3章8話 21時28分 ロイ、出会う!(1)



 危険に晒されている妹のもとへ疾走する兄。

 つまりはイヴのため、ロイは炎上する月夜の中世西洋風の街並みを、疾風はやてのようにすり抜けた。


【強さを求める願い人】クラフトズィーガー五重奏クインテット

 両脚には馬以上の筋力がみなぎり、体力はすでに獅子さえも超えている。なのにそのような人類にとってのオーバースペックを手に入れても、魔術の効果で、身体は壊れるということを知らなかった。


 轟……ッッ!!! と、石畳の地面を勢い良く蹴るように駆けると、目にも留まらぬはやさで一気に周囲の景色が後退する。逆にその文、ロイは前進に次ぐ前進を重ね続けた。

 石畳の地面、ロイの前世でいうとロマネスク様式の建物、橙色に煌々と瞬いている街燈。洒落たカフェに上品なレストラン。静謐せいひつな図書館に瀟洒しょうしゃな美術館に、そして荘厳で神々しい大聖堂。それらをことごとくロイは電光石火のように置き去りにした。


 走る、走る、走る。

 ペース配分も考えない全力全開で、ロイは避難する人の流れに逆らって凄惨災禍の中央を目指した。


 前方の上空には件の死神と、その攻撃から王都を守る魔術防壁が展開されている。

 アリシアも、セシリアも、エルヴィスも、クリスティーナも、各々の位置でそれを確認して、みな一様に、あれはイヴの魔術防壁だ、と、そう結論付けた。


 なのに、ロイだけ別の結論に至る道理はない。

 そして、彼が人気の消えてしまった噴水広場に到着して、そのまま横切ろうとした――その時だった。


「待て、エクスカリバーの使い手」

「…………ッッ!?」


 行く手を拒むように、ロイの動きを牽制するように、彼の眼前に【闇の天蓋からシュヴァルツ・シュペーア・ディ・降り注ぐ黒槍】フォン・ドゥンケルン・ヒンメル・ファレンが深々と突き刺さった。


 あと30cmでも自分が前に進んでいたら死んでいた、と、ロイは焦燥を隠せない。待てと言われたから一瞬気が逸れてスピードを落としたが、なにも言われていなかったら間違いなく殺されていただろう。

 軽微とは言え砂煙が舞い、ロイは1秒を――否――刹那さえ競うように、すぐに後方に跳躍して聖剣、エクスカリバーを展開する。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ……っ!

 生存本能というセンサーが過剰、そして過敏に反応して、戦慄という警告音クラクションがロイの脳内にけたたましいほど鳴り響く。


 次の刹那、【闇の天蓋から降り注ぐ黒槍】が解除され、その向こう側が視認可能になる。

 すると、先刻までは間違いなく誰もいなかったのに、今、そこには魔王軍の制服を身にまとい、道化ピエロの仮面を付けている男がいた。


 ゾクゥ……ッッ、と、雷に撃たれたように痺れるロイの背中。


 話し合いの必要はない。先手を打たないと間違いなく殺される! 自分なんて、赤子の手を捻るよりも簡単に肉塊に変えらてしまう!

 そんな直感がロイにはあった。


「星彩波動オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッ!!!!!」


 会敵かいてき即殺の無言実行。

 自分に永遠の死を与える存在ものが眼前に待ち構えている状態、それにおける人間の生き延びたいという本能を信じて、ロイは開戦一撃目でエクスカリバーが持つ最強の技、星彩波動を撃ち放った。


 地上に一等星が落ちてきたかのごとき、人の視界を滅するような極光が広場周辺を蹂躙して、死神が起こした火災にも引けを取らないほどの純白が、王都に広がる真紅に拮抗する。


 刹那、超々々大轟音。

 想像を絶する衝撃により地面は揺れて、王都全域にその爆音が強く、強く、反響に反響を重ねた。


 しかし――、


「いい一撃だねぇ……。成長性込みでいいなら、魔王軍の幹部にほしいぐらいだ」

「バカな!? 無傷!?」


 多少、魔王軍の制服に砂塵が付着したものの、敵本人は全くの無傷だった。

 それどころか、余裕綽々の態度で、あろうことかロイのことを魔王軍にほしがっている。


「殺し合いが始まって早々に恐縮だが、1つだけ、提案したいことがある」

「――――――」


「エクスカリバーの使い手、こちらにくる気はないか?」

「ない」


「だよなぁ……。じゃあ、殺すから」


 早押しのように即答するロイに対して、仮面の男の方も即答で返した。


 そして仮面の男が右手の親指と人差し指をパチンッッ、と、鳴らすと――、

 ――オオオオオオオオオオオオオオオ……オオオオオ……ッッ…………。と、アリスが殺したゴブリンや、イヴとマリアが倒したクリストフとは比較にならないほど、圧倒的広範囲に展開する【万象の闇堕ち】ヘレテューア・ヌルトがロイのことを呑み込み始めた。


 焦燥に駆られて、ロイは周囲を確認する。


(この【万象の闇堕ち】! 目算とはいえ効果範囲が半径100mを越えている!?)


 吐き気を催すほどおぞましい漆黒の汚泥の地面が辺り一面に広がった。

 どんなに肉体強化の魔術を発動しようと、この泥に足場を支配された状態、一種の沼の中で100mを瞬間的に完走するのは難しい。しかも時間を要せば要すほど、指数関数的に速度が落ちて自分の身体が沈んでしまう。


 ゆえに、ロイは別のやり方を瞬時に考案する。


「…………ッッ、【万象の闇堕ち】を無効化することと攻略することは、同義ではない!」


「へぇ?」


「――――【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルト!!!」


 ロイは魔術防壁を沈みゆく自分の真下3cmのところに展開。

そして魔術防壁に足が着くと、肉体強化を全開にして跳躍した。


「ほぅほぅ、そのやり方なら足が着かない海や川でもジャンプができそうだねぇ……。けれどその程度で攻略とか、【万象の闇堕ち】を舐めすぎ」


 そう、【万象の闇堕ち】には対象が逃げられないように、どこまでも伸びてきて身体を掴もうとしてくる漆黒の腕がある。それはアリスとイヴとマリアが経験したとおりだ。

 竜が飛ぶように速くて、巨人が暴れたとしても強引に捻じ伏せることができるぐらい強いその漆黒の腕と手。


 アリスは【我がデァ・ラーム・居場所をイン・デム・イッヒ・ウンド・ドゥ貴方に、エクシスティーレヌ・貴方のジィヒッ・居場所を我に】アウスズタウシャンで、イヴとマリアは【 光化瞬動 】イデアール・リヒツン・ラオフェンでそれを攻略した。

 が、ロイにその2つはどちらも使えない。


 なら――、

 ロイは――、


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