1章15話 15日0時 第1特務執行隠密分隊、初戦闘を始める!(3)



 売り言葉に買い言葉だった。

 イヴは挑発する感じでクリストフに言い、彼の方も彼の方で、撃てと言われたから撃った、と、そう言わんばかりに渾身の闇魔術を建物に撃つ。


 刹那、爆音が轟く。

 大気中の魔力が轟々と燃焼されて、闇よりも暗い黒煙が揺らめき、屋根に積もった砂埃が正しく塵芥のごとく宙に舞う。比喩表現でも誇張表現でもなく、事実、人が死に、蟻1匹すら生き残らない黒き殲滅だった。。


 が――、


「今だよ! シーリーンさん! お姉ちゃん!」


「なら! シィは新手の方を!」

「イヴちゃんはわたしと一緒にクリストフの方を!」


「了解、だよっ!」

「な――っ!」


 攻撃と同時、3人は各々に標的を決め、一斉にこちらに走ってきた。

 間違いなく肉体強化の魔術を二重奏デュオ三重奏トリオで発動している。十中八九、自分たちに会話をしかけたのは、肉体強化の魔術を多重奏するための時間稼ぎだった、ということだろう。


 速攻を挑むように迫りくるシーリーン、イヴ、マリア。


 クリストフは焦燥感に駆られながらも、しかし確実に周囲の建物を確認する。

 結果、倒壊していたのは戦闘が開始されるきっかけとなって、【闇の天蓋から降り注ぐ黒槍】を撃ち込みアリスが未だ下敷きになっている宿屋だけだった。


 なぜ気付かなかった……ッッ! と、彼は自分で自分を強く罵る。

 実に単純、まさに明快。

 つまり――、


「今さら気付いた!? お前は2回もわたしの【絶光七色】を回避したよ! でも、お前を通りすぎてそのまま直進した【絶光七色】はなにも壊していない!」

「こいつ……っ! 建物を魔術で保全したまま戦っていたのか!?」


 考えてみれば当然ことだった。

 否、考えるまでもなく当たり前のことだった。


 イヴたちは王国に平和をもたらそうとする七星団の団員だ。そしてクリストフたちは王国を恐怖の深淵に叩き落そうとする魔王軍のスパイである。

 この両陣営が大規模な魔術を使い殺し合うのに、平和を守る側の人間が、戦場の周囲の建物に気を配らないなど、本末転倒と言っても過言ではない。


「イヴちゃん! わたしの指を見てください!」


「指?」

「わたしが指で指示したタイミング、そして方向に、【絶光七色】を撃ってください!」


「了解、だよっ!」

「では――まずはそこ!」


 まずは牽制だろうか。

 マリアがクリストフの頬すれすれに光速魔術を撃つように、イヴに指示を飛ばす。


 けれど、クリストフは余裕を持ってそれを躱した。


 先刻のイヴの一撃でさえ、彼は避けてみせたのだ。

 ならばマリアが逐一狙う箇所を指で差して、それをイヴが確認して、それでようやく発動する今回の光速魔術が、クリストフに命中する可能性はゼロに等しい。


 今回のマリアのやり方はワンテンポどころかツーテンポもスリーテンポも遅れている。

 だが、それは彼女の作戦のうちでしかなかった。


(以前、お父さんに『それで、マリアは今、高等教育でなんの研究をしているんだ?』と訊かれて、不貞腐れつつも、きちんと『魔術開発の研究ですね。新しい魔術を生み出したり、既存の魔術の強化や軽量化、効率化を計算したり、そもそも、声による詠唱とも、脳波による詠唱零砕とも違う、別の魔術の発動方法を考えたりするのがメインですね』って言葉にしてしまいましたからね! そろそろ、わたしがただ漠然と学生生活を送っていたわけではない、と、そう証明するタイミングですね!)


 一方で、シーリーンは――、


「ぐぬぬ……っ! 【 魔弾 】ヘクセレイ・クーゲル! 【魔弾】! 【魔弾】!」


 全力で敵と距離を取りながら、振り返りつつ、後方に初心者向けのアサルト魔術を撃ち続けていた。

 走るシーリーンに、一応【魔弾】を避けながら彼女を追う新手の敵。彼は敵だというのにすごく呆れていて、同時にすごく心配するように――、


「お前……、まさかそれしか使えないのか?」

「バカにしないでほしいもん! 他にも4つ魔術が使えますぅ!」


 言いながら、さらにシーリーンは【魔弾】を撃ち続けるも、一向にそれは敵に当たらない。

 少なくともノーコンというわけではなかったが、明らかに敵に動きが【魔弾】と同じぐらい速かったのだ。


「えぇ……、敵ながら少な……」

「えい! 【光り瞬く白き円盾】! 次にもう一度、【魔弾】!」

「いやいや……、何度やっても同……、ッッ!?」


『じ』と最後の一言を口にしようとしたところで、彼の後頭部に【魔弾】が命中した。

 一言で言ってしまえば、シーリーンの狙いは跳弾だった。


 自分の攻撃なんて絶対に避けられる。

 彼女は最初からそれを潔く認め、それを踏まえて、敵の背後に魔術防壁を展開し、入射角度を調整して、跳ね返った攻撃が敵の後頭部にヒットするように計算したのだ。


 そして、シーリーンの攻勢はこの程度で終わらない。


「バウンドして! 頭蓋骨の中で!」


 シーリーンは術式を編纂へんさんして、貫通力を対価に捧げて【魔弾】にさらなる跳弾性能をプラスした。

 結果、一度脳内に入ってしまった【魔弾】は頭蓋骨を割れないためそこで跳弾して、さらに跳弾した延長線上の頭蓋骨も割れずに、さらなる跳弾を繰り返す。


 必然、脳みそというステージで、【魔弾】は縦横無尽にピンボールの真似事をし続ける。


 これを受けて無事な生き物など、まず、いるわけがない。

 眼前の男の脳みそは、絶対にぐちゃぐちゃになっているはずである。


 が――、


「~~~~、ふぅ~~、魂のストックが6つも減ってしまったか……」


「やっぱり使ってくるよね、死霊術……ッッ」


「えぇ……、死霊術を倫理に反する悪の技術だと思っているんだろうが、お前のしたことも大概だからな……?」


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