3章11話 血液、そして左腕(1)
その真下で、アリシア師団と、死霊術師のグール軍団は――、
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」
「「「「「愚オオオオオオオオオオ……オオオオオ……オオウウウ……ッッ!!!!!」」」」」
――雄叫びを上げ、唸り声を響かせ、剣で斬られ、腐敗臭がする口で噛まれ、魔術を撃たれ、泥のような血液で汚染され、戦々恐々の地獄のような戦いを繰り広げていた。
実のところ、結論を言うならば――、
――アリシア師団の敗北は99%決まっていた。
ここで重要なのは『アリシア』の敗北が濃厚なのではなく、『アリシア師団』の敗北が濃厚だということだ。
アリシアが戦っている相手が死霊術師だとしても、アリシア師団が戦っている相手は死霊術師を除けば、残りは全員グールなのだから。
敵軍のトップ、魔王軍の幹部である死霊術師の作戦は至って単純だ。
まず、特務十二星座部隊のアリシアの相手をできるのは自分しかいない。ゆえに、戦いが成立するように事前にスパイを潜り込ませて、戦闘の直前にアリシアを弱体化させる。
一方で敵から見た自分たち、アリシア師団から見た死霊術師の軍勢を死霊術師は想像してみた。
その結果、我と対等に戦えるのは、アリシアを置いて他にいないだろう、と、結論付けるのに、そう時間はいらなかった。
そして、自分とアリシアが殺し合えば、その余波だけで互いの陣営は壊滅的な被害を受ける。
そこで、死霊術師は魔王軍にはあって王国七星団にはない長所を生かすことにした。戦争で自分たちにはあって相手にはない武器を活用するのは定石と言っても過言ではない。
で、その長所、武器とは、魔王軍には死霊術が許されているということである。
王国は宗教の観念が強く、『善』としての人間を賛美し道徳を尊ぶゆえに、死者の冒涜は許していない。
その結果が『これ』だ。
アリシアは今、アリシア師団がグール軍勢と戦っている最前線と、後衛が揃っているエリアを魔術防壁で守りながら戦っている。敵ながら、死霊術師は凄いものだ、と、彼女のことを褒めたくなった。
無論、死霊術師はアリシアが守っている背後を狙うが、しかし、彼女は死霊術師の守っている背後を狙うことはできない。
なぜならば、そもそも、死霊術師は背後になにも守っていないから。
グールは動いているだけで生きていない。最初から死んでいる。
だから守る必要もなく、埋めるなり、肉片を残さず消滅させるなり、行動不能に陥らせるという意味で殺してくれてもかまわなかったのだ。
だが――、
なんと――、
それでも――、
――アリシア対死霊術師はほとんど拮抗状態ではあるが、アリシアがわずかに優位に立っていた。
けれど、重要なのはそこではない。
『アリシア』という個人の戦いが長引くだけ、『アリシア師団』という集団がグールと戦う時間は長くなってしまう。
当然、アリシアほど強くはないが、師団の団員だって選りすぐりの騎士と魔術師だ。弱いわけではない。弱いわけがない。
むしろ、王国の上位10%には収まるぐらいの猛者、強者ばかりの集団である。戦争に参加した経験がある騎士や魔術師がほとんどだし、無論、ほぼ100%と言っても過言ではないほど、実際に敵を殺した団員も多い。
だが、相手はグール。
殺す手段がない。最初から死んでいるから、殺す、という表現が使用不可なら、動きを止める手段がない。
このグールたちの最も厄介なところは脚と腕を斬り落としても、そこから流れる血液で、アリシア師団の騎士たちが汚染、腐敗されるというところだ。
――グールたちを光属性の魔術で浄化する後方の魔術師を、前方の騎士が守らないといけない。だがしかし、グールの噛み付きによる汚染、血液による腐敗から前方の騎士を守ろうとしても、後方の魔術師は神ではないから全てを救うことはできない。
徐々に、刻々と、しかし確実に、前衛を任された騎士の数は減っていく。
そして仮に、騎士たちが逃亡したら逃亡したで、前衛がいなくなった後衛、魔術師がどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。
一応、グールの数も減っていないわけではないが、彼らを浄化できる団員は少ないというわけではないが、全員ではない。しかもグールが敵を噛むだけでいいのに対し、師団側は術式を組む + 魔力の残量の都合もあるので、グールを10体倒す頃には団員が平均して15人も死んでしまう。
最後に――、
――噛まれた団員もグールに成り果ててしまう、ということも忘れてはならない。
そう、『これ』こそが死霊術師の考えた作戦だった。
本人としてはあまりにも認めたくない現実だが、彼が個人的にアリシアに勝つことは不可能だ。だからこそ、集団戦であることを活かしてアリシア師団には勝っておく、という考えに至ったのだろう。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
その死霊術師の手の平の上と化した地獄のような戦場の前線で、ロイ・モルゲンロートは自らの聖剣で、何回振りかざしたか忘れるほど、迫りくるグールを斬り伏せる。
斬ったグールなど、50は超えた。そこから先はもう数えていない。
体力の限界などとっくに迎え、回復するための魔力すら尽き果てた。
脚に電流のような激痛が走り、剣を持つ手は『血液』に汚れている。
視界がぐらつき、脚がふらつく。
紛うことなく絶体絶命。希望なんてどこにもない絶望の楽園。
だが、死にたくないから戦うしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます