3章8話 召喚士、そして【合成天使】
ベティ師団には特務十二星座部隊の一員が2人いた。
序列第8位の【
師団の団員たちを戦場の中ほど~後方に待機させておき、王国最強の召喚士と、同じく王国最強の錬金術師は最前線でグールを
エルヴィスやロバートのような例外もいるが、他の師団とは違い、本来なら特務十二星座部隊のメンバーが2人いるからこそできる突撃だった。
「戦いのたびに考えるのでありますが、自分たちさえいれば大所帯の師団なんて、進軍の荷物、必要ないとさえ考えられませんでしょうか?」
例のごとく四方八方を死霊術師の操るグールに囲まれた状態だというのに、まるで日常会話のように、ベティはフィルに背中を預けてフラットに訊く。
対して、フィルもまたベティに背中を預けたまま、しかし彼女ほどフラットではなく、たとえ消化試合染みていたとしても、襟を正し、心底、真面目そうに返そうとした。
「そういうわけにもいかない。今回はどうやら戦闘の規模の割に出張ってこないが、魔王軍の幹部の中には、特務十二星座部隊に匹敵する力量を持つ
「戦闘ではなく化かし合いとはえい、出し抜かれたのは事実でありますね」
「保険は何重にも備えておけ。魔王軍との戦いに、備えて備えすぎ、ということは万に一つもありえない。最善の結果を目指すためには、常に最悪の可能性を念頭に置いておくものだ」
「万一、自分たちが死んだ場合、部下を連れてこないのはマズイ、と?」
「とはいえ、私たちでも勝てない敵と出会ったなら、旅団や師団でどうこうなるような相手ではないとも思うがな」
「ハッ、同感であります……ッ」
「違いない。さて、お前から左、私から見て右は私が片付ける。逆はベティ、お前に任せた」
「自分の方が序列は上であります! 命令しないでください!」
「強さの序列はそうでも階級は私の方が上だ――――往くぞ?」
瞬間、2人の姿が残像さえ置き去りにせずに消滅した。
その手品のような光景に、2人を囲んでいたグールたちは知能が低いゆえに、死霊術師によって組まれた思考回路がフリーズせざるを得ない。
だが、それも
ベティは王国最強の召喚士というだけあり、自分を召喚獣に見立てて、自分の身体をもといた場所から別の場所に召喚する、ということができるのだ。
翻り、フィルだってロイとの戦いの中で見せた
要するに、彼も彼で錬金術で自分の身体を一度分解して、別の場所に再構築するという荒業が行使可能だった。
ザッッ――と、2人は再度、地面に両足を付ける。
風に髪をなびかせ、七星団の制服の裾を遊ばせて、特務十二星座部隊の召喚士と錬金術師は一方的な殲滅を開始した。
「詠唱、零砕…………ッッ!!!
現時点で、世界で自分しか使えない錬金術の名をフィルは詠む。
これも【人体錬成・零式】と同じくロイとの戦闘で彼に披露してみせたが、【絶対支配領域の君臨者】の能力は一定領域内の流体や熱などの偏在性を弄るというモノだった。
つまり液体や気体などは弄れるが、固体を弄ることは不可能、という制限があるわけである。無論、【絶対支配領域の君臨者】以外の錬金術ならば固体の形を変えることは充分に可能だが、そもそもこの錬金術において特筆すべき点は『物質を変形させること』ではなく『偏在性を弄ること』にある。
つまり、なにが言いたいかというと――、
「結局は冤罪だったが、ロイ少年と戦った時は裁判する必要もあり、生け捕りを命じられていた。しかし、今は違う。【絶対支配領域の君臨者】は流体の偏在性を弄る錬金術。――――即ち! 敵の体内に空気を強制的に送り込み、内側から破裂させることさえ実に容易い!」
刹那、フィルが語るようにグールの身体は爆散した。
血が弾け、肉が飛ぶ。フィルを取り囲む100や200は下らないグールの軍勢はただ一度の悲鳴すら上げられず、彼が動かした気体によって、ようやく真に天に召されたのであった。
「――どうした? かかってこい、屍。なにを怖れる必要がある? どこに慄く道理がある? ここは戦場、時は戦時中、私たちとお前たちは大陸を二分する勢力の敵同士。殺すか殺されるかの2択を常に突き付け合う間柄だろう? ――嗚呼、殺しにこないというのなら、是非もない、こちらから殺しに往かせてもらう」
それからもフィルはグールの体内に空気を注ぎ続けた。
視界の端から端を腐敗臭のする濁った紅で覆い尽くし、その上には肉が
湧き上がるような喜びはない。
だが、グールとはいえ敵を1000より多く殺した罪悪感も覚えない。
七星団、つまり軍事力を持った組織の一員として、与えられた任務、割り振られた仕事を、感動も、感慨もなく、機械のようにこなしていくだけ。
では、こなすことが不可能な状況に陥ったら?
フィルは自問自答する。そして彼は、その時はただ、自分の方が死ぬだけだ、と、残骸が広がる勝利の平原でなにも感じずに瞑目した。
◇ ◆ ◇ ◆
一方で、多少離れたところにて、ベティの戦闘も終焉を迎えようとしていた。
「自分たちは国家の犬であります! 国王陛下の配下であり、民草のために剣を振り魔術を撃つ戦争の代理人! 親愛なる国民の方々の生活圏内には、一滴の流血さえ残すわけにはいきません! 返り血を浴びて紅に染まるのは自分たち七星団だけで十分を超えて十二分! 必然、汚れて見えるでしょう。
ロイの前世と同様に、この王国にも天使という概念は存在した。
そして以前、ロイはベティの手袋の手の甲の部分に記された召喚陣を見て、天使を召喚する召喚陣だ、と、戦慄したが――しかし、彼は天使の種類までは判別できていなかった。
ゆえに、アリシア師団ではなくベティ師団の方に彼が配属されていたならば、さぞ、絶句に次ぐ絶句を覚えただろう。
なぜなら『それ』はこの世界で、特定の宗教に入っている信者ならば発狂寸前の魔術だったのだから。
「セシリア殿はよく、神様は乗り越えられる試練しか与えないよ♪ と仰ります。しかし、試練は試練。神様が与えようが悪魔が与えようが、試練は必ず乗り越えなければならないモノです。それを用意した存在が誰であろうが関係ありません。仮に試練を用意した存在が悪魔だろうと人間だろうと、目の前に試練があるという現実が、自分にとっては全てなのでありますから。
信仰とは人が幸せになるための手段の1つに過ぎません。そしてその信仰で不幸になる人間がいるからこそ、自分は信仰を捨てました。
戦争に幸せなんて存在しない。だからこそキチンと現実を直視して――――戦争に勝てるならば、自分は天使だって兵器として扱います」
それはこの世界に存在する数多くの天使の強いところを厳選して、弱いところを削ぎ落として、厳選した部位を繋ぎ合わせて複数の天使で1つの天使を象っていた。
その証明のように、繋ぎ目には何重にも杭と鎖が撃ち込まれており、身体の大きさは部位によってチグハグで、視界に入れているだけで、吐き気よりも強い背徳感さえ覚えてしまう。
【合成天使】という名前ではあるが、これは錬金術をどこにも使っていない。
神話の時代、天使が地上に降りた時、天使たちは普段のままだと人間が本能で認識を拒むから、人間でも認識できる姿になって現れる。つまり、人間が天使に理想の姿を押し付けている、言うこともできるだろう。
そして召喚術における召喚陣とは、召喚の対象が住む領域に直接設置されたゲートのようなモノだった。
ならば、と、ベティは考えた。
ならば天使が普段のままで存在しているエリアに召喚陣を設置して、たった一度の召喚術で複数の天使を召喚しようとする。すると明確な形状を持たない本来一種の偶像である天使はゲートの手前でごっちゃ混ぜになり、そのままゲートを通ると合成されたまま人間が認識できる姿となって、結果――――『これ』が生まれる。
正気の沙汰ではない。
狂気の沙汰ですら生温い。
発狂を超える新しい言葉、表現が必要なぐらいイッっている。
キチガイすら頭がおかしい、と、ガクガク震え、犯罪者すら理性を持っているなら、これはしちゃダメだ、と、青ざめる、宗教が広く親しまれている国家ではありえないレベルの前人未到のサイコパス。
「自分は便宜上、この天使をアレス、と、呼んでいるのでありますが――目の前に天使がいるのでありますよ? 跪くか死ぬか程度してもらいたいものであります」
そして、エルヴィス師団、シャーリー師団、ロバート師団に次いで、ベティ師団の戦闘も終わりを迎えた。
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