3章10話 売り言葉、そして買い言葉(2)



 聞き返されると、死霊術師はアリシアと同様に、通常のエルフなら充分に殺せる威力の魔術を幾重、幾層にも使いながら、挑発目的で、舞台役者のように両手を仰々しく広げる。

 そして醜悪な感じでニィ……ッッ、と、白い歯を見せると、アリシアを煽った。


「つまらなそうな顔をしているな。面白いだろう? ――――笑えよ」


 馬鹿馬鹿しい、と、アリシアは内心で一蹴する。

 そしてクズを見下す目で彼女は応えた。


「ハッ、あなたが笑えなくなったら笑って差し上げますが?」


「つまり、死ね、と?」

「えぇ」


「やってみろ、力尽くで、だ」

「そうですねぇ、ならお言葉に甘えて、手っ取り早く殺しますか」


 さらに重ねた次の一瞬で、再三の瞬間移動、再四の瞬間移動、魔術を使わない肉眼では絶対に追えない速さで2人は天空を翔け巡る。

 繰り返す都度に早く、速く、より疾く、一方は神に愛され、一方は魔王に愛された2人の天才にして天災は、片や死んだような無表情で、片や喜色満面の哄笑を謳い、遥か空から見下ろした星の表面が刻々と変わり続けるほどの魔術を撃ち合う。


 けれど、アリシアの内心は――、


(この死霊術師……ッッ!!! 思った以上にはやりますね! ベースとなる実力は私の方が圧倒的に上でしょうが……認めざるを得ません! 予想よりも魂のストックが多い! 一体いくつ魂を喰ったんですか……ッッ!?)


 流石に少しは戦慄するアリシア。

 移動には時間を弄り、空間を超え、全てを傍から見れば一瞬で終わらせる魔術を使い――、攻撃には自分が得意とする5属性の全てを、混沌と呼べる領域まで複合した魔術を使い――、それでもまだ、彼女の前で死霊術師は無傷で嗤う。


 背筋に電流が奔るようで、思わず表情筋が笑顔の形に引きつる。

 冗談ではなかった。筋肉が引きつって笑顔になるなど、アリシアにとっては敗北を意味するのだから。


 だが、敵の実力に震えているのはアリシアだけではない。


(――――ッッ!!! このエルフは化け物か……ァァッッ!? 言わずもがな、状況は圧倒的にこちらが有利! 心臓に魔力を激減させるアーティファクトを撃ち込みッッ! 魔術を使う上で必要不可欠な脳を弾丸で削りッッ! こちらはこの日のために大量の魂をストックしてきてッッ! それでもまだ……ただ一度も魔術が通らないだと!? 撃っても大半を躱され、防がれ、当たっても即効でヒーリング! ハッ、ハハッ、一体どちらが真の死霊術師だ!? 不死身かよ、貴様ァ!?)


 死霊術師は、強く、強く、嗤うことを意識する。

 心が折れて表情が死んだら、眼前に大量の魔術を広げて見下ろすエルフに、自分から負けを認めたのと同義でしかない。たとえ負けて、魂のストックの全てを削り取られたとしても、この女の前では哄笑を響かせ続けないといけないのだ。


 ゆえに、皮肉だ、と、死霊術師はやはり嗤う。

 死人のような自分に、表情という活きた人間らしさを久々に与えたのが、敵、殺し合いの標的、命懸けの争いの相手だなんて、と。


「この男は――ッ」

「この女は――ッ」




「「――――ここで殺すッッ!」」




 再度、数えきれないほどの瞬動をなすアリシアと死霊術師。

 2人はうたげさえ彷彿させるような殺人魔術の乱舞を魅せて、天に業火、絶氷、暴風、滅雷を彩りながら、真下の地表にある森羅万象に終焉をもたらす。


 やはり、死霊術師の言うとおり、これは皮肉以外の何物でもない。

 アリシアと死霊術師は相容れないのに、2人の殺し合いに付いてこられる者は誰もいず、ゆえにこの死滅の押し付け合いに他の騎士も魔術師も不要だ。

 そのことにアリシアと死霊術師が同時に気付いた刹那――、


(――吐き気がします)

(――反吐が出る)


 と、アリシアは口元を強く結び、死霊術師は強く口元を吊り上げる。


 アリシアは意地でも死霊術師を殺し、彼を無表情にさせる。

 死霊術師は意地でもアリシアを追い詰め、笑うように脅迫する。


 そこにある唯一の理由とは売り言葉に買い言葉。

 これは殺し合いで、アリシアが売って死霊術師が買ったのだから、互いに己が命を対価に清算をするべきだろう。


「知っていますか?」

「なにを?」


 アリシアが静かに問う。

 そして死霊術師は答えずに、応えた。


「笑顔というのは、人間やエルフがまだ原始的だった頃、威嚇のための表情だったそうですよ? そして、威嚇というのは大多数が襲われた時に発生するんだとか。当然ですよね。威嚇のニュアンスは攻撃的な防衛手段であり、攻撃的といえども、結局は防衛手段なんですもの。なら、つまり――」

「あぁ、つまり――」


「――先制攻撃したクセに、あなたは今、防衛に回っているということ」

「――貴様が怯えれば、有利なのは貴様なのに臆病風に吹かれたということ」


 互いに挑発に挑発を重ねる。

 そして次の瞬間には再三、天変地異さえ思い起こさせるような規模、破壊力の魔術が視界の限界まで空を覆い、大地を歪める。


 空の青色は変わらないのに、流れる雲は一秒ごとに色を変えて――、

 ――翻って真下、大地は歪み、歪みに堪えられなくなった地点は地鳴り、重低音を唸らせて地割れを起こす。


 腕と脚が生えた惑星規模の生命兵器は、悪夢よりも悪辣で、死後の世界よりも凄惨な世界に、自分たちの殺し合いの舞台を創り替えた。

 本来、当たれば一撃で死ぬ魔術を繰り返し放ち続けて、今なお、敵軍のトップは悠然と自分に、同じく当たれば一撃で死ぬ魔術を放ち続ける。


 戦場よりも戦場らしく、死線よりも死線らしい破滅的な現状。

 普通なら精神がすり減って、1分やそこらで集中力と根気が尽き果ててしまうだろう。


 極限状態という状態に対して、さらに苛酷と熾烈を重ねた、精神が尽きたと同時に本当に身体も死ぬような現実で、アリシアも死霊術師も、事もなげに、的確に魔術を撃ち放つ。

 その真下で、アリシア師団と、死霊術師のグール軍団は――、


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