2章6話 幼女の姿、そして伏線回収(2)



「以前、ボクがアリスとアリシアさんのお父さん、アリエルさんと花嫁略奪騒動を起こしてしまった時、アリシアさんは幼女の姿を家族には見せられない~、みたいなことを言っていましたよね。それって――」

「シンプルに機密事項だったから姿を見せられなかったんです。ですので本来、ロイさんに正体を明かしたのはルール違反なんですが、明かしても罰せられない環境が整っていましたからね」


「ボクはあの時、アリスを助けることに手一杯でしたし――」

「――仮にお父様やアリスにこの姿を見せたら、散々質問攻めに遭って魔術的な病院に行くことになりますが、あの時、私と信頼関係を築かないで損をするのはロイさんの方だったはずです」


「えぇ、仰るとおりです」

「それに、特務十二星座部隊は王国最強の戦闘集団です。その上から2番目の実力者でさえ、敵軍のトップに先ほど説明したような戦闘しか仕掛けられず、最終的には実力を封印された。そしてそのままではジリ貧と判断して戦略的撤退、要は尻尾を巻いて逃げた。そのようなことを、家族とはいえ七星団に所属している団員以外に打ち明けられますか?」


 ロイは反論できなかった。アリシアの説明した事実は王国の全国民に深い絶望、激しい動揺を与える。

 そして七星団の団員、ロイの前世で言うところの自衛隊員、あるいは外国の軍人は、たとえ家族であっても機密事項を話してはいけないのだ。


「私が負けたという事実は極論かもしれませんが、しかし現実でもありえるレベルで、七星団を少なからず敗色濃厚ムードにするはずです。だから、極力隠しとおす必要がある。当然、一方的にこちらが説明を聞かせておいて恐縮ですが、ロイさんにも守秘義務を要求します」

「もちろんわかっています。今のボクはアリシアさんの部下ですので」


「それで、2つの質問はどのようなものですか?」

「今ここで話したことを、ボクに説明する気になった理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 すると、アリシアはもちろんと言わんばかりに姿勢を正した。


「まず前提として、ロイさんはこの間、ようやく七星団の一員になってくれました。つまりこれで説明する理由がなかったとしても、仮にあったり、いっそのこと作った場合、それこそ今のようにやり方によっては説明できるようになった、ということです」


「――――」

「それで理由についてなのですが……いろいろと自分なりに考え、何個か理由がある中、その何個かある理由の共通点は、すでにロイさんには幼女の姿を見せている、ということです」


「あっ、そういえば、遠征前の挨拶の時は大人バージョンでしたよね?」

「えぇ、仰るとおり、人前では極力、大人バージョンで、幼女の姿の時はアリシア以外の名前を使うこともあります。ですからロイさんには中途半端に隠すよりも、全ての情報を与えて、周囲に隠す必要性を理解してもらった方が合理的だと、そう考えたわけです」


「そうです――、ね? ……あれ?」

「どうかなさいましたか?」


 いや、待て、と、ロイの脳裏でなにかがざわつく。

 なにかが違う。なにかがなにかを隠すように被さっている。直感にすぎないが、しかし致命的な見落としがあると断言できた。


 なにか違和感があるのにその正体がわからない場合、それは基本的に忘れている過去の情報が原因である。

 ゆえにロイはアリシアに関する記憶をひっくり返して――、


「なるほど、謀りましたね、アリシアさん」

「――――」


 ロイが真剣な顔付きで指摘する。

 翻ってアリシアはニコニコしているだけだった。


「アリシアさんはすでに幼女の姿を見せているから、ボクに事情を説明した、って説明してくれましたが――そもそも、ボクが最初にあなたの幼女の姿を見た時、あなたはまるで隠そうとしていなかった」


 ロイが思い返したのはレナードと初めて第1部決闘した夕暮れ時中編、その1日前のこと1章9話と、十数分前のこと2章3話の2つの記憶だ。


 1日前の時点でロイはお遊びと称されてアリシアと戦い、ただの幼女ではないことを理解している。

 そしてその翌日、レナードとの初戦の少し前に、学院長室に呼び出されて――そう、大人バージョンではなく幼女の姿のまま、自分は特務十二星座部隊のアリシアだと、そのように自己紹介されたのだ。


 どこからどう考えても事情を隠そうとしていない。

 むしろ、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインー=幼女の姿ということをひけらかしている感じさえある。


「つまりアリシアさんは意図的に幼女の姿をボクに見せて、事情を説明するハメになってしまいますが、それと引き換えに、ボク、つまりエクスカリバーの使い手をいずれ自分の近くに置けるように、あの時から計画していたんですね」


「――――」


「機密事項を守ってもらうために事情を説明する必要性があるということは、一見するとデメリットしかないかもしれませんが、今回に限って言うなら、ボクを手元に置けるメリットがあります」


 ロイが指摘すると、アリシアは心底嬉しそうに口元を緩める。

 やはりこの少年は別格だ、と、表情だけで言葉が伝わってきそうなぐらい。


 簡単にまとめると、アリシアの作戦は意図的に秘密を明かして、秘密を説明するから仲間になってね~、という白々しいモノだ。

 小説なんかでよくある、仲間以外に秘密がバレたから、その人を仲間にすれば問題ない。仲間以外に秘密がバレたことにならない! という作戦を意図的に行ったわけである。


「正解です。私はあの時からロイさんのことがほしかったから、その段階で幼女の姿をひけらかしていました。ですが、勘違いしないでほしいことがいくつかあります」


「勘違い?」

「まず、ロイさんを私の側近にする計画はアリスの結婚騒動の時点でありましたが、アリスの結婚騒動を都合がいいから使わせてもらう、と、そう考えてあのような展開になったのではありません。アリスも救いたいし、ロイさんに関することもクリアしたい。どちらか1つを選べないから一石二鳥を狙って、そして成功した、という感じです」


「他には?」

「もともと、それこそロイさんがエクスカリバーを例の石から抜いた日から、あなたが七星団に入団することは既定路線でした。もちろんあなたに戦う意志がなければ話は別でしたが、エルヴィスさんの勧誘が成功して七星団学院への入学が決まった時点で、同時に七星団への内定も半ば得ていたようなモノなんです」


 自分の想像を遥かに超えていろいろと仕組まれていたそうだ、と、ロイは内心で割と驚く。

 エルヴィスがロイに王都へ来るように勧誘したのなんて3年以上第1部前半前の話1章8話だ。


「まぁ、本当はあと数年、様子見のはずだったのですが、ロイさんがこちらの想像以上に優秀だったため、こんな早くになってしまいました」


「それで、それからは――」

「以前にも言ったかもしれませんが、私はあなたとジェレミアという貴族の息子との決闘を、エルヴィスさんに誘われて観戦していました。そこで私はあなたに入れ込むようになり、七星団の一員になっても比較的生存率が高くて、安心できる自分のグループに入れようと考えたわけです」


「入れ込む?」

「ふふっ、そこまでおかしなことでしょうか? アリスのようにあなたのことを男の子として好き、恋しているというわけではありませんが――しかしロイさん、あなたは人として立派です。あの時、あなたはシーリーンさんのために命懸けで戦ったのでしょう? それを立派と言わずになんと言うのですか」


 性格は違うものの、こういうところはアリスと血が繋がっているなぁ、と、ロイは思う。

 アリスももともと、ロイのことを人として尊敬できる、誠実だと言っていて、恋愛感情はシーリーンを救う勇姿を見て、偶発的にあとから、言ってしまえばおまけとして付いてきたらしい。


 それと同じで、アリシアもロイのことを、人としての本質を理解してあげるような視点で見ているのだろう。

 上っ面ではない。キチンと内面を見てそう言ってもらえると、外見などをカッコイイと言われるよりもよほどロイも嬉しかった。


「それで、ロイさん? あなたは私のことを、信じてくれますか?」


 と、幼女の姿だからだろうか? やたら無垢な瞳でアリシアはロイに問う。

 そしてロイはバレないように心の中で溜息を吐いて――、


「もちろんです。アリシアさんは師団長で、ボクはその師団の一員です。部下が師団長を信じないなんて言語道断。特に、王国七星団は軍事力を持った組織ですから。ガクトのような人間もいるかもしれませんが、アリシアさんはそれに当てはまらないと信じています」

「あらあら、ふふっ、ありがとうございます、ロイさん。私を、信じてくれまして」


 言うと、アリシアは外見よりも大人びた感じで上品に笑ってみせた。


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