3章4話 16時42分 ヴィクトリア、イチャイチャしたい。(2)



 言わずもがな、ヴィクトリアはシーリーンとアリスと、間接キスよりも恥ずかしいことをしたことがある。

つまり、ロイとの4Pだ。


 だが、あれはどこからどう考えても公になるのことのない4人だけの秘密だ。そして、悪い言い方になるが、身体がたかぶってしまって理性が溶けた結果である。

 翻って今は公衆の面前だし、まさか、同性との間接キスに身体が昂るはずもない。


「どうしたの、ヴィキー?」

「いえ、少し恥ずかしくて……」


 ロイが訊くと、ヴィクトリアは赤面して思わず俯いてしまう。

 すると、リタはまるで煽るように――、


「じゃあ、ヴィキーはいいや。代わりに、センパイ、あ~ん」

「~~~~っ」


 今度はロイに差し出されたリタのピザ。が、ロイが動く前に、あれだけ恥ずかしがっていたヴィクトリアがそれを食べてしまった。

 一瞬だけリタは呆気に取られる。しかし、すぐに気を取り直してニヤニヤし始めた。


「できるじゃん、アタシとの間接キス」

「ぐぬぬ……、あまり間接キスと言わないでほしいですわ」


 とはいえ、これでようやく、ヴィクトリアとリタの間接キスに関するやり取りが終わりそうだった。

 しかし、予想外の伏兵がいたことに、ロイもヴィクトリアも気付かなかった。


「あ、っ、っ、あの……っ、先、輩っ」

「ん? なに?」


「あ……っ、あ~ん、……、……、して、ください……っ」

「えっ?」


 なんと、今度はティナがロイにあ~んを提案する番だった。

 現に今、ティナはロイに、サラダが刺さったフォークを差し出している。


 すでに1回、ヴィクトリアはロイとリタの間接キスを防いだが、今度は相手はあのティナだ。反応することができないぐらい呆然としてしまっている。

 無論、リタもこの予想外のアタックに驚きを隠せない。


「う、うん、じゃあ、あ~ん」

「~~~~っ」


 間接キスしてしまうロイとティナ。

 ロイはシーリーンたちと何度も大人の行為を経験しているが、今の相手はあのいとけないティナだ。なぜかとてもイケナイことをしている気持ちがこみ上げてくる。


 一方、ティナは憧れの先輩をキスしてしまいドキドキする心臓の鼓動を抑えることができない様子だ。

 結果、2人とも初々しいカップルのように、赤面して、顔を逸らして、互いになにも言えなくなってしまう。


「って! 付き合ったばっかりのカップルかよ!」


 ツッコミを入れるリタ。

 それに乗っかったのは、先ほどまでリタにプンプンしていたヴィクトリアだった。


「そうですわ! なんでわたくしの時よりもいい雰囲気なんですの!?」

「それにティナ、すでにちゃっかり、センパイが口を付けたフォークで、サラダの残りを食べているし!」


 リタの言うとおり、ティナはサラダ――もとい、ロイが口を付けたフォークを口にしていた。そしてほんの少しだけ、ティナはそのフォークを口に入れたまま、どこかぽわぽわしてしまう。

 で、その時――、


「王女殿下、リタさま、そろそろ限界でございます。認識阻害がかかった状態でも、大きな声を出せば最低限の注目はされてしまいます。自粛するように」

「はいですわ……」

「はぁい……」


「ありがとう、クリス」

「もうっ、ご主人様も、ご自分は女の子にモテるんだ、ということをご自覚ください」

「まぁ、事実としてはそうなんだけど、この年になってもそれを自覚するのって照れくさいんだよね……。それを自分で認めたら何様だって感じがするし」


 ここからようやく普通のブランチがスタートした。


「それで、センパイはどうしてヴィキーだけとお忍びデートを?」

「い……つも、な、ら、シーリー、ンさんと、ア……リ……スさん、あと、イヴ、ちゃ、ん、と、マリア、さん、も、一緒、です、のに……」


「なんか4人とも用事があるんだって。で、それを帰宅後にヴィキーに伝えたら、ボクと出会ったのが遅い分、遅れを取り戻したいとのこと」

「あぁ~、用事かぁ」


「ここ、で、カフェしよ、う……って、イヴ、ちゃん、を、誘った、ら……その時……も……用事、って、言っていた……よね?」

「まぁ、同じ日にちの同じ時間帯でございますからね。同じ理由で断っても不自然ではないでしょう」


 と、クリスティーナがまとめる。

 続けて、今度はロイが話を始めた。


「でも、ヴィキーのお誘いを受けたのには、ボクにも理由があってね」

「そうなんですの?」


「いわゆるスローライフってヤツだよ」

「スローライフ?」


 リタがきょとん、と、小首を傾げる。


「ゆったりまったりしたマイペースな生活のこと。長い間、かなりの憧れだったんだよ。で、長期休暇をいただいたから、まず、手始めにヴィキーとデートしてみようかな、って」


「アッハッハッ、確かに、センパイの人生はスローライフとは真逆だもんな!」

「リ……タ……ちゃ、ん、笑った……ら、失、礼、だよ」


「しかし僭越ながら、事実ではございますね」

「そうですわね。休暇をもらってからのロイ様は学院に行く以外、ご両親と久方振りに会う、包帯を巻きに七星団の中央司令本部に行く、など、そのぐらいしかしていませんでしたもの」


「というわけで、ヴィキーとのデートがスローライフのファーストイベントってこと」

「クスッ、シーリーン様でもアリス様でもなく、わたくしとですか。抜け駆けしたようで少し申し訳なさもありますが、それでも、嬉しいものは嬉しいですわね」


 まるで白百合のように、ヴィクトリアは淑やかな笑みを浮かべた。

 が、ここでリタが当然、むむむ……と、難しい表情かおになって――、


「でも……センパイのことだから、長期休暇だ! スローライフを送ろう! って公言しても結局、なんか理由があって戦いに巻き込まれそうな予感がするんだよな」

「いやいや、変なフラグを立てないでよ!」


「……フラ、グ、です……か?」

「旗がなんでございますか、ご主人様?」


「えぇ……、とりあえず、予見しているわけじゃないけど、かなりの確率で実際にそのとおりになってしまう前振り、とでも考えてくれればいいかな?」


 そのリタの発言が、本当にフラグか否か。

 それをロイが本当の意味で知るのは、あとほんの少しだけ先のことだった。


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