3章3話 16時42分 ヴィクトリア、イチャイチャしたい。(1)



 カフェの椅子に腰かけながら、ロイはまず、対面に座るリタに訊くべきことを訊いておく。


「そういえば、一応ボクたち、認識阻害の魔術を使っていたんだけど、どうしてボクたちのことがわかったの?」

「ふっふっふ~~、甘いな! アタシはクーシーで、ティナはケットシー。ゆえに、何度か会った相手なら匂いで人を判別できるんだぜ!」


 と言いながら、リタは小さな体型には不釣り合いなほど発育良好な胸を張る。

 それに対して補足説明をしたのはティナだった。


「あの……、っ、匂い、と、外、見が……一致しな、かっ、た、んです……けど、もし、かした、ら……お忍びデート、かな、って……」

「あとで七星団の魔術師に言っておかないといけませんわね。外見だけではなく、匂いまで認識阻害してください、って。まぁ、人類の方なので難しいとは思いますが、給料分は頑張ってもらいましょう」


「ちなみに、興味本位で質問させていただきますが、リタさまとティナさまからご覧になりまして、今、わたくしたちはどのように映っているのでございましょうか?」

「ぅん? アタシが声をかけて、センパイがそれに適切な返事をした瞬間、いつもの姿に戻ったけど?」


「声をかけるまで……は、モ、ヤ……が、かか、った、……、……感じ、だっ、たのに、ね」

「なるほど、認識のレベルが、もしかしてってレベルから、確信に変わった瞬間、確信した人に対する認識阻害が無効化されるわけだ」


 どうやらロイたちは別人の姿になっていたわけではなく、モヤがかかって顔や身体、輪郭がボヤけているような感じになっていたらしい。

 目を使って見る場合、偶然視界に入ってもピントがあわない感じ。目以外のモノを使って認識しないと、根本的に意識が向かない感じなのかもしれない。


 などということを話していた間に、キッチンの方ではオーダーした料理が作られていて、ロイがそう言ってからおよそ数十秒後に、ウェイトレスがピザやパスタやコーヒーを運んできた。

 ちなみに、ロイたちが注文したタイミングはリタとティナに誘われて、着席して、「そういえば、一応ボクたち~~」と切り出す前で、リタとティナに至って言えば、さらにその前に注文を済ませていた。


「ピザのお客様」

「アタシです!」


「サラダのお客様」

「……ワタシ、……です」


「パスタのお客様」

「ボクです」


「コーヒーのお客様」

「わたくしでございます」


「では、最後に、こちらがいちごタルトになります」

「ありがとうございますわ」


 そして、あの有名人であるロイとヴィクトリアに気付くことなく、ウェイトレスは去っていく。

 確かに、視覚以外の手段でロイたちのことを認識して、それに確信を抱かいないと、魔術は無効化できないようだった。2人が特別というだけで、間違いなく、現在進行形で認識阻害は発動していた。


「それではロイ様」

「えっ、なに?」

「はい! あ~ん、ですわ!」


 早速、ヴィクトリアはロイにいちごタルトを差し出してくる。

 当然、クリスティーナは年上だからいいが、刺激が強いと思われるリタとティナが見ている前で!


 ロイはチラッ、と、対面に座るリタとティナに視線を向ける。

 恋愛に興味津々なリタは「おぉ~~っ」とワクワクしていたが、やはり純真で性や恋愛に奥手なティナは恥ずかしそうに赤面していた。


「いや……ヴィキー、本当にするんだね?」

「もちろんですわ。それに――」


「それに?」

「一応、こういうのは不作法ですから、お城ではできないではありませんか」


「まぁ、確かに……」


 別にロイはこういうのがイヤなわけではなかった。というより、シーリーンとアリスを相手に何回もしたことがある。

 なのに今、少しだけ躊躇ってしまったのは、こういう行為を見るのに耐性がないティナがいたからだった。


 しかし、仮に少し遠慮したとしても、ヴィクトリアの性格を考えると、諦めてくれるはずがない。

 ゆえに、ロイは(付き合った方が結果的には早く終わって、ティナちゃんが居心地悪くなっちゃうこともないかな?)と考えて、ヴィクトリアのそれを受け入れることに。


「はい、ロイ様♡」

「……、ん、あ、あ~ん」


 いちごタルトを口にするロイ。そして咀嚼そしゃくして、嚥下えんげする。

 それを確認すると、ヴィクトリアは心底嬉しそうに笑顔をみせた。


「えへへ、嬉しいですわ、ロイ様とこういうことができまして」

「それはよかった」


 確かにティナのことが気がかりだったが、よかったと思ったのは本当だった。

 当たり前だがヴィクトリアの家、王家の教育は厳しい。だからこそ、ロイは少し照れくさかったが、彼女にこのような、普通のカップルっぽいことをさせてあげることができて、間違いなくよかったと思っていた。


 が――、


「あっ、センパイ、センパイ」

「なに、リタ?」


「ちょっとこっちに身を乗り出してくれない?」

「? 別にいいけど……」


 ロイはリタに言われたとおり、彼女の方に身を乗り出した。


 すると、リタの方もロイの方に身を乗り出して――、

 ちょうどテーブルの中央ぐらいで――、


「チロッ」

「~~~~っ!?」


 ――リタは付いていたクリームごと、ロイの頬を舌で舐めてしまう。あまりにもインパクトが強すぎて、少しヌメッとした湿った感触も、舌に巡る体温も、ロイは忘れられそうになかった。

 そして当然、リタの大胆な行動にヴィクトリアはプンプンし始める。


「リタ様! わたくしのロイ様になにをしているのですの!?」

「えぇ~~、いいじゃん。クリーム、もったいなかったし。それにアタシ、クーシー、つまりイヌの妖精だし」


「あなた、まだご自分のピザが残っているでしょう!?」

「あっ、ヴィキーもピザ食べたい?」


「へっ?」

「いいぜ? はいっ、食べかけだけど、あ~ん」


 リタが言うと、実際にヴィクトリアの目の前に食べかけのピザが差し出された。

 あっという間に話題が変わるリタのペースに巻き込まれて、思わず、ヴィクトリアはロイに戸惑いの視線を送るが――恋人や友達の仲がいいことを最も大切にしているロイは、いいと思うよ、という笑みを浮かべるばかりで助けてくれる様子は一切なかった。


 が、ヴィクトリアの戸惑いは終わらない。

 なぜならば――、


(これって、女の子同士の間接キスではありませんか!)


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