3章6話 17時42分 ロイ、伝えられる。(2)



「その……率直に、大丈夫?」

「大丈夫……と、言いますと?」


 マリアがおっとりした感じで訊いてくる。


「いや、違うんだ。前にも似たようなことを言ったけれど……ボクはみんなに、ボクが死ぬかもしれないって不安を与えている。なのに、みんなはボクに、みんなが死ぬかもしれないって不安を与えるな、なんて言いたいわけじゃない。試験に反対しているわけじゃない。っていうか、もう申し込み用紙を出しているわけだし」

「なら、なにが不安なの?」


 イヴは可愛らしく小首を傾げて訊いてきた。

 それに対してロイは――、


「まぁ、普通に教育機関の入試と同じような意味合いだよ。本当に受かるよね、って。模試でA判定よりもD判定の方が不安でしょ? それ以前に、何%で受かって何%で落ちるよ、っていうのが、わかるよりもわからない方が不安でしょ?」


 一応ロイはみんなに向けて言ったつもりだったが、彼の心配は主に1人に集中していた。

 言わずもがな、シーリーンである。


 アリスは学部で上位数%に入るぐらい座学も実技もできるし、イヴに至っては正直、なんの心配もしていない。入団試験という正念場でメンタルが揺れてしまうことはあるかもしれないが、特務十二星座部隊が認めた強さがあるなら、たとえ精神的に不調でも、圧倒的な才能の一言で戦闘試験の相手を倒してしまうだろう。

 また、マリアはすでに中等教育を終えて、高等教育の人間だ。イヴほどではないが、彼女だって充分に優秀なのである。


 だが、それでも――と。

 ロイは声のトーンをわずかに落として話を続けた。


「パンフレットを見る限りだと、試験は3つの要素で構築されていて、筆記テスト、別の受験者、あるいは試験官との戦闘テスト、そして面接」


「……ロイくん…………」


「面接は大丈夫だとしても、少し、筆記テストと戦闘テストは心配しちゃうよね……」


 ロイに言われた瞬間、シーリーンは座ったまま、膝の上で両手をキュッ――と、握り締めた。

 もちろん、シーリーンだってロイの言っていることは理解していた。どこからどう考えても、自分は勉強もできないし、実技だって不登校だったから、まともに出席していなかった劣等生である。


 ロイ本人はここまで鮮烈に言わないが、少なくとも、彼の懸念していることは事実なのだ。

 しかも、お前には無理! と、ロイは突き放しているわけではない。大丈夫? 試験当日にボクはいないんだよ? と、まるで保護者のようにシーリーンの身を案じてくれているのだ。


 だがしかし――、


「ロイくん……」


「なにかな?」

「……ロイくんがそんなふうに思っちゃうのは、当たり前だけど、シィの今までの人生が原因なんだよね?」


「それは……、まぁ……」

「ロイくんは言いづらいだろうから、自分でキチンと言うけれど……、ほんの半年近く前まで、シィはイジメられっ子で、不登校で……、成績も悪くて、シンプルに弱くて……、あまりにも……っっ、優しいロイくんが反応しちゃう、手を差し伸べちゃう要素が揃っていたもん。でも、ね――」


 ――シーリーンはロイの娘になりたいわけではない。

 何回だって頭を撫でられたいし、何時間でもハグされていたいが、彼女がなりたいのはいつだって、対等なパートナーだった。


「前にも、シィと考え方が似ているとある相手に話して、そして肯定されたことがあったんだけど――好きな男の子がシィたちのために、今まで頑張ってきたんだもん。戦ってきたんだもん。そしてこれからもきっと頑張って、絶対戦ってくれるんだもん。その分だけ、シィたちも頑張って、そして戦わなきゃ」

「シィ……」


 やろうとしたことは最低最悪だし、それを許す気なんて微塵もなかった。だが、少しだけ、ほんの1mmだけ、シーリーンは以前戦ったスライムに感謝する。

 まったく同じ発言だけど、ロイに言うのとスライムに言ったのとでは、必要な覚悟の量が違った。


 だが、スライムに盛大に叫んだあとに、そのスライムをちゃんと倒せた経験が、今のシーリーンにはある。

 ゆえに、それがロイを目の前にしても話すことができる、いわば自信に繋がったのだった。


「――――うん、一方的な関係なんてまっぴらゴメン。なぜなら、それは片想いで、両想いじゃないから。一度両想いになったのに、今さらシィが片想いで満足するはずないでしょ♪」


 言うと、シーリーンはロイに可愛らしくウィンクしてみせた。

 あまりの可憐さに、ロイは思わずドキッ――と、してしまう。


「まぁまぁ、ご主人様。試験を受ける以上、合格した方が絶対にいい、というのは存じております。ですが、なにも落ちたらひどい目に遭う、というわけではございません。ここはどうぞ、シーリーンさまにご心配ではなく、応援をして差し上げては?」

「うん――そうだね」


 すると、ロイは改めてシーリーンと向き直った。

 一方で、シーリーンもロイから目を逸らさない。


「シィ――いや、シィだけじゃなくて、アリスも、イヴも、姉さんも、頑張ってね。離れていても、ちゃんと応援している。みんなの合格を祈っている。今度はボクの方が、みんなの帰りを待っているから」


「えへへ、ありがと、ロイくん♡」

「すぐに合格して、ロイと一緒の戦場に並んでみせるわ」


「絶対に合格してみせるよ!」

「期待していてくださいね?」


 ここで、ロイの質問タイムは終了を迎えた。そしてクリスティーナは恐らく、自分の主人の嫁と妹と姉が決意したことに口を挟まないだろう。

 となると、ロイの次に質問しそうなのは――、


「それで? ヴィキーはなにかあるかな?」


 当然と言うべきか。いつの間にか黙って、静かに話の成り行きを見守っていたヴィクトリアに、ロイはその矛先を向ける。

 すると、彼女は一度、静かに目を伏せて、そしてゆっくり開くと――、


「――当たり前ですが、戦争に負けない限り、この城の中にいれば、この国で最上級の生活ができますわ」


「うん」

「そうね」


「それでも、ロイ様とみなさまの会話を聞いておりましたが、わたくしの方からも改めて訊かせていただきます。みなさまは覚悟をしたのですわよね?」


「もちろんだよ!」

「当然ですね」


「なら、わたくしの方から言うべきことはなにもありませんわ。無論、友達だからといって、王女という身分を利用し、試験官に口添えするということはいたしません。そんなことをしたって、みなさまが喜ばないということは、重々承知しておりますもの。むしろ悲しまれる可能性さえある。だから――」


「「「「――――」」」」


「――ロイ様と同じく、友達として、心から応援しておりますわ。確かに心境は複雑です。ですが、必ず合格して、ここに笑顔で帰ってきてくださいまし」


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