4章13話 13時36分 シャーリー、全てを終わらせる。



 試験終了後――、

 シーリーンとジェレミアの足元(ジェレミアの足元は地中にあったが)に複雑な幾何学きかがく模様の魔術陣(恐らく召喚陣だと思われる)が展開された。


 それが淡い光を放ったと思った刹那、目の前が網膜を灼くような純白で覆われたあと、2人は山の入り口の馬車道まで戻ってこられた。

 シーリーンに知るよしはなかったが、これはベティの空間転移である。


 続いて、なにが起こったのかを知るために、シーリーンは周囲を見回してみる。

 すると、そこにはすでに、アリス、イヴ、マリアがいて、帰還したシーリーンの姿を見ると、いても立ってもいられなくなり、思わず3人は彼女に抱き着いた。


 その心配は嬉しかったが、流石に疲労困憊で、シーリーンは肉体強化を解除している。

 その結果、3人分の重さを受け止められるわけがなく、シーリーンは尻餅をついてしまうのだった。


「シィ!? 大丈夫だった!? ケガしてない!?」


 と、アリスが涙目でシーリーンに確認する。

 本当に心の底から、シーリーンのことを心配していたのだろう。


 学院でなくても風紀の乱れを許せない。もちろんそれもあるだろうが、なによりもそれ以上に、シーリーンとアリスは、今では親友だったのだから。

 するとシーリーンはこそばゆそうにはにかんで――、


「うんっ、大丈夫だよ? そりゃ、戦闘試験だからダメージは受けたけど、逐一ヒーリングで治したし」

「よかったよ~、シーリーンさんが無事で~」


「えぇ、本当にイヴちゃんの言うとおりですね……。察するに、幻影魔術を使われる前になんとかしか感じでしょうか……?」

「えっ? いや、マリアさん、実はその……」


 マリアが誤解していたため、シーリーンはそれを訂正しようとする。

 が、その前にアリスが異変に気付いた。


「あれ? そういえばジェレミアは?」


 と、ようやくアリスがシーリーンから離れて、立ち上がって、忌々しいジェレミアを確認するために周囲をキョロキョロする。

 続いてイヴもマリアも、アリスと同じく立ち上がって、クソ外道の姿を確認しようとした。


 普段の彼の性格、言動を鑑みれば、嫌味の一言でも言いにきそうなのに、今のところそれはない。それがどうも釈然としなくて、アリスが不思議がっていると――、

 彼女の背後から――、


「回収――彼はここ」

「ちなみに、ジェレミア殿は気を失っているのであります」


「ふぇ?」


 と、振り返るアリス。

 そこにいたのは彼女の姉、アリシアに次ぐ王国最強の魔術師たちで――、


「結論――今回の試験、エンゲルハルト様が勝って、ベルクヴァイン様が負けた」


 ――その2人の七星団の女性、シャーリーとベティが4人に近付く。

 で、前者は襟首をつかんで引きずっていたジェレミアをポイッ――と、4人の前に放り投げた。


 2人がシーリーンたちに近付いたことにより、他の受験者の視線が一斉に集まる。

 しかも今から話題になりそうだったのはあの幻影魔術の使い手と、試験開始前に5つしか魔術を使えないと言っていた女の子だ。同じ受験者として興味が湧かないわけがない。


 で、そんな周囲からの視線にさえ気付かず、アリスとイヴとマリアは唖然とする。


 シーリーンが本人曰く大丈夫で、ジェレミアの方が気絶している。そしてトドメに、シャーリーの試験官としての発言。

 それが意味するところは――、


「シィ!? あのジェレミアに勝ったの!?」

「すごいよ! わたしでも幻覚を使われる前に決着を付けるしか、勝ち目がなさそうなのに!」


「まさかとは思いますが、発動前に決着を付けるのではなく、本当に【幻域】を攻略したんですかね!?」

「あわわわ……っ、みんな、少し食いつきすぎ!」


 シーリーンは戸惑ってしまう。だが、それが妙に嬉しかった。

 で、照れくさくて少し受け答えできなそうだった彼女に代わって、アリスの質問に答えたのはシャーリーとベティだった。


「回答――試験官として改めて明言するが、間違いなくエンゲルハルト様はベルクヴァイン様を倒した。もちろん、不正はない。エンゲルハルト様の合格はほぼ確実で、逆に、ベルクヴァイン様の入団はかなり難しいモノとなるでしょう」


「知りたそうでありますから、余談ではありますが話しましょう。シーリーン殿は【幻域】の発動前に決着を付けたのではありません。真っ向から……というわけではありませんでしたが、戦術を駆使して、自力……というわけでもありませんでしたが、上手く計算して【幻域】からの脱出に成功したのであります」


「ウソ!?」

「ホント!?」

「今夜はパーティーですね!」


 大はしゃぎするアリス、イヴ、マリアの3人。

 それぐらい、時属性の適性も、空属性の適性もない魔術師が、幻影魔術から脱出するのは偉業なのである。


「そしてシーリーン殿」

「あっ、は、はい!」


「貴女はこいつを殺そうとしたが、実は困ったことに、こいつにはとある犯罪の容疑がかかっているのであります」

「えぇ……マジですか?」


「大マジ。戦いを見ていたから貴女の怒りはとても理解できますが、こいつには公の場で裁かれてもらう必要があるのです」

「嘆息――本当なら私たちめもこんなヤツ、仕事じゃなかったら見殺しにしておくところ。とはいえ、貴女様の代わりにキチンと司法機関がこいつを裁く、と、思われる。容疑の段階では推定無罪なので曖昧な言い方しかできないが、まぁ、安心してほしい」


「やっぱりこいつはゴミカスだったんだよ……」

「それで話を戻しますが……シーリーンさんはいったいどうやって幻影魔術から脱出できたんですか!?」


 マリアが興奮気味にシーリーンに訊いた瞬間、やはり周囲も反応する。

 そして知ってか知らずか、アリスが他の受験者の心の声を代弁するように――。


「そうよ、シィ! なんか平然としているけど、自分がどれぐらいスゴイことをしたか、理解していないでしょ!?」

「いやいや! そこの、えぇ、っと……」


 シーリーンは謙遜しようとして、けれども謙遜するのに必要な情報が足りなくて、初対面で名前を知らなかったベティの方に視線を送る。

 実は互いに相手を認識していなかっただけで、ロイの死者蘇生の時、2人は同じ空間にはいたのだったが……。


「ん? 自分でありますか? 自分はベティ・ディートリヒであります」

「ベティさんが言ったように、脱出したのって、真っ向からでも、自力でもないんだよ? だいぶ策を弄したし、このぐらい、全然大したことじゃないって!」


 シーリーンは両手と首を横にブンブン振って謙遜した。

 自己評価がありえないほど低い彼女は本当の本当に、自分がしたことを大したことではない、と、そう認識していた。


 しかし、周囲はそんな彼女に(なんだ、こいつは……っ?)という、正体不明のなにかに怯えるような困惑の視線を向ける。

 そんな受験者にバレないように視線をやるベティ。彼女はシーリーンの勇姿に敬意を表して、だからこそその発言を強く否定した。


「そんなことないのであります。むしろ特務十二星座部隊の自分から見ても、間違いなく快挙。謙遜することは時に、自分のことを褒めてくれる仲間に対する失礼に値しますよ?」


「ほぇ?」

「うむ?」


「特務十二星座部隊?」

「肯定であります」


「ベティさんが?」

「肯定であります」


「すみませんでした……っ! なんか気軽に呼びかけてしまいまして!」


 ズサ~~ッ、と、シーリーンは物凄いスピードで後退あとずさる。

 しかしシャーリーもベティを楽しそうに微笑んで――、


「入団したら話は変わってきますが、少なくとも今日は気にしないでいいのであります」

「ですが……」


「あんな鮮やかな逆転劇、七星団の上の階級の団員でも、やろうとしてできることではありません。シーリーン殿、貴女は胸を張っていいのであります」

「――――ぇ」


 完全に無意識だった。

 自分で言おうとしたわけでもないのに、呆けたような声がシーリーンの口から漏れる。


「特に魔術を発動するのではなく、解除することで逆転するというのは見事な発想でありました。自分とシャーリー殿でさえ正直、ジェレミア殿に勝つには発動のバリエーションが肝になってくると踏んでいましたが……いやはや、逆に解除のバリエーションを上手く扱うとは驚愕です。自分たちでさえ、これは勉強になると思ったほどでありますよ」

「――――う、ぁ」


「肯定――はっきり言うが、確かに私めだったら時間を止めて勝てるし、ディートリヒ様も召喚獣を使役した広範囲攻撃で勝てる。でも、私めには空属性の適性が足りなくて、ディートリヒ様にいたっては両方足りなくて、【幻域】を【零の境地】で無効化することはできない」

「――――スン、あ、あれ?」




「結論――特務十二星座部隊の私たちめでも、なにも対策していない状態で幻影魔術を使われたら、一巻の終わり。


 貴女様が愛するモルゲンロート様でさえ、ベルクヴァイン様と戦う前に、キチンと勝ち筋を用意していた。


 それなのに、貴女様は地形を利用して即興で【幻域】を攻略した。本当に、ウソ偽りなく、これは誰にでもできることではない。


 だから今、ここに、特務十二星座部隊の序列第4位、シャーリー・ヘルツの名において保証する。


 貴女様は――――強くなれる」




 胸を打つ響きだった。

 心に直接みる言葉だった。


 呆けたような表情のまま、シーリーンは一筋の涙を流す。

 なぜ自分が泣いているのかもわからずに、彼女は(おかしいなぁ……)と服の裾で水滴を拭う。


 数秒後、かなり遅れて、ようやくシーリーンは言われた言葉を理解できた。

 自分の勝利を、ロイくん以外に、いずれ上官になる人たちに褒められたんだ、と。


 それと同時に――、

 ――自分はもう、昔のように、少なくとも心は弱くないのだということも。


 シーリーンが嬉し涙を流しながら惚けていると、再度、アリスが彼女に抱き着いて――、


「すごいじゃない、シィ! イヴちゃんに続いて、特務十二星座部隊のお墨付きよ!」

「――シィ、が? ――ロイくんじゃ、なくて? ――アリス、でもなくて?」


 涙で霞んで前が見えない。声が震えて上手に言葉を話せない。

 それでも、シーリーンは信じられないと言わんばかりに、確認を繰り返した。


「そうよそうよ! シィが強いのよ! シィがすごいのよ!」


 まるで我が子のようにアリスはシーリーンのことを褒めながら抱きしめる。

 そしてそんな微笑ましい2人のことを、イヴも、マリアも、シャーリーとベティも素敵な関係だと思った。


「まぁ、最後に一言だけ、勘違いされたままだと今後に関わるので言うのでありますが」

「は、はいっ!」


「真正面からでも、自力でもないことは、決してダメなことではありません。むしろ、魔術師ならばそちらの方が評価の対象であります」

「追加――魔術師ならば、魔術のパワー、発動のスピード、手札の数よりも、魔術のテクニック、発動の仕方、手札の切り方を重要視するべき。今回の貴女様の戦いは、まさに対【幻域】の教本と言っても過言ではない」


「まさかの追加評価だよ!」

「シーリーンさん、やりましたね!」


 ここで、我慢の限界だった。

 感情が一気に溢れ出して、シーリーンはワンワンと子どものように大泣きし始める。


 そして、アリスも、イヴも、マリアも、本人の気が済むまで思いっきり泣かせてあげようと思った。

 今まで溜め込んできたストレスを、全て、涙で洗い流させるために。


「シィ、ほら」

「ぐす、えぐっ! アリス……っ、アリスぅ……!」


 自分でもわけもわからず、シーリーンは胸を貸してくれるらしいアリスに飛び込んで、抱き着いた。

 そしてアリスも、それを抱きしめ返して受け入れる。


 なぜここまで、自分でも意味がわからず、理解もできず、ただひたすらに涙が零れるのか?

 怖かったからか、宿敵を倒して嬉しかったからか。


 正直、それは本人にもわからない。

 しかし、それでもシーリーンが自覚できた、胸の中にあるたった1つの尊い想い。

 それは――、


「アリス……スン! ぐす……アリスぅ、これでやっと! やっとシィも! ロイくんの隣で、並び立ってもいいん、だよね……!?」

「当たり前でしょう? むしろ、私の方こそ、シィに追いつけるように、頑張らないといけないぐらいよ!」


「う、うぅ……ふぇええええええええええ! アリスぅ……うぇええええええええええんんん!」

「もぉ、よしよし、頑張ったわね、シィ」


     ◇ ◆ ◇ ◆


 そして――、

 十数分後――、


 まだ試験終了していないペアがあったので――、

 試験終了したみんなが待機している山の入り口で――、


「んぁ……、あ? あ? んんっ?」

「感知――無事に起きたようでなにより、ベルクヴァイン様」


 ジェレミアが意識を取り戻して、上半身を起こす。

 すると、そこには1枚の紙を持ったシャーリーがしゃがんでいた。


「…………っ、シャーリー様!? し、試験は!? 試験はどうなったのですか!?」

「チッ、自明――ベルクヴァイン様の負け」


「いや! 違う! あ、っ、あんなのはオレの本当の実力じゃない! 正々堂々の結末じゃなかったじゃないか! 不意打ちはズルだ! つまりシーリーンはズルしたんだ! もう一度、シーリーンと試験を――……」

「限界――ぶっ殺すぞ、てめー」


 ジェレミアが駄々をこね始めた、その時だった。轟ッッッ!!!!! という、音だけで凄絶とわかる攻撃音がその場に木霊して、ジェレミアは恐る恐る背後を確認する。

 そこには、いつの間にかクレーターができていた。


「…………っ、【 魔術大砲 】ヘクセレイ・カノーナ三十重奏トリアコンテット……ッ!? いや、四十重奏テトラコンテットの可能性さえ――――」

「爆笑――今のは少し威力を強めただけの【魔弾】にすぎない」


「なん……っ、だと……っ!?」

「命令――どっちが格上か理解したならそろそろ黙れ」


 ジェレミアのワガママを完璧に封じたところで、シャーリーは今まで持っていた1枚の紙を彼の目の前でピラピラさせる。


「それは……っ」

「確認――私とお前は、行きの馬車の中で一緒だった。そこでお前はこの紙を私に寄こした。【幻域】の使い手の戦闘は珍しいから、アーティファクトで録画して、教材にしていいですよ、って。エンゲルハルト様の許可、サインは、試験が終わったあと、自分の所有物になるからどうにでもなる、って」


「あ……、あああ……っっ」

「追加確認――お前のサインは馬車の中で受け取った時にすでに書かれてあった。そして、エンゲルハルト様はお前の所有物にはならなかったが、お願いしたらサインしてくれた」


「お願いです! 返してくださいッッ! それには、オレの調子乗った姿が……っ! なのに敗北が……っ! 惨めな姿が……っ! それを父さんに見られたら……っ!」

「却下――私は科学的な生物、意思を持った物質じゃなくて、魔術的な幻想、意思を持った現象ではあるが、正直、エンゲルハルト様と同じ女性として、私もかなりお前に苛立っている。これはありがたく頂戴して、今後、恐らく他の対【幻域】の教材が現れるまで、末永く参考資料として使わせてもらうが――ザマァみろ」


「ウソだアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「追加――それにこんな契約書まで用意していて、エンゲルハルト様とお前がマッチングするのはどうも、筋書きとして出来過ぎていると思った。それでお前の記憶を覗かせてもらったが……やはりエンゲルハルト様の情報を常に集めていて、入団する情報が入った直後、遠距離から【幻域】を使って七星団の団員を自分の都合のいいように操っていたようですね。幻影魔術なんてほぼ最強の魔術を使えるクセに、本当に宝の持ち腐れ」


 言うと、シャーリーは契約書を持っていた手とは逆の手で、アーティファクトをチラつかせる。

 完璧に因果応報だった。


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