1章2話 アクアマリンの月17日 ロイ、忙しい!(2)



 翌日、アクアマリンの月の17日、月曜日――、

 グーテランド七星団学院への通学路にて――、


「馬車に乗って通学とか、周りからいいご身分だなァ? って思われそう……」

「まぁ、実際に弟くんはいいご身分ですからね……」


「お兄ちゃんは王族なんだよ? 馬車での通学はとーぜん!」

「それに、ロイくん? ロイくんが歩いて通学なんてしたら、街中が混乱しちゃうと思わない?」


 長い長い冬休みも終了して、この日からグーテランド七星団学院の春期が始まる。

 この世界――というのは言い過ぎにしても、少なくともこの国では、新学期がだいたいどの教育機関でも1年が始まって9番目の月であるサファイアの月~10番目の月であるオパールの月に始まるのは第1部前半1章4話のとおりだ。

 そして12番目の月、ラピスラズリの月の下旬に始まった冬休みは昨日、ようやく終わりを告げたのである。


「王族になったことに対しては心の中の整理が付けられたけど……これからどんどん、こういうVIP待遇が増えていくんだよね? なんていうか……そう、恵まれていて罪悪感がすごい」

「VIP待遇?」


 と、シーリーンは小首を傾げて聞き返した。


「いや、だって、ほら、王族だから寄宿舎から星下王礼宮城に引っ越したでしょ? ボクはもちろん、シィもイヴも姉さんも。で、今日も城から馬車で学院に行くわけでしょ?」

「お兄ちゃん、そういうのがイヤなの?」


「イヤっていうわけじゃないんだ。むしろ本来、光栄なことだとは思う」

「なら、他になにか問題でもありましたかね?」


「単純に、注目を浴びるのと幸せに慣れていないんだよ」

「ロイくん、昨日、ファン感謝デーをそつなくこなしたのに?」


「だって、昨日はみんながボクの一挙手一投足を見ていたからね。人は他人から眼差しを向けられると、それに相応しい立ち居振る舞いをする生き物なんだよ。心理学的に考えても」

「お兄ちゃん! すごく頭がいいんだよ!」


「流石、弟くんっ、哲学だけではなく、心理学にも詳しいんですね!」

「当然! なんたってシィの恋人さんだもん!」


 と、このタイミングで馬車は緩やかに停車した。

 どうやら学院の門扉の前に到着したらしい。


 数秒後、御者が馬車のドアを開けて――、

 そこからまずはロイが下車すると――、


「ロイさま~~~~っっ♡♡ お慕いしておりました~~~~っっ♡♡」

「キャ~~~~っっ♡♡ こっち向いてくださ~~~~いィィィ!!」


「ずっと尊敬しておりました~~っっ!! 私のことを抱いてくださ~~いっっ♡♡」

「私とも結婚してくださ~~~~っっ♡♡ 大々々好きなんですゥゥゥゥゥ!!」


 ――学院の門扉の前には学年クラスを問わず、ロイに心酔している女の子たちが待ちかまえていた。


「……マジで?」

(弟くん、一応言っておきますが、ここはニホンではありませんからね? 弟くんが王族になった以上、これがこの王国の女の子たちからの正常なリアクションですからね?)


 そしてロイの背後、まだ馬車の中にいる、思わず笑顔なのにピキッ――と額に怒りマークを浮かべるシーリーン、明らかに不満そうに頬を小さく膨らませているイヴ、この2人を少し抜かして、弟がみんなから尊敬されて嬉しいはずなのに、どこか複雑そうなマリアが耳打ちした。


 とはいえそのマリア本人も明らかに拗ねていて、3人にいろいろな意味の視線を送られた結果、ロイは思わず謝ってしまいそうな心境になる。

 本来、彼はなにも悪くないはずなのに……。


「我々よりも前に出ないでくださ~~い!!」

「押さないでくださ~~い! 押さないでくださ~~い!」

「押さない! 駆けない! 潰さない! に注意してくださいィィィ!!」


 ロイが下車する時にはすでに、先に到着していた警備員複数名がバリケードを張っていた。これのおかげでロイは誰かにもみくちゃにされることなく、学院の敷地内に無事に入れることに成功する。

 また、学院の敷地内に入るロイのあとには、少し微妙な気持ちでシーリーンたち3人も続いた。


「複雑だなぁ……、ロイくんがこんなに人気で」


「? なんで?」

「だって、ロイくんがシィから離れちゃいそうで」


「――――」

「どこかに、遠くに行っちゃいそうで」


「――――」

「本当はそんなことありえない、って、頭ではわかっているんだけどね」


「大丈夫だよ、シィ。ボクだって、シィのことが大好きなんだから」

「~~~~っっ♡♡ うんっ、じゃあ、今日も夜にロイくんのお部屋にお邪魔するね♪」


「お兄ちゃん! わたしにも大好きって言ってよ~~っ!」

「お姉ちゃんにも愛を囁いてほしいですねっ」


「もちろん、家族だもん。イヴのことも姉さんのことも、愛しているよ」

「やったぁ! わたしもお兄ちゃんのことが大好きだよぉ~っ!」

「クスッ、お姉ちゃんも、弟くんのことを愛していますからね」


 ロイとシーリーンが在籍する中等教育上位、イヴが在籍する中等教育学校下位、マリアが在籍する高等教育の校舎に行くための別れ道に着くまで、4人は仲睦まじい様子で足を進める。

 そんな中、なんとなくロイは(家族のことを愛しているって、そう言葉にするのって、前世の日本じゃどこか恥ずかしかったからね。もちろん治安とかは絶対に日本の方がいいけど、家族愛を公言できるのは、グーテランドのいいところだなぁ)と口元をほころばせた。


「あっ、それじゃあ! わたしはこっちだからもう行くよ!」

「わたしも高等教育の方に行きますね?」

「うん、じゃあ、また放課後に」


 と、ロイが反応するが、しかし、イヴもマリアも、すぐにはそれぞれの目指す方向に移動を開始しなかった。


 不思議そうにするロイ。

 一方で、ハッ、とシーリーンはなにかを察した。


 そして、イヴとマリアが互いに目で示し合わせて、ニコッ、とすると――、

 シーリーンが止める暇もなく――、


「お兄ちゃん♡」「弟くん♡」

「ん? なにか――……」


 なにかな? と言おうとするも、ロイは最後までそれを口にできなかった。

 なぜならば――、


「――――チュ~っ」

「――――んっ」


 イヴが左側から、マリアが右側から、ロイの頬にキスしたからである。

 そして2人は頬に乙女色を差しながら、こそばゆそうに微笑むのだった。


 と、その時だった。


「ちょっと待ってください! イヴちゃん! マリアさん! 学院の敷地内でキスなんて、風紀が乱れるじゃないですか! そんなの、この私が許しません!」


「アリス!? いつから見ていたの!?」


「キスする少し前からよ。ロイに声をかけようと思ったら、まさか2人がロイにキスするなんて……、っ、風紀が乱れるわ!」


 なんてことを以前、学院の敷地内でロイとキスしたどころか、愛し合ったことのあるアリスが吠える。猛烈に、自分のことを棚に上げていた。

 で、このアリスの登場により、イヴとマリアは本格的に説教される前に退散することにしたらしい。


「それじゃあ、お兄ちゃん! また放課後に、だよ!」

「弟くん、講義中でもお姉ちゃんの唇、忘れないでくださいね?」


「ちょっと! イヴちゃん、マリアさん、まだ説教は終わっていませんよ!?」

「あ~あ、シィもアリスがくる前にロイくんとキスしておくべきだったなぁ」


 このような成り行きで、イヴとマリアが解散して、結果、中等教育上位の3人はそのまま自分たちの校舎に行くことになる。


 不登校だった関係もあり、シーリーンは少々下の学年と講義が一緒になることが多く、ロイとアリスとなかなか同じ講義を受けることができなかった。

 しかし、今日だけは冬休み明け初日だったので、学年集会のため、集まる場所、講義室は一緒なのである。


 が、そこに着くと――、


「ロイ・モルゲンロート様! 俺は隣のクラスのシーザーだ! ぜひ、貴方様とお手合わせ願いたい――ッッ!!」

「モルゲンロート殿! 自分も隣のクラスのウィリアム! 叶うならば、ぜひ自分と腕試ししていただきたい……ッッ!!」

「モルゲンロートさん! ぼくは魔術師学部のリチャードです! ずっとあなたに憧れていましたが! どうか、ぼくに胸を貸してくださいッッ!!」


「えぇ……、まずは大人しくHRを受けてからにしないかな?」


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