2章1話 アクアマリンの月24日 ヴィクトリア、ロイの両親と会う。(1)



 グーテランドでは男性は精通を経験すれば結婚できる、というふうに法律で決まっている。

 そしてロイはその条件を満たしているので、誰かに許可をもらわなくても、愛する女性と結婚できる自由、権利があった。


 だがしかし、許可をもらわなくてもいいことと、結婚のしらせをしなくてもいいことは当然、同義ではない。前者が法的なことであるのに対し、後者は道徳的なことなのだ。

 つまるところ――、


「……お、おお、お初にお目にかかります……っ、ロイの父のジュリアスです……っ」

「お、っ、っ、同じく……母のカミラと申します!」

「こちらこそ初めまして。国王のアルバート・グーテランド・イデアー・ルト・ラオムだ」


 ――そう、ロイは事後報告になってしまったが、故郷の村の両親に結婚の報告をした。

 ロイが実際に目の当たりにしたわけではないが、2人が報せを聞いた時、椅子から転げ落ちたのは想像に難くない。


 ボクはこの国のお姫様と結婚しました!

 それだけではなく、他にもう2人の女性とも結婚しました!


 こんな手紙が送られてきて、驚くなという方が無理な話だ。

 余談だが、実はロイはすでにシーリーンとアリスとも書類上は結婚している。大々的に結婚式や新婚旅行などをしていないから、本人たちも、周りも、そういう認識が薄いし、ゆえにそれを匂わせる発言の回数も少なかったが……。


「まぁ、そうかしこまらないでほしい。難しいとは思うが、今の余は国王ではなく、お二方のご子息の結婚相手の父親にすぎない。普通、ご子息の嫁の父親と話すのに、こんなにガチガチにはならぬだろう?」

「わ、わかりました。ですが、敬語だけは使わせてもらいます」


 と、2人を代表してジュリアスが言う。

 すると、アルバートは笑みを浮かべながら頷いた。


「さぁ、ぜひ召し上がってほしい。ここの料理人が腕によりをかけて作ったディナーだ」


 ここにいるのはロイとヴィクトリア、そしてアルバートとジュリアスとカミラの5人だった。

 そして、『ここ』というのは星下せいか王礼宮おうれいきゅうじょうの食堂である。無論、一般的にイメージされる学院や七星団の、誰もが利用できる食堂とは違い、王族専用の食事スペース、というニュアンスが強いのだが。


 そして今、5人の目の前には一流の料理人が持てる実力の全てを以って調理した、王国最上級の料理がズラリと並んでいる。

 正直、比べるレストランによってはロイの前世のモノよりも、圧倒的に豪華で美味しそうな料理ばかりだ。前世の豊かな食生活を覚えているロイでさえ、この機を逃さずになるべく食べておきたいと、はやる気持ちを抑えきれないほどである。


「お義父様、お義母様、冷めないうちにどうぞ、召し上がってくださいまし」

「な……っ、王女殿下が私のことをお義父様、なんて……っ」


 ヴィクトリアがニコッ、と、淑やかに微笑んだだけで、ジュリアスは強く動揺する。

 絶対王政の国で、その王女が大勢の民ではなく自分個人に話しかけてくれたのだ。ウソ偽りなく、一生忘れられないほど光栄なことであった。


「父さんも母さんも、馬車で長旅だったでしょ? 疲れているだろうし、早く食べよう?」

「ロイはもうこの空間に慣れているようね……っ」


 カミラもカミラで、自分の息子の落ち着きっぷりを見て軽く驚く。


「それでは、いただくとしよう」


 この2人は礼を尽くして、まず自分が口を付けないと、料理を食べてくれないだろう。

 そのように考えたアルバートが率先して料理に口を付ける。


 続いてヴィクトリア、さらにその次にロイも。

 で、咀嚼そしゃくして、嚥下えんげしてから、アルバートは軽くジュリアスとカミラに視線をやった。


 おずおずと料理の口を付け始めるジュリアスとカミラ。

 一度口の中に入れてしまったら最後、あまりの美味さに、もう、緊張や動揺なんて忘れて、フォークとナイフを動かす手が止まらなかった。


「さて、こうして会談の機会を得たわけであるが、なにから話したものか」

「あの……っ、国王へ――いえ、アルバートさん」


 数分後、不意に手の動きを止めて、ジュリアスはアルバートのことを名前で呼ぶ。

 そのことに対してアルバートは特に不快感を覚えない。むしろ、過度に緊張していてもなお、国で一番偉い自分のことを名前で呼んだことに、ジュリアスの度胸を認めた。


「なにかな?」


 と、アルバートは穏やかに、しかし品格を失わずに問う。


 ロイの視線もヴィクトリアの視線も、そしてもちろんカミラの視線もジュリアスに集まる。

 そんな胃が痛くなるような注目を浴びる中、ジュリアスはアルバートに、国王陛下に意を決して訊くのだった。


「私たちの息子は、なにか粗相をしでかしてはいないでしょうか?」


「粗相というと――」


「国王陛下に不敬という意味ではなく、義理の父に、少しやんちゃなことをといいますか……」


 途中まで勇ましく、立派な態度で訊こうとしたものの、ジュリアスの質問は途中から入り消えそうになってしまった。

 が、その王を前にして緊張してもなお、我が子のことを心配している発言に、アルバートは好感を覚え、気分よく口元を緩めた。


「安心してください。あなた方の息子は本当に立派だ。魔王軍の幹部を討ったという意味なら、七星団の団員としても。国民との交流会で疲れても笑顔を絶やさぬという意味なら、王族としても。無論、社交的で真面目という意味ならば、余の義理の息子という意味でも、な」

「そ、そうでしたか……」


 ホッ、と、胸をなでおろすジュリアス。

 すると、今度はカミラの番だった。


「アルバートさん、この場をお借りして、ロイに少しだけよろしいでしょうか?」

「構わない。親が子と言葉を交わすのに、誰の許可もいらないのは当然だろう?」

「では、お言葉に甘えて――」


 すると、カミラはロイの方に改めて向き直る。

 そして彼に向かって心底、穏やかな声音で言うのだった。


「ロイ、結婚おめでとう」

「母さん……」


「少し遅れちゃったけれど、息子が結婚したなら、まず、親はこれを一番初めに言わないといけないわよね」

「――うん」


「最初に聞いた時は驚いたわ。お相手がまさかお姫様で、しかも他にも相手が2人いるなんて」

「――まぁ、そうだよね。驚かせてゴメン」


「でも、幸せになってくれてよかったわ。改めて、おめでとう」

「ありがとう、母さん、それに父さんも」


 この2人はロイの前世のことを知らない。

 今までは明かすことが怖かったし、怖くなくなった今も、エルヴィスたちに他言無用を命じられている。


 つまり、ジュリアスもカミラも、ロイにはもう一組、両親がいることを知らないのだ。

 それを後ろめたく思う。引け目にも感じるし、負い目にも感じる。


 だとしても、精神が違っても身体はこの2人から生まれてきてよかった、と、ロイは今、そう思った。

 無論、結婚相手がどこの馬の骨とも知らぬ人ではなく、由緒正しい王族の一員というのもあるだろう。だが結婚を祝福されて、子どもの幸せを自分のことのように思える親で本当によかった、と、心の底から思うのだった。


「それでは、そろそろ余の方から、2人に対して説明したいことがある」


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