3章12話 血液、そして左腕(2)
「星彩波動オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
ゴッッ、弩オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! と、聖剣の波動が撃たれる。
ロイがエクスカリバーで使える最上威力の聖剣術、星彩波動。それをロイはもう、この戦闘だけで3回は撃っていた。これでついに4回目になってしまう。
数えられるぐらいの使用頻度だが、そもそも、これは1回使うだけでそれ以降の戦闘が非常に困難になる切り札なのだ。その証明のように、ロイは今まで、1日のうちに2回以上、聖剣の波動を撃った日はない。
それをこの戦闘で4回に更新するなど狂気の沙汰と言えるだろう。
「……ァ……ァ、ゴバァ……ッッ、ゲボ……、ゲボ……、ア……ァ…………」
夥しい血液を口から少しではなく、真紅のゲロのように吐き出すロイ。しかもそれだけではなく、彼は血涙さえも流した。
そして聖剣を杖の代わりにして地面に立て、星彩波動で一応、一時的に一掃できた周囲を見回す。
敵は師団の騎士たちを汚染し、魔王軍の一員に変える幾千の死人の軍勢。
視力の限界、視界の最果て、目に映る全ての箇所で血に
足元には師団の団員、つまり味方の死体が至るところに、無造作に、ゴミみたいに転がっていた。
グールに噛まれ、魔王軍の一員になる前に舌を噛み千切って、あるいはナイフを首に刺して自害した者。噛まれはしなかったが、グールの血液を浴びて、硫酸を浴びたように皮膚を溶かして絶命した者。グールになってしまい、後衛の魔術師の光の魔術で、つまり仲間に殺された者。ロイの限られた周辺だけでも、100に届きそうなほど醜悪な仲間の死体が転がっている。
そして――、
――それは生き残るために邪魔だから、仕方がないとはいえ、師団の団員にも、無論、グールにも踏まれて、蹴飛ばされて、やはりゴミのように見るも無残にボロボロになっていく。
「ァ……ァ……、生きなきゃ……ッッ、生きて……、帰って……、シィ、と……、アリス、と……、イヴと、姉さん、と……、みん、な……、と、また、遊ばない……と……、いけないんだ……ァァッッ!」
足元に広がる死体同様、ロイの身体だって、もう人として致命的なレベルで終わっていた。
グールの血液を浴びた左手、左腕は、もう腐敗臭がするほど腐敗が進んでいる。顔面にも一部、血液が付着し、皮膚が融けて顔面の肉が覗けていた。
戦争に赴いたのだからロイも覚悟の上だろう。
彼はもう助からない。アリシアやエルヴィスのように見栄えがいい英雄的な戦いなんて、本当の本当に一握りの人たちにしか許されていないのだ。
「また……、星彩波動が、撃てるようになる、まで……、生き延びないと……ッッ」
ロイが自分で自分に課した命令は単純だ。
グールを浄化する魔術が使えなくても、彼にはグールを細胞1つ残さずに消滅できる星彩波動がある。だから、それを撃ち、また撃てるようになるまで、あまり効果的ではないとしてもグールを斬って生き延びて、撃てるようになったら再度撃ち、以降、戦いが終わるか死ぬまで、それを繰り返す。
言わずもがなロイは騎士で、今回の戦いにおいて前衛を任されている。だからこうなってしまった以上、魔術師の盾、身代わりになるのが仕方がない流れだ。
とはいえ、確かにロイは星彩波動を撃てるが――、
「ゲボ……ッッ、まぁ、連絡してみたら…………浄化の魔術1回に相当する聖剣術を、普通なら1回しか使えない、なんて、説明してみたら、わかっていたけど、ならそれを撃ったあとは普通に騎士として戦え、か……、ゲボ……ォ……ォ、ぁ、ぁ……。やるしか、ないよねぇ…………ッッ」
そして、ロイは地面から剣を抜き、死力を尽くして柄を握る。
次の瞬間、彼は幾千にも及ぶ死人の軍勢に特攻を仕掛けた。
星彩波動の酷使、撃ちすぎで、右目はもうすでに見えていない。突然死の前触れのような激痛が頭に持続的に走って酷い吐き気がする。
また、グールの血液を浴びたせいで、左手はなにかの中毒のようにガクガク震えて、七星団の制服を溶かして辿り着かれた左腕は一部、皮膚と、脂肪と、筋肉が、ドロドロのごっちゃ混ぜになってしまっていた。
その上――、
――左手には闇の魔術の残滓が付着しており、エクスカリバー、つまり『聖』剣の威力が使いすぎとは明らかに違う感じで弱まっている。
それでも――ッッ、
それでも――ッッ、
それでも――ッッ、
と、ロイは聖剣を振り、眼前の限界まで広がりを見せる死霊術師の配下、グールの軍勢に決死の覚悟で挑む。
繰り返し敵を斬り伏せ、まずは脚を斬り飛ばし、地面を這い寄ってくるグールは首を切断し、それでもその場でのたうち回るグールは血液を飛ばされると厄介なので、せめて腕を斬り捨てる。
魔術師の身代わり、盾となっている騎士の数だって無限ではない。
そのことに気付いているからこそ、ロイも、彼以外に前線よりもさらに最前線で戦っている騎士たちも、せめてグールの動きを止めようと、せめて魔術師が敵を浄化しやすいようにしようと、剣を紅で汚し、前へ前へと突き進む。
そしてついに――、
「もう一度……ッ、星彩波動オオオオオオオオオオオオ……ッッ!!!」
再度、ロイは星彩波動を撃つために構える。
戦場で、血の匂いのする風を浴びて立っているロイ。彼はその血の匂いをする風を、聖剣から放つ黄金の風で塗り替えた。
もうすぐで自分は死ぬと直感するが、それにしては眩しい太陽の光を、聖剣から放つ輝かしい純白の光で上書きする。
使いすぎで威力が低下している。加えて、左手が闇に侵されているせいで、想像を上手く聖剣に流し込めない。
だが人は死ぬ寸前、ありえないほどの力を発揮する、と、よく言うように――、
――ロイは歯を食いしばり怒涛のように星彩波動を撃ち放つ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
肺が干乾びたような嗄れた絶叫。喉が千切れるような痛々しい雄叫び。結果、ロイの聖剣の波動は真正面のグールを30体ほど消滅させる。
しかし、逆を言えばそれまでだった。
「アアアアア……ああ……あ、ぁ……ぁ……。あ……れ……?」
その場で、ロイの身体は倒れてしまう。
ドサ――ッ、と、乾いた音がして、しかし戦場に飛び交ういくつもの騒音に掻き消されて、数秒後、ロイはようやく自分の身体――否――全てが限界を迎えたのだと自覚する。
本当の本当に、指が一本も動かせない。
頭、意識はやけに澄み切っているのに、クリアなのに、戦場のど真ん中で行動不能に陥っていた。
そして次の瞬間――、
――仰向けになって、空を向いているロイの視界に唐突、グールの醜悪な顔面が映り込む。
ロイは(どうせ死ぬなら……ッッ)と、それ以上使ったら死ぬぐらい、生まれた時から身体に本来備わっている魔力を右腕のヒーリングと肉体強化に費やす。
しかしヒーリングと肉体強化と言っても、普通の状態に戻すというわけではなく、弱々しくてもなんとか敵を殴れるぐらいが限界だった。
人として終わっているのだ。動かせるようになれば、充分にヒーリングと呼べる。
筋肉が千切れているのだ。同じく動かせるようになれば、充分に肉体強化と呼べた。
「1体でも多くの敵が無理なら…………、1回でも多くの攻撃を…………」
それはもう執念とさえ呼べるような意志の強さだった。
だがロイの健闘は虚しく、血で汚れただけではなく、彼の左腕は完璧に、間違いなく、グールに噛まれてしまったのだった。
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