3章9話 21時28分 ロイ、出会う!(2)



(あの死神への距離は、目算で3km程度! なら……ギリギリ往けるはずだ!)


 空中でロイは聖剣をかまえた。

 落ち着いて深呼吸して、狙いを澄まし、死の寸前でも心の深くに平静を。


 強さや速さ、うまさは別段必要ない。ただ、死神にこちらの存在と、仮面の男が死神に対して、無意識とはいえなにをやってしまったのかを気付かせれば、それだけで目的は達成する。

 ゆえに、ロイが放つのは星彩波動ではなく――、


「飛翔剣翼ッッ!」


 それは普段より巨大、人間10人分ほどの規模に作ったとはいえ、戦略級(戦争に影響を与えるレベル)の技でも、戦術級(戦争が勃発した以上、多々発生してしまう軍団対軍団、あるいは部隊対部隊の戦闘に影響を与えるレベル)の技でもなく、戦闘級(敵を斬ったり撃ったりする一般的な攻撃のレベル)の技、斬撃でしかなかった。


 だが、これでいい。むしろ、これが一番適切だった。

 死神のサイズは遠近感が狂っているせいで判別できないが、それが存在している方角だけには間違いはない。


 当たらなくてもいい。結局のところ、気付かせることができれば。

 それさえ満たせば、ロイの中で圧倒的な重要度を誇る切り札、星彩波動など必要ない。たとえ同じ『死神に気付かせる』という結果を残したとしても、飛翔剣翼の方が疲れないのだから。


 そして【黒よりシュヴァルツ・アルス・黒いシュヴァルツ・星の力】ステーンステークを発動して滞空するロイに漆黒の腕が迫る一方で、約3km向こうに存在している死神に、いざ、彼が撃った飛翔剣翼が激突する。

 結果――、


「       」


 死神は気付いた。

 ロイにではなく、


 瞬間、再度炎上。

 今度は死神の真下ではなく、ロイと仮面の男が殺し合っていた噴水広場が轟々と、そして煌々と燃え盛った。


 ロイの狙いを察して、仮面の男は地面から建物の屋根に跳躍する。

 一方で、ロイも重力操作の魔術を解除して、代わりに【光り瞬く白き円盾】を展開、それを足場にして、仮面の男とは別の建物の屋根に跳躍した。


 一触即発には変わりないが、それでも、ようやく完成した息を整えられる時間だった。

 だというのに、仮面の男は特に疲れてもいない様子で、ただ、ただ、哄笑を滅びかけの街並みに木霊せる。


「クク……、くはは……、アッハッハッ! ア――ッハッハッハッハッ! 面白い! 実に面白い攻略方法だ! この場限りのやり方とはいえ、よくそのようなやり方を思い付いたものだ! 純粋に褒めてやろう!」


「あなたに褒められても、ボクは微塵も嬉しくない」

「まぁ、そうつれないことを言わないでほしいねぇ!」


 すると、仮面の男は哄笑するのをやめた。

 そして次の瞬間には、こちらに気付いてしまった死神を一瞥する。


「今のキミの【万象の闇堕ち】の攻略方法で、重要なのはたった2点――キミの本は前に読ませてもらったよ。エルフ・ル・ドーラ侯爵との戦いで使ったらしい、爆炎消化の魔力への応用、だったかな? 考案した本人に説明するのもおこがましいが、意図的に魔力を大量に消費して、その場から魔力を瞬間的に根絶する技だ。キミは今、死神の炎を使ってそれをしたんだ。その上で、ダメ押しと言わんばかりに、あの凄絶な炎を利用して、地面を抉り尽くして壊し果たす。【万象の闇堕ち】は地面に展開する魔術だからねぇ……。上からの攻撃は呑み込めるが、横からの掘削には滅法弱い。その結果、【万象の闇堕ち】を無効化かぁ……。あと、死神の座標は……あれ本体ではなく、あれが生み出している炎から逆算したのかな?」


 説明を終える仮面の男。

 しかし、それが終わった瞬間、ロイは口元をニヤつかせた。


「……残念だけど、それだけじゃない」

「ほぅほぅ、なら是非とも教えてほしいねぇ、このあとに、一体なにが残っているのか」


「ハッキリ言って、ボクはきっと、あなたには敵わないだろう。彼我の実力差を測れないほど、ボクはバカじゃない」

「逃げに徹する気なのかもしれないが、それさえも許さない実力差だぞ?」


「逃げるんじゃない。対処するんだ」

「――――――」


「どうしても戦う必要性があるなら、勝てないとわかっていても死に物狂いで戦う場合もある。だけど、必要性が感じられないなら、上手いこと処理させてもらう。最初から立ち居振る舞いでそれを薄々察していたし、あの尋常じゃない【万象の闇堕ち】を喰らいそうになって、絶望的な戦力差が確信に変わった。でも――」


 すると、ロイは聖剣の切っ先を向ける。

 仮面の男にではなく、こちらに気付いた死神に。


「――ボクにあなたは倒せないけど、あの死神なら、あなたを倒せるかもしれない」


「やるねぇ! 【万象の闇堕ち】の攻略と、自分では倒せない敵と戦ってくれる代理人の用意、その2つを先刻の飛翔剣翼で同時にこなした!」


「見た感じ、あの死神に知性らしいモノは一切見受けられない! なら、あれは獣と一緒だ! そして、あの獣の餌は魂に他ならない! ならば必然、【万象の闇堕ち】なんて魔術を使って魂を地獄に逝かせようとするヤツを、言い換えるなら、餌を横取りしようとするヤツを、放っては置かないはずだ!」


 素直に舌を巻く仮面の男。本心から、拍手を鳴らして口笛を吹かせたい気分だった。

 妹のイヴほどではないとはいえ、間違いなく、ロイだって最高級の原石に他ならない。仮面の男が値踏みした限りだと、仮に聖剣に選ばれなくても、ロイならばだいたい30歳までに、キングダムセイバーになれただろう。


 学生とは思えない戦術の妙。

 新兵とは思えない戦闘経験。

 そして、少年とは思えない極まった覚悟。


 自分を簡単に殺せる敵兵と相対しているのに、この平常心、この冷静な判断、実に賞賛に値した。

 しかし――、


「残念、1つだけ問題がある」


「なに?」

「確かにおれはお前を圧倒できる。だからお前は戦闘の代理人を用意した。なるほど、そこまではいい」


「…………ッッ、まさか!?」

「地を這う虫けらには、月と雲が同じ高さに見えていたようだな」


 瞬間、仮面の男の周囲の闇属性の魔力がドクン――ッッ、ドクン――ッッ、と、まるで心臓の鼓動のように律動した。

 魔力は夜だというのにハッキリと視認できるほど色濃い漆黒に輝いて、それは黒曜石さえも連想させる。その宝石のような魔力は芸術アートのように、複雑、かつ繊細に組み合わさり術式と化して、そして、術式は徐々に魔術という完成形へ――。


 絶望するロイ。

 今、彼の頭には、漠然としているとはいえ1つの比喩が浮かび上がった。


 即ち、特務十二星座部隊の序列第2位、【金牛】のオーバーメイジ、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン。

 彼女が敵軍に所属していて、自分を本気で殺すために闇属性の魔術を使ったらこのような感じかもしれない、と。


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