3章7話 竜人、そして空属性魔術
そして、その幻想種と肩を並べるぐらい生物であることを超越しているのが、他ならぬ特務十二星座部隊、序列第3位の【双児】、竜人であるロバートだった。。
幻想種が奇跡的な存在だとするならば、竜人は神秘的な存在とでも言うべきだろう。
神秘という言葉を使うから竜に、そしてその中でも俺様を自称するロバートの粗野な感じに似合わないが、要するに、彼らは神性を保有した生物だった。
この世界では知能指数が人間とほとんど同じ種族が多々あるが、たとえばエルフは人間と同程度の知能があっても、神性があるわけではない。
どれだけ道徳的に人は平等だと説いても、現実はそうではない。それを否定する決定的証拠はここにある。神性とは即ち、理想論に対してそう言わんばかりの生き物としての格の違いだった。
種族全体的に、エルフよりも高い魔術適性を得る傾向にあり、オークよりも素の身体能力が強い傾向にあり、病気にもかかりにくく寿命も長い。
そしてなにより、ゴスペルホルダーが他の種族よりも圧倒的に生まれやすい種族なのである。
「つまらねぇなァァァァァオイッッ!!!!! もっともっと! 俺様を楽しませてくれよォォォォォ!!!!! ――――詠唱ォォォ! 零ッッ、砕ィッッ!!!!!
「「「「「………………ッッ!!!!!」」」」」
敵は1万を優に超えるだろう。
敵の大半はこちらで言うところの小隊長クラスの実力者だろう。
つまり――興醒めだった。
眼前に広がる魔物の大群に、ロバートは心底見下した感じで吐き捨てる。
叫んだ瞬間、ロバートが相対していた敵軍の5%が、細胞の1つさえ世界に遺すことを
人体に使われている物だろうが当然、原子には電子や陽子が存在する。そして、量子の状態は観測によって波束の収縮が起こり始めて確定する。それを逆手に取り、敵の肉体に存在する全ての量子に対して、波束の収縮が起こらないように強制するのが、ロバートの敵を虚無に還す空属性魔術だった。
敵は死んだのかもしれないし、こことよく似たパラレルワールドに飛ばされたのかもしれない。
だが、今しているのが戦争である以上、敵の未来なんてロバートの知ったことではなかった。
それに、だ。敵軍の5%と言うと大した攻撃ではないように思えるかもしれないが、しかしそれは致命的な間違いだ。
1万を超える敵軍の5%を、たった1度の魔術で原子すら残さず消滅できる。単純な話、これを20回繰り返すだけで、ロバート師団はロバートだけで勝利することが可能なのである。
師団の団員たちはエルヴィス師団と同様に、先陣を切るロバートが逃した魔物を討つことを命じられていたのだが、その事実に、ロバートの遠く背後で目を見開き、バカみたいに口を開き、声を失い、時の流れさえ忘却した。
眼前の光景は現実か? 前方に広がっている蹂躙は夢ではないのか? 白昼夢にしては悪夢すぎないか?
そのように、師団の団員たちは現実の世界に、夢を見ている最中のような浮遊感さえ覚えざるを得ない。
無論、師団の団員たちの中には、何回も、中には十何回も、ロバートの『これ』を見続けてきた騎士や魔術師も多い。
だというのに、毎度のように驚愕に震えるのは単純明快な理由で、何回目撃しても同じ反応しかできないから。同じ反応をすることしか考えられないからだった。
だってそうだろう、と。
師団の団員たちは一様に思考を揃える。
人間は睡魔が襲ってきたらいつかは寝る。
では、睡魔が今後、死ぬまで一生襲ってこなくなることはあるか?朝、一時的に睡眠に飽きることはあっても、一夜ごとに結局は寝るのではないのか?
それと同じだった。
ロバートの魔術は空間に作用する以上に、本来そういう効果がないとしても、結果的には見た者全てに本能的な恐怖を与える。
簡単な理屈だ。
人間は世界そのものと比較したらあまりにも小さな存在なのに、目の前の男、王国最強の一角を担うオーバーメイジ、彼は紛うことなく世界に、空間そのものに干渉しているのだ。ある意味世界改変に片足を突っ込んでいるような魔術に、怯えない道理がどこにもない。怖がらない道理もどこにもなかった。
ウソ偽りなく存在の大きさが違う相手と接した時、人間は無条件で心が屈服を示すのだろう。
たとえば、子どもが見知らぬ身長が高い大人を見たら、よくわからないが少し怖さを覚えるように――、
たとえば、どんなに人間に優しいと、そう評判が良くても、初対面なら人間は竜に理屈ではない、もっと衝動的などうしようもない恐怖を覚えるように――、
――ロバートは視界に入れることすら躊躇った方が身のためと言えるほどの、本来なら曖昧にしか定義できない『存在感』というモノを、常に、確かに放っていた。
きっと、それはロバート本人にしても、抑えようと思っても抑えられるようなモノではないのだろう。
「――――っと、やらかしたぜ。俺様ほどの実力があるんなら、戦場の自然にも気を配って戦え――――なんて、さァ。クソがクソを漏らしたような要求が出てたんだったよなァァァァァァァァァァ!!!? 特務十二星座部隊とはいえ、戦闘集団である以上、参謀司令本部からの命令には従わねぇとなァァァァァァァァァァ!!!!!」
レナードのような口調で、同じくレナードのような発言をするロバート。
だが、レナードと彼には明確な違いがいくつもあった。
レナードが敵に向けるのは純粋な敵意だ。王国に属する騎士として、敵に、極めて正常に敵意を向け、そして聖剣を振るう。
翻り、ロバートが敵に向けるのは敵意ではなく殺意だった。敵意と殺意は似て非なるモノで、たとえば蟻を意図的に踏み潰すのに、殺意はあっても敵意は必要ないだろう。
そう、ロバートは敵軍の全てが蟻と認識できるほど、己が魔術に対して絶対的な自信を誇っていた。
レナードとロバート。前者が不良なのに対し、後者は戦闘狂。前者が粗野なのに対し、後者は危険。前者の戦いに挑む姿勢が死に物狂いなら、後者の戦いに挑む姿勢は傲慢の極致。
だが、ロバートはそれを自覚している。
その上で、自信に満ちているから、加えて結果も残しているから、直そうとしなかった。
「仕方がねぇぜェェェ!!! 詠唱ォォォォォ!!!!! 零砕ィィィィィ!!!!!
ロバートが言い終えると、世界が切り替わった。
いわゆる『階層』が通常のそれから乖離を見せた。
目に見える光景に一切の変化は見受けられないが、しかし、この亜空間の中で殺し合えば、たとえロバートが先刻の【繰り返した消滅の果ては空っぽの世界】を、実際にできるか否かは置いといて、無限に撃ち込んでも、本来、人間が生きている空間にはなに1つの損傷は発生しない。
「さぁ――往くぜェェェェェ!? 国王陛下に捧げる栄光の下準備だァァァァァ!!!!! 現実で悪夢を見せてやるよ! 詠唱零砕!!!!! 【繰り返した消滅の果ては空っぽの世界】!
なにも浮かんでいない虚空に、なにか魔術によって物質が発生したわけではない。
だが、まるで曇りガラス越しに世界を覗くように、空中に9ヶ所、途中から向こう側が歪んで見える領域は目覚めた。その歪んで見える箇所と、正常に見える箇所の境界線から察するに、9つのソレは極めて滑らかな球体を呈している。
大きさはまさに大型の竜の
ス――ッ、と、ロバートが荒々しくも、音楽会の指揮棒を掲げる指揮者のように右腕を空に掲げ――そして振り下ろす。
刹那、――――――――――――!!!!! と、聞こえない爆音が轟いた。透明な爆発が視界を奪った。その爆撃は無味無臭なのに、酷く苦くて、酷く火薬臭がする。それはまるで生存本能やクオリア、脳に直接情報を叩き込まれてしまったように。
敵の陣営はやはり万の位に届く戦力を整えてきているというのに、その虚無そのものを撃たれたことにより、暴力に次ぐ暴虐に次ぐ壊滅に次ぐ殲滅に次ぐ、絶望と言うのには攻撃的で、戦意喪失と言うのには憤慨を覚えるソレに、ただ、ただ、死ぬ。
死体の山なんて殺した数を数えるのに便利な物は残らなかった。
鮮血の海なんて殺した量を量るのに都合がいい物も残らなかった。
だが確実に、敵を殺し尽くしたという現実、真実は遺る。
背後では師団の団員たちが戦慄を堪えようとして、殺そうとして、しかし失敗する。
彼らは――、
――残党を殺せ。
――戦意喪失していても首を
――索敵も一応しておけ。
――万一、俺様の攻撃に耐えたヤツがいれば後始末を任せる。
そのように命じられたが、だがしかし、そのことを思い出すのに、かなりの時間を要したのは言うまでもない。
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