1章10話 アクアマリンの月22日 セシリア、誘う。(1)



 土曜日――、

 よく晴れた昼過ぎに、イヴは1人で王都の街並みを進んでいた。


 そしてとある建物の前でストップする。その建物とはアルバートに指定されたオラーケルシュタット大聖堂だった。

 鉄柵のような門扉を開き、イヴはまず大聖堂の敷地内に入り、少し進んで、さらに荘厳な扉を開き、大聖堂の建物の中に入った。


 静かで、穏やかで、しかしかなりゴージャスで、なのに神秘的な雰囲気の大聖堂の中。


 パイプオルガンはただの楽器だというのにイヴの身長の何倍も大きくて、天使をイメージした巨大なステンドグラスからは麗らかな初春の日差しが差し込み、大聖堂の中を美しく、そして優しく照らし上げている。

 天使の絵が描かれてある天井は恐らく10mに届くほど高く、悠々とした大聖堂の中は1000人以上がかなりの間隔を開けて座り、リラックスして礼拝に臨めるほど広かった。


 そして――、

 その最前列の横長の椅子に座っているのが――、


「あのっ、イヴ・モルゲンロート……だよ?」


 イヴはその最前列に座っていた女性――否――女の子に声をかけた。

 するとその女の子はスッ――と、まるで流水のように流れるように立ち上がり、イヴに視線を合わせる。


「にぱぁ♪ 初めまして、セッシーは特務十二星座部隊の序列第6位、カーディナルのセシリア・ライヒハートなの~。イヴちゃん、今日はよろしくね?」


 と、そう言いながら、セシリアはイヴに握手を求めるように手を差し出した。

 イヴがそれに応じると、セシリアは満面の笑みで彼女の手をブンブン上下させて、仲良くしたいという想いを精一杯アピールする。


 確かに、仲良くしたいという感じは伝わってきた。

 とはいえその結果、あのイヴでさえ、ますますどうしたらいいのか困惑してしまうのだが……。


「とりあえず、落ち着いて話せる場所に行こうか? ここはオープンスペースだし、懺悔ボックスに用があって、他の来訪者がくるかもしれないし、ねっ?」


 手を離すと、セシリアはその懺悔ボックスを指差す。続いて、そのまま大聖堂の奥の方へ歩き始めた。イヴは置いていかれないように、彼女のあとを追う。

 まるで時の流れが止まっているような、落ち着いている雰囲気の廊下を歩きながら、イヴはセシリアに、勇気を出して話しかけた。


「ご、ごめんなさい。明日は礼拝があるはずなのに、土曜日なんかに」


「あはっ、気にしない気にしない! 普段は学院があるし、それこそ明日は礼拝があるから、時間をずらして土曜日にきてくれたんでしょ? ならっ、むしろこっちが謝らないと、だね! ゴメンね、イヴちゃん」


「う、うん」


 普段は元気いっぱいなイヴだったが、こんな外見でもセシリアは特務十二星座部隊の一員なのだ。

 思い返せば、イヴが特務十二星座部隊の一員とまともに話したのは、生まれてから今日を含めて2回しかない。その1回でさえ、故郷の村にいた時、ロイを王都に招待しようとしたエルヴィスと、ほんの少しだけだ。


 実質、特務十二星座部隊との会話は今日が初めてと言っても差し支えない。

 緊張するなという方が無理な話だった。


「特務十二星座部隊には緊張しちゃかな?」

「う、うん、だよ……」


 と、階段を上がりながら、2人はそんな会話をする。


「まぁ、安心してOKだぞ? なにも取って食おうってわけじゃないからね? イヴちゃんが緊張しないように、こっちも限界まで善処しているから! 部屋にはセッシーとイヴちゃんの2人だけで、これ以上人は増えないし、美味しいケーキも買ってあるし、正直、帰りたくなったらいつでも帰っていいし」

「……いいの?」


「う~ん、ホントはダメだけど、この枢機卿であるセッシーが、帰っちゃダメ! って怒ってくる人がいたら、その人の方を、ダメって言っちゃダメ! って怒ってあげるから大丈夫だぞ♪ にぱぁ」

「――う、うんっ」


 セシリアが可愛らしいというか、萌え萌えな笑みを浮かべると、イヴもこの時ようやく、ぎこちなかったが彼女に対し微笑みを浮かべた。

 そして、それに満足したセシリアはうんうん、と、嬉しそうに頷いている。


「っと、じゃあ、この部屋で話そうか?」


 言うと、セシリアは近くにあったドアを開け、その中に入っていく。

 階段を上がったという時点で察せられるとおり、大聖堂の上階、厳密には3階の部屋で、イヴがドアの上をチラ見すると、そこにはグーテランドの文字で枢機卿執務室と書かれてあった。


 で、セシリアが奥に座り、イヴがドアの近くに座る。


「そういえば――」

「ん? なにかな、なにかな?」


「セシリアさんは七星団と教会、どっちに所属しているの?」

「あぁ~、そうだよねぇ。七星団なら中央司令部にいるべきなのに、大聖堂にきてね、なんてお願いしちゃったもんね」


 と、セシリアはイヴと自分の間にあったデスクに、腕を伸ばして突っ伏した。

 しかしすぐに回復すると、なるべく軽く、明るく、優しく、親しみやすい声を出すように気を付けながら、イヴに説明してあげ始める。


「まぁ、結論から言うと、どっちにも所属している、っていうのが答えかな? 七星団はもちろん軍事力を持つ組織で、対して教会は言わずもがな、宗教的なところだよね? ただ、ここからが曖昧になっているところで、七星団が今、戦争をしているのは魔王軍でしょ? 一方で教会だって、悪魔とか吸血鬼とか、いわゆる魔物と呼ばれる存在、そしてもちろん、魔王本人のことだって人が打ち勝つ相手として認定している」


「うんうん」

「つまり、七星団と教会は利害一致の関係にあり、七星団が教会にエクソシストを派遣したり、教会が七星団にカーディナルを派遣したり、っていうのがけっこうあるの。派遣団員って言うんだっけ? 傭兵……は全然違うか! ちなみにセッシーは七星団の団員だけど、かなり頻繁に教会に派遣されているよ」


「だから、どっちにも所属している?」

「そうっ! まぁ、強いて選ぶなら七星団の方かな? 教会は派遣終了だぞ~、って言われたら、頻繫にはこなくていいことになっちゃうし。確かにイヴちゃんもカーディナル志望だったよね? なら覚えておいて損はないよ? 進級していくといずれ制度を学ぶだろうけど、七星団のカーディナルは七星団内部の教会に見立てた会議室とかで礼拝をしたり、戦場の最前線で懺悔ボックスを開設したり、あとは……まぁ、あまり言いたくないけれど、戦死者の供養をしたりするのが仕事だから」


「――――」

「もちろん、魔術を使えるんだから、自分たちが戦う、ってこともある」


「――――」

「おっと、いけない、いけない。思わず仕事の愚痴っぽくなっちゃった♪」


 イヴにはバレないように反省するセシリア。いくら本当のこととはいえ、少し暗い話をしてしまった、と。ゆえに、せめて雰囲気を一転させるために、最後の最後で冗談めかした発言をしたのだろう。

 そしてセシリアは事前にデスクに用意されていた書類に改めて目をとおす。


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