4章14話 22時52分 ロイ、置いていかれたくなかった。



「ホントに?」

「うん、ホントに!」


 ロイが訊くとシーリーンは嬉しそうに頷く。


「シィが?」

「うん♡」


 ロイが問うとシーリーンはさらに可愛らしい笑顔になる。


「ジェレミアを倒した?」

「うんっ♡♡♡」


 ロイが確認すると、シーリーンはますます彼に愛をねだろうと身じろぎする。


「それで?」

「だから、ね? えへへ♡♡♡ 今日はロイくんに、い~~っぱい! い~~っぱい! ご褒美をもらえたらなぁ、って♡♡♡」


 シーリーンとジェレミアが戦った日の夜――、

 星下王礼宮城のロイの自室にて――、


 シーリーンはベッドの上に座るロイ、彼の膝の上に座っていた。

 しかも彼と向き合う形で、である。服……というか最低限、スケスケでフリフリのベビードールは着ているものの、いわゆる性交でいうところの対面座位だった。


 で、シーリーンは物欲しそうに、自分の胸をロイの身体に押し当てた。

 ロイが喜んでくれるとか、嬉しいはずだとか、もうそれどころではない。ロイを言い訳にできないほどに、とにかくシーリーン自身が大々々好きな彼に、少しでも胸を押し付けていたかったのである。


「っていうか、まさかジェレミアが入団試験にきていたなんて……」

「なんか【幻域】で、シィとマッチングするように細工したらしいよ。シャーリー様とベティ様が嘆いていた。魔術適性の数値だけを見れば、自分たちよりも強くなれるのに、って」


 イチャイチャらぶらぶ状態のシーリーンとは一瞬だけ相反して、ロイは顔に陰を落としてつらそうな雰囲気を出した。

 とはいえ、それは当たり前だろう。最愛の女の子が、彼女を長年イジメてきていた男と再会して、しかもそこは一種の治外法権だったのだ。


 確かにもちろん、試験を利用してなにをしてもいい、というわけではない。

 だが少なくとも、あそこでは他人に向かって攻撃性の高い魔術を使えて、一部の法律が無効化されていたのも、また事実である。


 しかも最低最悪なことに、【幻域】は発動した瞬間、相手を強制的に気絶させられる魔術だ。

 そこでシーリーンを強姦した様子を網膜に焼き付けて、帰宅後にアーティファクトに複製。それをネタに脅迫されれば、今のロイほどではないがジェレミアにだって地位があるため、彼の悪事がバレるまで、本当にシーリーンが奴隷になる可能性だってあったのだ。


 想像しただけでも気持ち悪い。

 だから、安心を取り戻すためだろう。ロイは少し溜息を吐いたあと、思考を切り替えて、抱き着いてきていたシーリーンを抱きしめ返す。


「ほぇ!? ロイくん?」

「怖かったよね? もう大丈夫だから。だから、今日はいっぱい抱きしめてあげる……っていうか、むしろ抱きしめさせてほしい」


「~~~~っ♡ え~~♡ えへへ♡ 流石ロイくんっ、好き♡ 好き好き♡ そういう優しいところ、好き好き大好き♡♡♡ 世界で一番、愛している♡♡♡♡♡」


 言うと、シーリーンはロイに口付けした。もうロイに対する愛情を抑えられなかったのである。シーリーンは一刻も早く、身も心もトロトロになりたかった。

 で、2人は抱きしめ合ったまま会話を進め――、


「ちなみに、筆記と面接の方は?」

「筆記はギリギリだったけど、絶対に不合格、ってラインではないと思う。で、面接はたぶん100点満点!」


「そっか、頑張ったね」

「うんっ♡ うんっ♡ ロイくんに褒めてもらえるようにいっぱい頑張った~♡♡♡」


 ちなみになぜ戦闘テストのあとに筆記テストと面接なのかというと、七星団の方針だからである。

 無論、試験といえども戦闘は過酷なモノだ。ゆえに、身体を酷使しても頭を回せるかを確かめるために、戦闘テストのあとに筆記テスト。そして同じく無論、いくら疲れていても、七星団では上官には襟を正して接しないといけない。それを確かめるために、戦闘テストのあとの筆記テストのあとに面接。と、このような試験構成を採用していたのである。


「で! アリスが今日ぐらいはシィにロイくんを独り占めさせてあげてもいいんじゃないかしら、って」


「でも、シィは本当に頑張ったもんね。本当に偉いと思う。怖かったのに、ちゃんとトラウマと向き合って、乗り越えて、倒すことができたんだもんね」

「そうそうっ♡♡♡ やった、ロイくんに褒めてもらえた~っ!」


「それじゃあ、えっと、シィ?」

「はい、ロイくん♡♡♡」


「目、瞑って?」

「喜んで♡ ――――♡ んっ♡♡♡」


 世界中でただ1人、ロイには従順なシーリーンは大人しく目を瞑り、彼のことを受け入れる。

 というかこの時点ですでに、むしろシーリーンの方がロイに、もっといろんなことをしてほしい、と。こっちからもいろんなことをしてみたい、と。従順どころか攻めの気持ちでいっぱいだった。


 ゆえに、言わずもがなだろう。

 そこから先は、イチャイチャで、ラブラブで、シュガーのようにアマアマで、シロップのようにトロトロな時間だった。


   ◇ ◆ ◇ ◆


 そして――、

 5回戦が終わって――、


 シーリーンが疲れて眠ってしまい――、

 時計が午前3時を回ったところで――、


「えっと……もう終わりましたかぁ?」

「は? えっ?」


 ロイがベッドのふちに座って水を1杯飲んでいると、どこからともなく幼い女性の声がした。

 で、コップをサイドテーブルに置いて、ロイはあたりをキョロキョロする。


「こっちです、こっち」

「アリシアさ……っ!?」

「しっ、声が大きいです! シーリーンさんが起きてしまいますよ?」


 いつの間にか部屋に入っていたのか、魔術で透明になっていたアリシアが姿を現す。

 そしてロイが大きな声を出そうとすると、目にも留まらぬ速さで彼の口を手で塞いだ。


 幼女の姿だったから仕方がないとはいえ……、

 ……裸のロイの口元を覆うために、必死に背伸びして、腕もけっこうギリギリまで伸ばしているその姿は確かに、シーリーンにバレたら犯罪的な浮気を疑われても不思議ではない絵面だった。


「ふはぁ! えっと、いつからここに?」

「一応、本当の本当に終盤です……。あと、服を着てください」


「う、訴えられますか……?」

「い、いえ……、私の方が先に不法侵入していますので……」


 アリシアにしては珍しく頬を乙女色に染めて、初々しくロイから視線を逸らす。そして内股気味に太ももをスリスリさせて、どこか落ち着かない様子だった。

 一方、ロイもロイで、言われたとおりに服を着直した。


「それでですが、なんでボクの部屋に……」

「確認しますが、手紙を送ってきたのはロイさんの方でしたよね? 大切な話があるので、お時間ありませんか、って」


「す、すみません……。いや、そうなんですが……、アリシアさんはご多忙なはずなので、一度、何日の何時なら時間が空いています、って、返信がくると思っていたんですよ……。逆に、こんな深夜に直接くるとは思いませんでしたし……」

「あっ、すみませんでした……。窓の外から明かりが見えたので、それこそ最近少々忙しかったので、まだ起きているなら少し非常識でも、時間があるうちに訪ねておこうと考えまして……。あの、ほら、もしかしたら異世界関連のお話かなぁ、とも思いましたので……。えぇ……」


 完璧にエッチなことをしていたのがアダになってしまっていた。

 まさかムード、演出のためのロウソクを、普通の周囲を照らす役割のロウソクと勘違いされたなんて。


「そうでしたか……。でしたら、ボクの方こそすみませんでした……」

「いえいえ、私の方こそ……」


「…………」

「…………」


 気まずくなってしまうロイとアリシア。

 すると、アリシアは深呼吸したあとに、パチン――と、指を鳴らして――、


「……っ、ここは!?」


 まるで紙芝居のように、一瞬で周囲の光景が切り替わる。

 ほんの一瞬前まで室内にいたはずなのに、今や屋外だ。


「安心してください、星下王礼宮城のバルコニーです。あのままロイさんの自室にいたままですと、いつシーリーンさんが目を覚ましてもおかしくなかったので」


 確かに、言われてみればそうだった。

 ここで、アリシアはコホン、と、咳払いする。


「それで、ロイさん、大切なお話というのはなんでしょうか?」

「あの……、アリシアさん……」

「はい?」


 少しだけロイが言葉に詰まる。

 しかし、その逡巡は本当にすぐ終わった。


 手紙を出した時点で、覚悟はできていたことだろう。みんなに置いていかれるのはイヤだろう。

 これは自分が最強を目指す上で必要な話なんだ。


 ロイはそのように自分に語りかけて――、

 そして改まって真面目な表情かおでアリシアと向き合うと――、


「レナード先輩って、エルヴィスさんの弟子なんですよね?」

「ん? えぇ、以前、ロイさんと一緒にお話を聞いた時のままでしたら」


 レナードはすでに特務十二星座部隊の一員に弟子入りしている。

 なのに自分は七星団に所属しただけで、そういうのはまだだった。


「それで、イヴはセシリアさんに見込まれているんですよね?」

「――――あっ、――そう、ですね」


 そこでアリシアは察した。

 話の内容を。そして、覚悟の真贋を。


「誰もが納得する数値という形で、イヴさんの光属性の魔術の適性はセシリアさんを上回っていますから」


 イヴは1つの属性とはいえ、特務十二星座部隊の魔術適性を超えている。

 なのに、自分は全てにおいて特務十二星座部隊の領域に届いていない。精神力なら超えている。なんて、シーリーンやアリスならそう言ってくれるだろうが、それは数値で測れる要素、誰も目から見ても明らかな確固たるモノではなかった。


「そして、さっき聞きましたが……シィはシャーリーさんとベティさんからの評価をいただいている」

「えぇ、ロイさんがシーリーンさんから聞いたように、私も2人から聞きました。時属性と空属性の魔術適性が特筆するほどない方が幻影魔術を攻略する。ロイさんにも同じことが言えますが、これは本当に快挙と言う他ないことなんです」


「…………でも、シィは地形を利用するなんて、戦争なら最も恐れられるやり方で、しかも即興で攻略しました」

「まぁ……否定したところで、もはや嫌味にしか聞こえないでしょう。確かにロイさんが察しているとおり、その一点に限ればロイさんよりもシーリーンさんの方が優秀です」


 シーリーンは実力では特務十二星座部隊はもちろん、ロイやアリスにも届かない。だが、それでも、先刻の戦いではシャーリーやベティでも難しいことをやってのけたのだ

 なのに自分のやってきたことといえば、覚悟と精神力があれば極論、誰でもできるようなことばかりだった。


「…………っっ」

「特務十二星座部隊の看板を懸けて断言しますが、あくまでも魔術師という分野に限れば、シーリーンさんはとても弱い。今後、学院に通っていなかった分を補うほどの努力をしても、平凡な魔術師止まりでその生涯を終えるでしょう」


「なら……」

「――――」


「魔術師という分野に、限らなければ?」

「……仮にシーリーンさんが魔王軍の軍人だった場合、将来的に脅威になると判断して、私でも兵士として完成する前に、見つけ次第、仕留めておくほどです」


 ふと、アリシアはロイから顔を背けた。

 彼女だって見られたくなかったのだ。地形を利用する。戦場を掌握する。この分野に限って言えば、シーリーンはアリシアよりも向いていたから。


「私も、魔術師ですからね。ある程度は仕方がありませんが、戦い方はどうしても、魔術一辺倒になりがちです。もちろんまだまだ熟練度を上げる必要がありますが、そういう相手に、シーリーンさんの特技は面白いほどよく刺さるでしょう。


 ツァールトクヴェレでの戦い、そして今回の試験。2回の戦いを経て、彼女はまず間違いなく、自らの得意分野、才能を自覚できたはずです。


 ただ机に座って教科書と向き合って、正統な魔術師を目指していただけでは、決して開花することのなかった才能。騎士でもなく、魔術師でもなく、強いて言うなら軍師向きの才能。


 シーリーンさんに関して言えば実力を把握できていますが、地の利を簡単に活かせる相手とは、私でさえあまり本番で戦いたくはありません。戦争において、現場レベルで即座に地の利を活かせる相手は本当に脅威なんです」


 心底真面目に、アリシアは言い切った。

 シーリーンのことを遠回しにバカにしているわけではない。今、この瞬間、あのアリシアもシーリーンのポテンシャルを評価したのだ。


 特務十二星座部隊は王国最強の戦闘集団だ。

 だからこそ当然、戦争の最前線に出る者たちの中に参謀はいない。


 彼ら12人ならシーリーンなんて3秒あれば簡単に殺せる。

 しかし、彼らの中にシーリーンと同一の才能を持つ者は誰一人としていなかった。


「……そして、シィもイヴも、たぶん、本当に数日後から七星団の団員として活動することになって、レナード先輩も、現在進行形でエルヴィスさんに稽古を付けてもらっている」


「――――」


「それを踏まえて、お願いがあります」


 真剣なをするロイ。

 対するはすでにロイの言いたいことを察しているアリシア。


 見上げれば空は高く、夜風は歌うように2人の髪を揺らす。

 月だけが見ているバルコニーで、ロイは両手を握りしめ、次いで開く。

 そして――、


「アリシアさん、ボクを、あなたの弟子にしてください」


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