3章7話 ダイヤモンドの月5日 シーリーン、アリス、イヴ、マリア、出発する!



 空は雲ひとつない清々しいほどの晴天だった。

 春風は爽やかで、空気は瑞々しく、日の光に思わず目を細めてしまう。そんな小鳥がさえずる早朝のことである。


 1年が始まってから4番目の月であるダイヤモンドの月の5日。

 この日はシーリーンたち4人がロイとヴィクトリアとクリスティーナに決意を打ち明けてから最初の土曜日だった。


 星下王礼宮城の厳かな門扉の前。

 そこで、ロイとヴィクトリアとクリスティーナ、3人は今から試験会場に向かう4人のことを見送ろうとしていた。


「大丈夫? 忘れ物はないよね?」


 と、ロイが4人に最後の確認をする。

 すると、頷いたのは4人の中の誰かではなく、メイドであるクリスティーナだった。


「心配ご無用でございます。準備したのはわたくしでございますので」

「まぁ、こういうのは自分で用意した方がいいと思うけど……それだとクリスのお仕事を奪っちゃうことになるか」

「えぇ、わたくしはこの仕事に誇りを持っておりますので♪」


 身長が140cmもないのに、Fカップというアンバランスなほどの大きな胸を「えへん」と張るクリスティーナ。

 お忍びデートに同行していた時とは打って変わって、彼女はいつのもメイド服で、パーフェクトメイドさんスマイルを浮かべている。


「試験会場は王都の城壁の外だけれども、集合場所は七星団の中央司令本部の一室なんだよね? で、他の受験者も集まって時間になり次第、馬車で会場まで移動だっけ?」

「えぇ、そのとおりよ」


 肯定するアリス。

 彼女は当然、集合場所を事前に知らされていたので、エルフ・ル・ドーラ邸よりも圧倒的に近い星下王礼宮城に昨夜、泊まらせてもらっていたのだった。


「すぐ近くだし、ボクも中央司令本部の入り口までお見送りしてもいいんだけど……」

「心配しないで、ロイくん! それこそすぐ近くだし、別に迷ったり、遅れたりなんかしないもんっ」


「シーリーンさんの言うとおりだよ、お兄ちゃん」

「ここまで見送りしてもらっただけで充分ですからね。これ以上を望むのは欲張りさんです」


 シーリーンもイヴもマリアも、三者三様ように可愛らしく微笑んだ。

 まるで、心配しないで、と、言いたげに。


「昨日はキチンと8時間睡眠したよね?」

「うんっ」


「朝食、キチンと取ったよね?」

「えぇ、美味しかったわ」


「試験が始まる前には、ちゃんとおトイレをすませておくんだよ?」

「ふっふっふ~、言われるまでもないよ!」


「最後に、常に自分のペースでいること。面接では面接官を相手に過度に緊張しなくていいし、筆記テストでは他人が自分の回答の邪魔をすることなんてないから、安心してOK。そして戦闘テストでは、相手のペースに呑まれないこと。自分のペースを相手に押し付けるぐらいの気持ちでいること」

「クスッ、はい、了解ですねっ」


 ロイが言い終えると、今度はヴィクトリアが4人を相手に、一歩だけ前に出た。


「悔しいですわ」

「えっ、どうしたの、ヴィキーちゃん?」


 突然のヴィキーの発言に、思わずシーリーンは聞き返す。

 また、ロイを始めとして、アリス、イヴ、マリアにも、彼女の発言の真意をうかがい知ることはできなかった。


「一応、わたくしもお父様に相談いたしましたの」

「? なにをかしら?」


「わたくしも、七星団の入団試験を受けたい、と」

「ヴィキー、その答えは――」


「えぇ、イヴ様がお察しのとおり、ダメ、の一言でしたわ」

「まぁ、正直、当たり前ですよね」


 マリアの言うとおり、それは当たり前の帰結だった。

 同じ王族といえども、ロイとヴィクトリアでは、求められている役割が違う。


 ロイに王族として求められているのは英雄であること。王族なのに戦場の最前線に立ち、勝利の暁にはおのが聖剣を天に掲げて、国民に王国の優勢を見せ付けることだ。

 それが国全体の雰囲気に関わるから。


 翻って、ヴィクトリアに王族として求められているのは王女であること。将来的に内政や外政で活躍することだ。

 本質的に、血統的に、ヴィクトリアはロイよりも正統な王族だから。


 英雄と王女。

 同じ王族だろうと2人に求められている役割は違うため、ヴィクトリアの申し出は当然のように却下される宿命なのだ。


「ですから、わたくしの分まで頑張ってくださいまし」

「ヴィキーちゃん――」


 真剣な声音で伝えるヴィクトリアに対し、シーリーンは感動したように彼女の愛称を口にした。

 すると、ヴィクトリアは、フッ――と、真剣だった表情かおを緩めて――、


「大丈夫ですわ! みなさまなら絶対に合格すると信じておりますもの! それに万が一、不合格になったとしても、みなさまはまた、繰り返し、合格するまで試験をお受けになるのでしょう?」


「当然だよ!」

「受験料もバカになりませんし、一度落ちたら次の申し込みまで期間ができてしまいますが――それでも、ヴィキーさんの言うとおりですね。弟くんが待っているんですから」


 すると、ここでクリスティーナが腕時計を確認する。

 学院の寄宿舎から星下王礼宮城に職場が変わった際、時間がわからないと困るだろう、と、支給された物である。


「恐縮ですが、そろそろお時間でございます」

「うん、それじゃあ――」


 と、ロイが言うと――、


「行ってきます、ロイくん、ヴィキーちゃん、クリスさん♪」

「ロイ、ヴィキー、クリスさん、行ってくるわ」


「お兄ちゃん、ヴィキー、クリス、行ってくるよ!」

「行ってきますね? 弟くん、ヴィキーさん、クリスさん」


「うん、いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、ですわ!」

「お気を付けていってらっしゃいませ」


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