最上層部の幹部を八つ裂きにする準備は今、ここに整った。


 以前、アリスがゴブリン相手に使った【雷穿の槍】とは次元が違う。

 全長は優に5mを超え、もちろんアリスのように予め脳内に貯蓄しておいたわけではなく、その場、その時で30本もの槍をシャーリーは即興で展開してみせた。


 そして極めつけは――、

 ――速度と軌道。


「……ッ、一斉射出!!!!!」


 目にも留まらぬ速さ、明らかに人類の動体視力を超えた速度で、30本の黄金の槍は稲光を散らしながら【土葬のサトゥルヌス】を肉薄にする。

 しかも直線的な軌道ではない。まさに蛇のように、シャーリーはあらゆる生き物の動体視力を超越する電撃の軌道の変則的にしてみせた。


 悪魔の翼を展開していたとしても、躱せるわけがない。速度を考慮しても、本数を考慮しても、セッティングした座標と軌道を考慮しても。

 だとすれば、次点で考えられるのは悪魔の翼を用いた全方位防御。


 だが、それはすでに織り込み済み。ゆえに、それさえも貫通する威力に設定は完了してある。しかも、30本全て、あますことなく。

 そしてシャーリーが一斉射出を命じたほんの約0.0001秒後、【土葬のサトゥルヌス】を中心に、天上天下に轟くような爆裂が発生した。


 普通なら脳震盪のうしんとうが起きそうなほど頭を激しく揺らす爆風に、鼓膜を無慈悲に破裂させるような爆音に、目を強く乾燥させるような熱量の嵐。

 まるで惑星そのものが唸るように大気が震え、やはり大陸そのものが鼓動したように地面が跳ねる正真正銘、渾身の暴虐だった。


 が、しかし――、


「雷と言っても、所詮は電気の一種。聞いた話によると、雷っていうのは雷雲内の電位差……要は電圧が原因で発生するそうじゃないか。なら、電圧を弄れば雷属性の魔術の大半は無効化できる。まぁ、静電気程度には痛かったけどねぇ」


 漆黒の翼を仰々しく広げながら、【土葬のサトゥルヌス】は仮面の内側で嗤う。

 爆発の黒煙を払い、現したのは無傷の姿。


 並大抵の魔術師ならこの段階で早々に絶望、戦意喪失して然るべきだろう。

 だが王国最強戦闘集団の一角を担うシャーリーは違う。


「油断禁物――【絶光七色】アブソルート・レーゲンボーゲン!」


 シャーリーは30本にも及ぶ【雷穿の槍】が躱されるでもなく、防がれるでもなく、霧散されることをのだ。それも100%、確実に。

 ゆえに、【雷穿の槍】はただの牽制、目眩まし。圧倒的な光を利用してその隙に、彼女は【土葬のサトゥルヌス】の死角、背後へ超高速で飛翔した。


 けれども、シャーリーが特務十二星座部隊の一員なのに対し、【土葬のサトゥルヌス】は魔王軍最上層部、天望楼てんぼうろうの一員。

 畢竟、シャーリーに対抗できて必然であった。


 彼女が叫んだタイミングで、詠唱を零砕されて展開されたのは【必要悪の黒壁】シュレヒト・バリエランという闇属性の魔術。【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルトと対をなす闇の防壁だ。

 初心者向けの魔術ではあるが、実際に初心者が発動するのとはやはり格が違う。吸収できる敵兵の攻撃の容量キャパシティが、シャーリーの【絶光七色】を圧倒的に凌駕していたのだ。まさに奈落のように、まるで地獄の最下層まで続くように。


 戦慄するシャーリー。

 攻撃を防がれたから戦慄したわけだが、【必要悪の黒壁】を展開されたからではない。そもそも、対処されたことに驚嘆したのだ。


「苛立ち――!?」


 同じ座標に滞空し続けるのは危険……ッッ!

 そう考えて、飛翔を再開して魔術を撃ち続けるシャーリー。刹那、王都の夜空には紅、黄金、翠、蒼、褐色、一等星さえ連想する数多もの魔術の光輝が放たれた。


 翻り、【土葬のサトゥルヌス】も迎撃の魔術を展開し続ける。

 漆黒の悪魔の翼で飛翔しながら。


 だが――、

 ――それにシャーリーは違和感をさらに強くした。


 そう――先刻からシャーリーは時属性の魔術を発動して未来を視ていた。しかも1秒後や3秒後の未来ではなく、10秒もあとの未来を。

 10秒なんて時間は日常生活だとあっという間に過ぎ去ってしまうが、殺し合いで10秒後の未来まで見通せるチカラ、アドバンテージは果てしなく大きい。それは七星団、そして魔王軍に所属する一員なら理解していて当然の現実である。


 だというのに、眼前の強敵はそれさえも嘲笑ってみせた。まるで児戯に等しいと言わんばかりに。まさに子どもが遊んでいた積み木を蹴散らすような所業である。

 シャーリーはすぐに未来予知とは違う行動をされた理由に行き当たり、一方で、【土葬のサトゥルヌス】は挑発目的でそれを上から目線で肯定した。


「理解――なるほど……ッ! 互いに観測者効果を味方に付けていた、というわけか!」

「ハッ! 笑っちゃうねぇ! こっちは零点エネルギーの密集なんて魔術を使えるんだぜ? 未来を視て、その情報を利用するように立ち回れば、最初に視た未来はなくなる! つまり、未来は不変ではない! となれば必然、未来視の魔術に関して言えば、遅れて発動した方にこそアドバンテージが与えられる! 魔王軍最上層部じゃ――この程度の知識は常識だ!」


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