1章16話 15日0時 第1特務執行隠密分隊、初戦闘を始める!(4)



 戦慄を隠せないシーリーン。

 だが、彼女はむしろ誇るべきであった。早熟なら年齢が1桁の子どもでも覚えるような初心者向けの魔術の組み合わせ、応用で、魔王軍のスパイの魂のストックを6つも削った。これは率直に言って快挙である。


 確かに同じ【魔弾】と【光り瞬く白き円盾】であっても、流石にシーリーンと年齢が1桁の子どもとでは攻撃力も速度も、前者に軍配が上がる。が、それでも、減らしたのは1つではなく6つ。

 つまり、単純に計算するなら、普通の人間なら6回も殺せる計算の攻撃なのだ。


「やってくれるねぇ……。再生しても頭に【魔弾】が入ったままだったから、すぐに死んでしまう。さらに再生しても、やはり死ぬ。結局、【魔弾】がエネルギー切れになるまで耐えるしかなかったよ」


 言うと、男は手のひらに闇属性の魔術を展開させる。

 それは視界に入れただけで吐き気を催してしまうほど禍々しく、紅と褐色と黒の絵の具を混ぜている最中のように、混沌を呈した泥のような球体だった。


「その魔術は……ッッ」

「Sランクの闇属性の魔術さ。1mmでも触れた相手を底なし沼のごとく呑み込んで、それ以降は発動した魔術師ではなく、呑み込んだ相手の魔力を使って活動を続ける、そんな半永久的に発動状態にある疑似生命体とでも呼ぶべき魔術だよ」


「呑み込む、って……、まさか……ッッ!」

「そりゃそうだろ! 呑み込んだ相手を搾りカスにするんだ! 当然、呑み込まれたら死ぬしかない! おっと、泥だからって動きが遅いはず、なんて考えるなよ? この魔術のスピードは蒸気機関車よりも速い。さて、どうやって攻略するか見ものだな」


 クツクツと笑いをこらえる魔王軍の男性。

 しかし、途中でもう1つ、こらえるような笑い声が増えた。察しのとおり、シーリーンが笑いをこらえていたのである。


「なにがおかしい?」

「いや、あのね? そんな魔術、絶対に喰らいたくないなぁ、って」


「まぁ、そりゃそうだろ」

「だから要するに、発動する前にあなたを殺せばいいんでしょ?」


 シーリーンは凄絶な双眸で敵を睨む。

 まるで、自分の勝利を確信したみたいに。


 ゆえに男性は動揺を隠せない。

 隠したつもりでも、わずかに表情に滲み出てしまっていた。


 眼前の小娘が自分を殺せるなんて、普通に考えたらありえなかった。魂のストックは残り30個あって、つまり、あと31回殺さないと自分を本当に殺せない計算だ。

 加えて今、手に持っている泥を、実は彼女を囲むように、物陰に5つ忍ばせている。最初からこの魔術を使わず、彼女の鬼ごっこに付き合っていたのはそのためだ。


 また、泥の速さが蒸気機関車に匹敵するのは本当だし、わざわざ自分の魔術の効果をご丁寧に説明したのも、5つの魔術しか使えない彼女でも使える【魔弾】と【光り瞬く白き円盾】に対する【零の境地】の脳内ストックを用意するためだ。


 この準備に抜かりはない。

 が、しかし、シーリーンはまるで獣が舌なめずりするように好戦的に笑い――、


「ゴメンね? シィは弱いから、正々堂々な1対1なんて、する気ないの」


 と、その時だった。

 光はあっても音はなく、――――――――ッッッ! と、男性の背後から黄金おうごんよりもさらに輝く雷撃が飛来する。


 その魔術に一切合切の慈悲はなく、止まるということも速度が落ちるということも知らず、そのまま男性の心臓に風穴を空けた。

 光速には劣るが雷速の一撃だ。しかも、前回のイヴの時とは違い完全に不意を衝けている。


 男性は黒焦げになってしまい、重度の全身火傷の状態から「ガ……ッッ、アァ、ァ……ッッ!」と苦悶の声を漏らした。

 で、一応、魂のストックを消費して再生するも――、


「【雷穿の槍】! 【雷穿の槍】! 【雷穿の槍】! 【竜、シュレイクストリッヒ・咆哮波動のウィ・エイン・如きドラハン・飛剣】ガボル! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【炎斬の剣】! 【炎斬の剣】! 【炎斬の剣】! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【魔術大砲】《ヘクセレイ・カノーナ》! 【魔術大砲】! 【魔術大砲】! 【魔術大砲】! 【魔術大砲】ァァァァァアアアアアアアアアア――ッッッッッ!!!!!」

「……ガァ……嗚呼ァ………………ッッッッッ!!!!!」


 男性は熱した鉄板の上に放置されたイモムシのように、のたうち回って悶絶する。実に凄惨で、実に醜悪な光景だった。

 死霊術による再生は再生できるだけであり、多少は緩和する方法もあって、生き返れるということから傷付くことへの恐怖も減るが、それでも痛覚を停止しているというわけではない。


 そして、それを知ってか知らずか。

 地面の上でバタフライするように暴れ続ける男性の近くに、1人の女性が魔力を全開にしながらやってきた。


「私も前回のシィとジェレミアの戦いをアーティファクトの録画で見せてもらったけれど……うん、えぇ、そうね。ジェレミアのことは大ッッッ嫌いだけど、彼の言う、意識を失っている状態では魔術を使えない、っていうところには、死霊術師を相手にする時のために学ぶところがあったわね」

「貴様は……、アリス……ッッ! エルフ・ル・ドーラ……、っ、ヴァレンシュタインッッ!」


「もう気付いたよね? シィは走って逃げているふりをして、建物の下敷きになっているアリスとあなたの間に、一切の障害物がない位置関係に誘導したの」

「そこから先は私の出番」


「ど、どういうことだ……ッッ!?」

「おっと、危ないわね。【魔術大砲】! 【魔術大砲】! 【魔術大砲】! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【竜、咆哮波動の如き飛剣】! 【風打の槌】ハンマー・フォン・ヴィント! 【風打の槌】! 【風打の槌】! 【土刺の矢】プファイル・フォン・エアデ! 【土刺の矢】! 【土刺の矢】! 【魔術大砲】! 【魔術大砲】! 【魔術大砲】アアアアアアアアアア……ッッ!」


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッッッッ!!!」

「私の戦い方は準備万端の至り。つまり、できる限り時短する努力も必要だけれども、魔術の脳内ストックを準備するための時間が必要なのよ。だからシィはあなたを相手に少々走って時間稼ぎしていたわけ。もちろん、イヴちゃんたちがクリストフと会話したのも、これが一因よ。さらにもちろん、肉体強化の魔術を多重奏するため、っていうのもウソじゃないから、一石二鳥ってヤツね」


「ゲボォ……ッッ、ヴェボォ…………ッッ」


 吐血する魔王軍のスパイ。

 もう完璧に、戦意喪失していた。


「で、話を戻すけれど、意識を失っている状態では魔術を使えない、っていう子どもでも知っている大原則がある以上、あなたは死んでから生き返るまで、再生以外の魔術を使えない、反撃できないってことよね? だって、死ぬっていうことは、たとえあなたの場合は一時的なモノだったとしても、その間だけは頭からつま先まで、肉体の全ての機能が停止する、ってことなんだもの」


「あとは簡単だね。アリスは100にも届く魔術を脳内にストックできる。だから、あなたが死ぬまで一方的に殺させてもらう。アリスが疲れたらシィに交代して、シィが頑張っている間に、アリスはまたストックを貯めて、シィが疲れたらまたアリス。これなら確実に、反撃を許さないままあなたのストックをゼロにできる」


「1対1どころか、私とシィのペアだと本来、あなたにはまず間違いなく勝てなかった。本当に、私がすでに死んだと思い込んでくれて助かったわ」


「ふざ……、ケルナ……ッッ、クリストフのヤツが……ゲボォ! た、助けに……」


 魔王軍のスパイは近くで戦っていたイヴ、マリア、クリストフに視線を向ける。

 そこでは想像を絶するほどの死闘が繰り広げられていた。


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