4章12話 11時00分 シーリーン、完全に幻影魔術に囚われる!(4)



「地図だと!? バカにしているのか!? 戦場で地図は必須だが、それは意識を失っていたのに魔術を使えた説明にはならない!!!」

「ハァ……、いーい? 王都に住んでいるならわかるだろうけど、王都にはフリーデンナハト川が流れていて、その上流はこの山にある。当たり前だよね? 川の上流に山がなかったら、地理的におかしいもん」


 当たり前だよね? と、そう訊かれて一瞬、ジェレミアは答えに詰まる。

 YESかNOで言えば間違いなくYESだった。しかし彼は王都の住民の一般常識、知識として答えだけを暗記していたのだ。


 別に、なぜそうなるかという理由を知っていたわけではない。

 シーリーンの説明を聞くまで、川の上流に山がなかったら、地理的におかしい、というところまでは言及できなかったのである。


「だからシィはあなたから逃げていると見せかけて、一度、その上流付近を通過。その時、【光り瞬く白き円盾】で新しい川を作ったの」


「新しい、川……?」

「そう、【光り瞬く白き円盾】は一般的に1枚の円形のように思われがちだけど、実際はいろいろな形に変えることができる。そこでシィはまるで蛇のようにウネウネしている円筒を作り、その入り口を川に設置。もちろん、水は常に上流から下流に動き続けるから、入り口が上流を向くようにすれば、水は勝手に入ってくれる」


「意味がわからない! それがこの結果にどう繋がる!?」

「戦場では必須なんだし、地図ぐらいちゃんと見ようよ」


「~~~~ッッ」

「地図には当然、等高線が記されている。だからシィは土砂崩れを起こした時、高低差によってあなたは巻き込まれるけれど、シィは巻き込まれない急勾配きゅうこうばいにあなたを誘導した」


「…………っ、あの時の【魔弾】はワザとか!? こっちの【零の境地】を予見して、その無効化の衝撃で移動するために!?」

「正解。シィは魔術を5つしか使えないからね。だからこそ、読みやすかったよ。まず間違いなく、その5つに対応する【零の境地】を用意しているんだろうなぁ、って」


「…………このオレが、罠にハマった?」

「そしてあなたとの戦闘と同時進行で、魔術防壁で作った川を流れる水を、土砂崩れの発生源に溜める。もちろん、水を流しっぱなしじゃすぐに洪水が起きちゃうから、できる限り地中から上空まで、ダムの役割を果たすもう1つの【光り瞬く白き円盾】を展開して」


「ハッ、ま、待て! ま、っっ、まさか!」


 ついに、ジェレミアは気付いた。

 ウソ偽りなく、本来なら素の実力で大差を付けている自分が堅実に勝てた戦いだった。本当の本当に、シーリーンという個人自身に、自分を倒せる要素なんて微塵もなかった。


 そう、シーリーンにジェレミアを倒せる切り札があったわけではない。

 ジェレミアの方にシーリーンに倒される隙があっただけなのだ。


 ジェレミアは自分で自分を敗北に追い込み、ただ自爆しただけである。

 つまり――、


「もう気付いたよね? なの」


「…………気絶で、現実に、干渉した、だと?」

「そう、せっかくシィがダムに意識を集中させていたのに、あなたが【幻域】を使ったせいで、シィは気絶。わざわざ地中まで展開していたダムは気絶と連動して決壊して、溜まっていた間に水は土に浸透するから、それで土砂崩れは発生する」


「ッッ、じゃあ待て! 山火事を起こしたのは!?」

「あれさえもオトリだよ。土に浸透する水の量と、次々流れてくる水の量。どっちが多いかわからなかったからね。いくら透明とはいえ、けっこう高くまで展開したダムから注意を惹きたかった」


「じゃあ……、じゃあじゃあじゃあ!!! オレが所定の位置にきた時点でダムを決壊させず、わざわざ【幻域】に捕まったのは!?」

「確かに、【幻域】はとても強力な魔術だよ。でも、強力だからこそ、難易度も高いし条件も多い。ヒントはあの決闘の時、ロイくんが残してくれていた。ジェレミア・シェルツ・フォン・ベルクヴァイン――――発動するだけではなく【幻域】を維持する場合、あなたは他の魔術を全部解除する必要がある! つまり、その状態で土砂崩れに遭えば、間違いなく肉体強化されていなくて回避行動は間に合わない!」


 シーリーンの言うとおりだった。ロイとジェレミアが決闘した時、その中でもロイは幻影魔術から現実に帰ってきた際、ジェレミアは肉体強化を解除している。

 そしてジェレミアは今回、土砂崩れを仕組んだのがシーリーンということに気付かずに、地中から生還するために、【幻域】を解除して肉体強化の魔術に全ての魔力を費やした。


 その結果、シーリーンの幻覚は解除されたのだ。

 となれば彼女はもう、ジェレミアが土砂崩れで死ねばそれで良し。そうでなくても、索敵魔術と肉体強化を限界まで使いながら、這い上がってくる相手を万全の体勢で待ち構えていればいいだけだった。


 もう、誰がどこからどう見ても、シーリーンの完全勝利である。

 今ここに、彼女はトラウマに打ち勝ったのだ。


「そんな……、バカな……、ありえない……、っ! オレ自身の魔術を逆手に取って、行動に制限をかけるなんて……。いや……、それ以上に……! 気絶、発動ではなく解除をトリガーとした魔術トラップを仕掛けるなんて……、っ!」

「冷静になって考えてみると――あなたは性格が陰湿なのに、戦い方がストレートすぎ。魔術をバカにしているわけじゃないけど、ね? 誰かを救うにしろ、殺すにしろ、魔術は所詮、そのための手段の1つにすぎないんだよ」


「ッッ、ウソだウソだウソだウソだァァァアアアアアアアアアア!!!!! オレの【幻域】は最強なんだァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!! 魔力切れなんて、こんなクソみたいな理由で負けたくないィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」

「魔術を重視するのも別にいいけど、それは目に見えているモノを蔑ろにしていい理由にはならない。結局、現実を見ようとしないから、あなたみたいな天才でもシィなんかに負けるんだよ」


 ジェレミアは現実を認められない。

 だが、これが結果だった。


 傲慢ではあったが、本気で勝利するつもりでいて、【幻域】まで使った以上、確かに手加減だけはなかったのかもしれない。

 だとしても、彼は相手の才能――否――努力――でもなく――ただシンプルな諦めの悪さ、根性を正確に量れなかったから敗北した。


 シーリーンは才能ではもちろん、不登校だったせいで努力ですらジェレミアに劣っている。

 だが、それを覆したのは――、


「これがシィの、シーリーン・エンゲルハルトの戦い方! 才能では明らかに劣っていて! 不登校だったから努力でさえ後れを取っているシィが! どうしても勝たないといけない戦いで、勝利を掴む唯一の方法ッッ! これこそ、アリスの準備万端の至りと似たような感じで、そう――ッッ、戦場術策の仕掛け!!!!!」


「ウソだぁ……、なんでだぁ……。即興で地の利を活かす戦い方……? そんなのが……、戦闘の最中にポンポン浮かんでくるなんてぇ……」


 呆然とするジェレミア。

 対してシーリーンは深呼吸すると――、


「さて――」

「ッッッ」


「――残念ながら謝罪はまだだけど、充分スッキリしたしね。そろそろ、頭に【魔弾】を撃ち込む時間かな?」

「や、っ、やめ……っ! た、助けて……っ!」


「シィがやめてって泣いても、あなたは一度もやめなかった」

「~~~~ッッ」


 シーリーンは人差し指をジェレミアの後頭部に当てる。

 そして魔力を込める。


 翻ってジェレミアは生き残る方法を考えるが――ダメだった。

 地上に戻って数分が経ち、多少は魔力は回復した。だが、まず間違いなくシーリーンにもバレている。使えたとしても小型の魔術なら2回か3回、大型の魔術なら1回しか使えないことを。


 言わずもがな、【幻域】は詠唱が長い。それをしている間に頭に【魔弾】を撃ち込まれて終了だ。


 とはいえ【光り瞬く白き円盾】もダメだ。この超近距離では、たとえ相手の攻撃が【魔弾】でも貫通してしまう。


 そして無論、【零の境地】だって、魔術無効化という便利さの代償として、そこまで連続で発動できない。


 だったら――、


「待ってくれ! シーリーン!」

「なに? せめて謝罪はしてくれるの?」


「もう全てを告白する! キミをイジメていた理由を!」

「――――」


「オレはキミのことが好きだったんだ!」

「はぁ?」


「好きな女を支配して満たされるのは、男なら当たり前だろう!? だから! 好きな女にちょっかいをかけるなんて、男なら普通なんだよ! いずれは互いにいい思い出になるし、そもそも、イジメなんてただの求愛行動じゃないか! かまってほしかっただけさ! いや、かまってくれない、求愛行動に応えてくれないキミが悪いんだし、そこまで本気で怒るなよ! ただ好きな女子に、自分の強さを誇示したかっただけなんだ! コミュニケーションを取りたかっただけなんだ! キミだってまさか、貴族であるこのオレに、好きです! 付き合ってください! なんて、そんな直接頭を下げさせて求愛させる気はなかっただろ!?」

「…………」


「いや! 女なら男のすることを全て許容するべきだけど、まぁ、オレも少しぐらい反省してやってもいい! なっ? なっ? だから撃たないでくれたまえ? 女に負けたんじゃ、オレの立場がない! 女なら男を立ててくれよ!」

「…………っ」


「も、っ、もちろん、タダでとは言わない! 今ならオレと付き合ったあと、対等な立場で接してもいい! これはすごい譲歩だぞ!? 普通の女ならオレより圧倒的に下なのに、貴族の子息であるオレとまったく同じなんて!」

「…………ッぅ」


「だっ、だだだ、ッッ、だから撃つなァ! あと、この際だから言うが、ロイの女なんてやめてオレの女になりたまえ! 本当はキスなんてしてないんだろ!? その先も未経験なんだろ!? まさか口や胸で奉仕なんてしていないよなァ!? オレはイヤだぞ!? ロイ、いや、あいつに限らず他の男の中古なんて!!! ファーストキスはオレじゃなきゃイヤなんだ! オレの初めてはシーリーンの初めてと交換するんだ! 勝手に暴走しそうな男子の取り巻きをちゃんと支配して、キミの処女を残しておいたのはオレなんだぞォォォオオオオオオオオオオ!!!!!??? なのに……ッッ、なのになぜッッ!!!!! キミは最後まで自分からオレのベッドにこなかったんだァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!???」

「…………ッッッ!!!」


 殺したいどころの騒ぎではない。シーリーンはジェレミアを拷問したいと本気で思う。

 こいつは自分を、女性をなんだと思っているのだろうか、と、怒りで身体が震える。


 未来や他の国、それこそロイの前世の話は知らないが、この国で女性の人権が男性より認められていない、ということは知っているが――それでも皆無というわけではないのだ。

 だというのにこの男は、女性を自身の欲望を満たすためだけの道具としか考えていない。


「……ねぇ、一応訊くけど、シィのどこが好きだったわけ?」

「は? そんなの種族スキルで、何回も処女膜が再生するところだけど?」


 ――――プツンッ、と。

 シーリーンの中でなにかが切れた。


「…………、ッッぅ、ッ、あのさぁ、ジェレミア? きっとあなたは真面目に、ウソ偽りなく真摯な謝罪をしているんだろうけど……逆効果って気付かないの?」

「は? えっ? このオレが頭を下げたのに許してくれないのか!?」


「~~~~ッ! いい!? よく聞いて!? シィのファーストキスはすでにロイくんに捧げているし! 初めての証は何回も再生するけれど、1番目の初めの証も、すでにロイくんに破ってもらっている! 口や胸でしたことだって何回もあるし! お腹に注いでもらったことだって、数を忘れるぐらいある! シィはあなたのモノじゃなくて、身も心もロイくん専用なの!」

「あ……、ぁ……、アアア……、ッ」


 ついにジェレミアは我慢していた涙を流してしまう。

 その姿は無残とか、無様とか、そんな言葉を通り越して見れば笑いがこみ上げるほど滑稽でさえあった。


「あなたなんて、大ッッ、嫌い!!!!! 告白はもちろんだし、好きでいられることさえ気持ち悪い!!!!!」


 怒りに身を任せて、シーリーンはジェレミアの頭を肉体強化したまま踏みつける。

 比喩表現を禁止するなら、女の子の身体だろうと羽のように軽いなんてありえない。


 この国の食生活はロイの前世よりも恵まれていないが、それでもシーリーンの体重は40kg以上あるのだ。

 ゆえに必然、全体重を乗せた踏みつけでジェレミアの首は完全に折れて、今、ここに、シーリーン対ジェレミアは終焉を迎えたのだった。


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