3章5話 17時42分 ロイ、伝えられる。(1)



 ロイとヴィクトリア、そしてクリスティーナが城に帰ると、ロイの部屋には4人の美少女がソファに座って待機していた。

 4人とは言わずもがな、シーリーン、アリス、イヴ、マリアのことである。


「ど、どうしたの、みんな? そんな真剣な表情かおして……」


 思わず、ロイは部屋に入ってほんの数歩目の段階で立ち止まり、そして不安がった。ボク、なにかみんなを怒らせたり、悲しませたりしたかな、と。

 無論、少しだけとはいえ、動揺を覚えて足を止めてしまったのはヴィクトリアとクリスティーナも同じだった。2人はロイの少し後ろで顔を見合わせて首を傾げている。


「ロイくん、ヴィキーちゃん、クリスさん。大切なお話があるから、とりあえず、えぇ、っと……ソファにでも、座ってくれる?」


 立ちっぱなしだった3人に着席するように促したのはシーリーンだった。

 で、3人は言われたとおり、彼女たち4人が座るソファとは対面のソファに、大人しく座ってみせる。


「クリス様……、これはいったいどういうことですの……?」

「さ、さぁ……、正直、わたくしにもサッパリ……」


 小声で、ヴィクトリアとクリスティーナはシーリーンたちに聞こえないようにやり取りをする。

 それを同じソファに座っていたから、という理由で耳にしてしまったロイ。彼は(2人に思い当たる節がないのなら、この雰囲気の原因はボクかな……?)と考えて、そして、可能性の話とはいえ責任を取るべく、シーリーンたちに切り出した。


「それで……大切な話ってなにかな?」


 至極当然な疑問をロイが訊くと、シーリーンは一度、深呼吸してみせた。

 ロイの問いは充分に予見できるリアクションだ。それでも深呼吸しておくのは、ただ言葉にするだけでも重大なことを言うにあたり、最後の覚悟をしておきたかったからだろう。


 そして、深呼吸して、瞑目しながら、シーリーンは思い返す、今までのことを。

 自分も、アリスも、ロイという少年から数えきれないほど大切なモノを与えられてきた。


 たとえば、シーリーンはロイとジェレミアの決闘で、正しいことをするだけだろうと勇気は必要ということと、そしてその尊さを理解した。

 たとえば、アリスはロイがレナードと共闘したアリエルとの決闘で、自分たちの方が間違っていると理解していても、リスクを負って想いを貫くために戦う大切さを理解した。


 ゆえに、恩返しするではない。

 理屈なんて関係なく、恩返しのだ。


 優しくしてというスタンスを嫌って、誰かを助ける時は自分が優しくからするロイ。そんな彼が見返りなんて求めているわけがなく、だからそれは義務ではない。

 ただそれでも、シーリーンも、アリスも、一度抱いてしまったロイへの恋を、感謝を、なかったことにはできない。


 だからただシンプルに、自分たちがしたいからするのだ。

 きっとそれが、この世界の優しさの本当の在り方だと信じて。


 一方で、イヴとマリアだって、今までロイに守られてきた。

 別荘では魔物からイヴたちがそれを守ったが、それ以外では常に全員、ロイの庇護を受けていた。


 リザードマンが街に潜伏していた時も、ロイが実際に死んでしまった大規模戦闘の時も、あのまま魔王軍の侵攻が進めば、イヴやマリアたちにも充分被害が及ぶ可能性があったのに、ロイがそれを未然に防いでくれたのである。

 ならば、ここにいる4人の想いが1つなのは必然だろう。


「ロイくん」


「……は、はい」

「シィたち、七星団の入団試験を受けようと思うの」


「は?」

「っていうか、今日の学院の帰り道に、もう申し込み用紙を提出してきちゃった」


 シーリーンはロイから目を逸らさずに告白する。

 続いて、ロイがシーリーン以外の3人、アリス、イヴ、マリアに順に視線をやると、全員頷いてシーリーンの宣言を肯定した。


 一方で、ヴィクトリアとクリスティーナも驚いている。

 ヴィクトリアは目を大きく見開いて、クリスティーナの方は口元を両手で覆っていた。


「ウソじゃ、ないんだよね……?」


 と、ロイは喉の奥からなんとかそんな言葉を絞り出す。

 すると、今度はシーリーンではなくアリスが口を開いた。


「ウソじゃないわ。それに、特に私は前々から言ってきたじゃない。ロイが七星団を続けるなら、私もすぐに入団してみせる、みたいなことを」


「それに、わたしもお兄ちゃんには話したはずだよ? セシリアさんに誘われた、って」


「まぁ、口だけで理想を言い続けるのと、実際に行動するのとでは、現実感が違いますからね。本当に申し込み用紙を提出した今、それを聞いて弟くんが動揺するのも納得できます」


 確かに、彼女らの言うとおりだろう。

 だが、詳しく確認しておかねばならぬことは、他にも存在していた。


「まず……真っ先に疑問に思ったことなんだけど、アリスとイヴだけじゃなくて、シィと姉さんも入団試験を受けるの?」


「うん、もう守られているばかりじゃイヤだから」


「はい。弟が今まで頑張ってきて、妹も今から戦場に立つ。だというのに、姉だけが安全なところで指を咥えて眺めているだけなんて、情けないですからね」


 と、ここでアリスが実は今まで自分の隣に置いていた1冊のパンフレットを、ソファとソファの間にあったテーブルの中央に開いて、ロイたちに見せてみる。

 言わずもがな、王国七星団の入団案内だった。


「準備がいいね」

「えぇ、ロイってこういうのを端から端まで、全部読み通すタイプだと思って、ちゃんと用意しておいたのよ」


「お兄ちゃんは例外だけど、入団するのにも、いろいろな方法があるんだよ」

「その中には、学生を続けたまま入団する方法もありますからね」


「もちろん、シィたちが選んだ方法もそれだよ」


 言われてみれば、ロイが七星団に入団したのは、いわゆる徴兵という形だった。パンフレットを読み、申し込み用紙を出して、試験に受かって入団したわけではない。

 ゆえに、ロイよりもシーリーンたちの方が、今では入団試験の情報に詳しいのである。


 で、自分の情報不足を補うために、ロイはアリスに差し出されたパンフレットを読み始めた。

 そこには当然、入団の方法が記されてあって――たとえば、ロイに当てはまる徴兵制度、シーリーンたちが選んだという学院に通いながら入団する制度、もちろん、七星団に自ら志願して、かつ、学院とかに属さない普通の入団制度もあった。


「そういえば、珍しいよね、軍事力を持っているのに、直轄じゃない学院にも通いながら在籍できる組織なんて。少なくとも、ボクの前世では聞いたことがないな。もちろん、ボクが知らないだけ、ってこともあると思うけれど」


「当たり前ですが、七星団、他国でいうところの軍人に求められるのは、戦うことだけではありませんわ。究極的には戦いを勝ちやすくするため、という結論には達してしまいますが――魔術の基礎理論や体育の講義はもちろん、社会の教科を学ばなければ、グーテランドと魔族領の歴史が見えてきません。科学の教科を学ばなければ、毒ガスのように複雑な魔術は生み出せませんし、戦う相手がどういう生態で、どこに心臓があってどこに脳みそがあるのかがわかりません。数学を学ばなければ兵士の配分も上手くできませんし、そもそも、国語を学ばなければ文字も読めません」


「必然でございますね。七星団の団員にも教養は必要。むしろ、力は強いけれど勉強ができない、という方は足手まといでさえあるでしょう」


「クリス様の言うとおりですわ。とにかく、グーテランドの方針といたしましては団員にも教養を、ということで、シーリーン様たちがお選びになった、学院に通いながら入団する、という制度もあるんですの」


「一応訊くけれど、そもそもそれらの教養を七星団が教えるって選択肢をあるんじゃない、ってツッコミはなし?」


「そうですわね。ロイ様のご指摘も理解できますわ。ですが、勉強は勉強を教えるための機関に、戦闘は戦闘を得意とする機関に、下手に門外漢が口出しするよりも、プロフェッショナルに任せた方が物事は上手くいきますのよ? もちろん、七星団は王立の組織です。この国の正式な教育機関なら絶対にコネクションがありますから、互いにプロフェッショナル同士をコンサルタントとして呼ぶことも可能です」


 なんか、そういう考え方は前世の日本よりもしっかりしているなぁ……。

 なんて思うロイだった。


「なら、入団方法についてはアリスに先回りされたからいいとして、次の質問なんだけど……」

「なにかしら?」


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