第3部 王都炎上

起 最初のヒロインは試練に挑む!

1章1話 アクアマリンの月16日 ロイ、忙しい!(1)



 前回の魔王軍との大規模戦闘と経て、ロイ・モルゲンロートはグーテランドの王女、ヴィクトリア・グーテランド・リーリ・エヴァイスと結婚して、ついには王族の一員として名を連ねることになった。


「きゃ~~っ、ロイ様~~っ♡」

「大好きです~~♡ ずっと憧れていました~~♡」


「ご結婚おめでとうございます~~っ♡♡♡」

「ロイ様が幸せなら私たちも幸せです~~っ♡♡♡」


 そしてロイが王族になった日から十数日後。

 その日、星下せいか王礼宮おうれいきゅうじょうの敷地の入り口には多くのロイファンが集まっていた。


 1年が始まって3番目の月、アクアマリンの月の16日、日曜日。

 なぜこの日に限って多くのロイファンがここに集まっているのかというと――、


『みなさん、こんにちは。ロイ・グーテランド・モルゲンロートです。まぁ、えっと……正直、まだ自分の名前にグーテランドって入れるのに緊張しますね』


 ふと、ロイが星下王礼宮城の、王族が演説をするためのデッキから姿を現した。しかも声を大きく反響させる無属性・音系統のアーティファクトを手にしながら。

 そしてその瞬間、集まっていたロイファンの女性たちが、彼の登場に一斉に黄色い悲鳴を上げ始めた。


『今日はボクが王族になって初めての国民のみなさんとの交流の日です。国王陛下が1日でも早く国民のみなさんにボクのことを覚えてもらえるよう、恐縮ながらセッティングしてくれました。ほんのわずかな時間ではありますが、今日こうして、ここに集まってくれたみなさんとお話できれば幸いと思います』


『みなさま、ごきげんよう。ヴィクトリア・グーテランド・リーリ・エヴァイスですわ。本日はわたくしの夫であるロイ様との交流の日。節度は保ってほしいものですが、王族の先輩として、ぜひぜひ、ロイ様とは交流を深めていただいてほしいです。どうぞ、心ゆくまでお楽しみになさってくださいまし』


 こうして交流の日――ということにはなっているものの、集まった国民のほとんどが女性のロイファンということを鑑みるに、事実上、ロイとの握手会となっているファン感謝デーは始まった。

 ちなみにヴィクトリアは王女として、ロイがいる演説をするためのデッキに並んでいるが、彼女の他には――、


『みなさま、列の移動を開始するお時間でございます! えぇ……っと、徹夜組の整理券の番号は104番まででございますね。それでは! 105番のお方から、順番に! 番号を守って! そして並んで! 焦らず急がず! ゆっくりと! お進みください!』


 どこからともなく音響を操作するアーティファクトを使っているクリスティーナ・ブラウニー・リーゼンフェルトの声が聞こえてくる。が、実は彼女はすでにロイの後ろで控えていた。単純に彼の背後であいさつが終わる頃合いを見計らって、そのタイミングでアナウンスしただけである。

 そしてアナウンスを終えると、クリスティーナは可愛らしい小走りで、ロイのすぐ近くまで寄ってきた。


「ご主人様も存じているはずでございますが、一応、わたくしが交流会場となっている大広間までご案内させていただきます♪」

「うん、ありがとう、クリス」


 自分の主が多くの人から好かれて嬉しそうなクリスティーナ。そんな彼女にロイは(子犬みたいだなぁ)と穏やかな気持ちで微笑むのだった。

 結果、ロイとヴィクトリアとクリスティーナ、この3人は揃って握手会の会場まで赴くことに。


「それにしても、王族ってこういう国民との交流もするんだね」

「微妙なところですわね。ロイ様は特別ですもの」


「特別?」

「王族とは国家の象徴で、国民の代表ですわ。そしてロイ様は今や魔王軍の幹部の1人を討った王国の英雄ですわよね? 当然、お父様はロイ様に国民のみなさまと、ただ触れ合うのではなく、王族としての自覚を持つために、改めて触れ合ってほしいと願っているはず。それでも、大臣たちにロイ様を利用する計画がないと言えば、恐らく否ですわね」


「利用?」

「ご主人様、僭越ながら恐らく、王国上層部のイメージアップのことでございます」

「それぐらいなら、全然利用のうちに入らないよ。レナード先輩だって、ボクを生き返らせるための必要経費だと割り切って、それ込みでボクを生き返らせることを選んでくれたんだし」


「一応、わたくしも王国上層部の人間として言わせていただきますが――利用と言うと少し語弊がありましたわね。そこまで悪いニュアンスではなく、ロイ様が国民と触れ合えば、ロイ様本人も王族としての自覚が芽生えますし、イメージアップにも繋がり、一石二鳥でラッキー。このような感じで、決して悪意があったわけではありませんわ。まぁ、大臣であるならば、催し物を企画することになった以上、王国の益になる一定の効果を出さないといけないわけですので、そこらへんは目を瞑ってくださると幸いと言いますか――」

「全然お安い御用だよ。ボクなんかが1つの国家のイメージアップに努められるなんて、すごく名誉なことじゃないかな?」


 ロイが言うと、ヴィクトリアは上品に口元を手で隠して、楽しそうにクスッと笑った。


「あれ? ボク、なにかおかしなこと言ったかな?」

「いえいえ、そうではありませんわ。ただ――」


「ただ?」

「ロイ様はやはり、ロイ様ですわねぇ、と」


「? よくわからない……。クリスは?」

「申し訳ございません、ご主人様。わたくしも王女殿下と同じく、今の発言を聞いて、ご主人様はやはりご主人様でございますね、と、そう思ってしまいました」


「えぇ、クリスまで!?」

「そうでございますね。なんと申し上げますか、ご主人様は平常運転と申しますか、前回の一件を経て、変わったようで、一番大切で優しいところは変わってないと申しますか……」


「人なんて、考えが変わることがあっても、性格が変わることは滅多にない、ということですわね。ねぇ、クリス様?」

「左様でございますね、王女殿下」


 仲良しな女の子同士の友達のように、ヴィクトリアとクリスティーナは微笑み合う。

 その様子をロイは(なんか2人とも、いい感じだね)と思いつつも、結局、なんで自分が笑われたのかを理解できず、少しだけ首を傾げてしまった。


「しかし僭越ながら、恐れ多くも王女殿下が、メイドであるわたくしを様付けでお呼びになられる必要は――」


「誰に対しても様付けで呼ぶ。これはわたくしの理念ですわ。メイドがいなければその主人は不便を覚えてしまう。庭師がいなければ庭の手入れが行き届かなくなる。コックがいなければ美味しいディナーが食べられない。身分に貴賤きせんはあっても、仕事に貴賤はありませんもの。王族であろうと使用人であろうと、みんながみんなで、1つの王国――社会を築いている。だからこそ、わたくしは王族として、王国を成り立たせている1人1人を様付けで呼ぶんですの」


「――そうでございましたか。大変、申し訳ございませんでした」


 言うと、クリスティーナはヴィクトリアにさらに微笑む。

 ヴィクトリアの方も、気分をよくしたようで、わずかに足取りが軽くなった。


「それで、ご主人様っ、そろそろ会場に到着でございますが、改めて本日の予定をご確認いたします♪ ただ今の時刻が9時47分。10時丁度に国民のみなさまと交流開始。13時まで続けたあと、1時間の休憩を挟み、さらにもう2時間、国民のみなさまと交流でございます。あくまでも、どれだけ時間がかかってもこのぐらいには終了が見込める、という形でございますが。さらに16時からは新聞記者の取材と撮影が入っております。そして大臣のみなさまと友好を深めるためにディナーをいただいたあと、七星団の一員として訓練でございます」


「そういえば、最近、ロイ様のことを巷では騎士王子って呼ぶそうですわね。王族になったあとも七星団に所属していますので」

「えぇ……、なに、その、ハンカチ王子と姫騎士を足して2で割ったような愛称……」


 ハンカチ王子と姫騎士という単語の意味がわからなくて、小首を傾げるヴィクトリアとクリスティーナ。

 一方でロイは(これが日本だったら労働基準法に違反するのかなぁ?)と、漠然と今の忙しさにそんな感想を抱いいていた。


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