2章7話 エルヴィス、そして彼の聖剣(1)



 翌朝――、

 アリシア師団がかまえている地点から、南に十何kmも離れた地点、エルヴィス師団にて――、


 集合はすでに終了しており、そこに集った万の位に届きそうな師団の一員たちは口を堅く噤んで、開戦のときをただ静かに待っていた。


 師団の最前線に立つのは特務十二星座部隊の序列第5位、【獅子】の称号を国王陛下から授かった聖剣使い、エルヴィス・ゴルトベルク・ランゲンバッハだ。

 また、彼の横には同じく聖剣使いであるレナード・ローゼンヴェークも並んでいる。


 団員たちは寡黙を貫いているものの、レナードというエルヴィスにとって唯一の弟子に、興味と関心の視線を送っていた。

 ある者は、お手並み拝見、と。また、ある者は、面白い、と。


 レナードがまだ学院の在校生であることは、この師団の一員ならほとんどの者が知っている。

 しかしこの場に立った以上、しかもエルヴィスの真横に立っている以上、青年ということは関係なく、むしろそこには小さいとはいえ、確かに憧憬の灯があった。


 団員はみな一様にエルヴィスに魅せられている。

 ゆえに、そのエルヴィスから実力を認められたレナードにも、多くの者が関心を寄せていた。


 聖剣使いだから実力が伴っていなくても特別扱いされるのだろう? 仮にそうレナードに問う人がいるならば、それは愚問だと言わざるを得ない。

 聖剣使いだからこそ、その聖剣に見合う実力がなければバカにされるだろう。とどのつまり、貴様にその聖剣は重すぎる、と。


 事実、似たようなことをレナードに言おうとした団員も少なからずいた。

 そして、エルヴィスもそれを止める気はなかった。


 しかし、レナード本人がそれを封じたのである。

 他ならぬ、本人の背中から放たれる純度の高い透明な殺気によって。そのようなことを訊くなら試してみるか、と、言わんばかりに。


「エルヴィスさん――正気ですか?」


 七星団学院の在校生の身でありながら、その背中に大きな期待の視線を向けられている中、レナードはそれに、特に浮かれることもなく、隣に立つエルヴィスに訊いた。


「――『師団長自ら特攻を仕掛けるから、全員あとに続け』『意味不明で理不尽なゴリ押しで敵を陣形を崩したら、その機を逃すな』なんて」


「不服か?」


「…………ッッ」


 エルヴィスはレナードを一瞥して、その凄みだけで彼のことを黙らせる。

 だがそれは、応えであって答えではない。


 言外に、正気か否かは言わずともわかるだろう、と、その獲物を追いかけ始める直前の獅子のような張り詰めた雰囲気が伝えていた。


 対してレナードは確かに、それは訊くだけ野暮だった、と、自嘲気味に苦笑する。

 さらにエルヴィスは彼のその苦笑を耳にして、好戦的に口元を吊り上げ、満足気に頷いた。


「言わずもがな、オレはこの師団における最大火力を誇る最大戦力だ。なら、それを惜しみなく使うのは道理というモノではないか? 陣営における最強を戦場に投入しないなど、それこそオレは不服だ」


「ですが、問題はそこじゃないッスよ」


「ほう?」


 と、愉快そうに前を見据えながら相槌を打つエルヴィス。

 翻ってレナードは一瞬、目を伏せる。そして逡巡した。それはなにを言うか、という内容を考えたそれではなく、言っていいのか否かを考えたそれに他ならなかった。


 そして意を決し、目を開き、呼吸を整えてエルヴィスに問う。


「なぜそこまでわかっているのに、最大戦力に師団長なんて役職を与えたんですか?」

「わからないのか? それが理想的な英雄の姿だからだ」


 まるで、世界には空間が存在する。世界には時間が流れている。その程度の当たり前な事実をわざわざ説明するように、エルヴィスは軽く、事もなげに自然体で返した。

 そこには自分の発言に対する一抹の不安もなく、同時に、一片の曇りもない。


「――――」


 ゆえに、だからこそレナードは黙る。そこにはエルヴィスに対しての促しのニュアンスがあった。

 エルヴィスはレナードのことを弟子として認めたが、今はその逆で、レナードがエルヴィスのことを半ば試している。返事の如何いかんによっては、エルヴィスの師としての器にヒビが入るだろう。


 上等。

 弟子が師匠を試すとはいい度胸だ、と、エルヴィスはレナードに好感を抱いた。師匠に弟子を試す権利があるのならば、逆に弟子が師匠の器を試す権利があっても然るべきだろう、と。


 ゆえに、それに異論はない。

 エルヴィスはレナードに試されてやることにした。


「陣営における最前線に立つ最大戦力が師団長を務める。確かにそれはハイリスクな人選だ。というより、ロジカルに考えたらデメリットしかない。それは流石にオレも認める」


「まァ、当然ですね」


「あぁ、見栄えがよく、格好が付くが、しかしその者が倒れた時、その陣営は壊滅的な被害を免れない」


 師匠に対して、それも特務十二星座部隊の一員に対して、限りなく無礼にもレナードは嘲るように肯定した。

 2人の会話を耳にしていた最前列の師団の団員なんかは、今にも卒倒しそうな感じでヒヤヒヤする。


 しかし、心配は無用だった。

 エルヴィスは『それ』を理解して、得心しているので、レナードに何気なく返す。


「だが、先刻も口にしたが、理想的でもある。言い換えるなら、非常に物語的だ」

「……プロパガンダの一種ですか?」


「あぁ、組織の最上位に立つ者が戦場の最前線にも立ち、数千の敵を悉く斬り伏せる。勇猛果敢の体現にして、不屈不撓ふくつふとうの具現。で、だ。それが数々の屍の山を築き、流血の海を越え、だが自分は死なずおのが聖剣を晴天に掲げ生還した時――身震いするほどの歓声が湧くだろう」

「――――」


 レナードはなにかを言おうと思った。

 けれど、なにを言葉にしたところで、今のエルヴィスの主張の肯定にも否定にもならないと思い知る。


 その考え方に呆気を取られたというほどレナードは間抜けではなかったが、しかし、今のエルヴィスの主張には間違いなく自分にはできない発想が含まれていた。

 今の意見はレナードよりもロイの方が共感できるはずだろう。


「見栄えがよく、格好が付く。ただそれだけであり、それだけで充分だ。理想的な英雄であるがゆえに、オレの後ろに続く団員たちはこぞって前へ、前へ、と、突き進む。特務十二星座部隊のエルヴィスのように自分もなりたいと、憧れを抱く。自明の理だとは思わないか? 上が動かなければ下は付いてこない」


「博識ですね」

「違う、ただの経験だ」


「…………」

「ロイには悪いが、正直、お前とロイとだったらお前の方が確かに賢い。物分かりが良くて、地頭も良い。しかし、だからこそ見えていない部分がある」


 レナードの評価をエルヴィスは一蹴する。

 博識なんて知的なモノではない、と。もっと原始的で、もっと非論理的で、しかし、知識とは違い、手に馴染むような感覚が教えてくれる根拠のない、だが信頼できる持論だ、と。


「なぁ、レナード」


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