2章8話 エルヴィス、そして彼の聖剣(2)



「――なんですか?」

「人はお前が思っているよりも、感情で行動しようと思う生き物だ」


「感情で行動する生き物、じゃなくてですか?」

「あぁ、確かに人はなにかを成し遂げたい時、そこに上手く辿り着けるようにと論理的に行動するが――そもそも、そこに辿り着こうと行動し始める理由、始まりだけなら、それはいつだって感情だ」


「…………」

「オレを師団長に据えることに、デメリットばかりだと言うお前の気持ちはよくわかる。しかし、だ。オレが今言ったことを実際に成し遂げた時、レナード・ローゼンヴェークは、エルヴィス・ゴルトベルク・ランゲンバッハに魂が惹かれないのか? オレの背中に付いてこようと思わないのか?」


 つまりは、団員の多くがエルヴィスのようになりたいと思う中、レナードは例外なのか、と、エルヴィスは確認している。

 それを、意地悪だな、と、レナードは内心で笑った。


 本当に例外なら、つまりエルヴィスに憧れないなら、レナードは騎士として向上心がないことになる。

 当然だろう。エルヴィスは騎士の頂点の一角に立つ男なのだ。上を向く心というモノが向上心なのに、エルヴィスを目指さないまま向上心を抱くなんて不可能の極みと言っても過言ではない。。


 一方で、実際に向上心があり、エルヴィスに憧れるならば、精神論はあてにならないと考えているレナードは論破されたことになる。

 確かに、自らの立場に置き換えられたことで、論破はされた。だが、釈然としない。ゆえにレナードは――、


「思う。だが――」


「だが?」


「それだけじゃ、満足できねぇ。いつか超えるぞ、その背中を」


 ――ゆえにレナードはエルヴィスに挑発するような物言いをする。

 それに対してエルヴィスは、いい度胸だ、と、言葉に出さずともレナードを褒める。


「なら努々ゆめゆめ覚えておけ。ここまで言っておいてアレだが、理想的であることと無謀であることは断じて違う。確かに、従来の戦争ならお前の言っていることの方が正しいだろう。しかし、その上でなぜ、オレの師団は例外なのか? その答えは至ってシンプルで――――オレが強いからだ」

「…………ッ」


 たとえ1人で1000人を相手にしても死ぬことはない。

 そういう雰囲気を放ちながら事もなげ言うエルヴィスに、思わずレナードは言葉を失った。


 未来視を使える魔術師によれば、本当にもう間もなくで戦闘が勃発する。ゆえに当然、見栄なんて張っている場合ではない。

 だからこそ逆に、それが素のリアクションなのだろう。戦争で人が死ぬのは免れないことなのに、自分は絶対に生還できるという確信が彼にはあるのだ。


「それを踏まえて、やはり理想を天高く掲げなければ、人は自分の背中に付いてこない。そして当然、理想だけで人は動かず、世界は変わらず、理想を現実に変えるためには、それ相応の成果、実力の証明が必要になってくる」

「それが――キングダムセイバーの矜持、か」


 静かにレナードは口を開いて訊く。

 それをエルヴィスは厳かに肯定した。


「然り、結果が全てと言う気はまったくない。そして同時に、過程が全てと言う気もまったくない。ならば当然の帰結として、結果も、そして過程も、その両方を充たせばいい。オレの思い描く理想の英雄とは即ち、王道という過程を往き、勝利という結果を掴む戦士のことだ。どうだ? どちらを欠いても理想から外れるとは思わないか?」

「――思い知りましたよ。自信なんて曖昧なモンじゃねぇ。本当に、確信しかないんですね」


「なら、問答はこのへんにしておこう。オレの答えに満足したか?」

「認めざるを得ないですね。今の俺とあなたじゃ、剣の技量どころか心構えからして格が違う」


 少しだけ、レナードは不貞腐れている感じだった。

 あわよくばエルヴィスに攻撃ならぬ口撃を仕掛けようとしたが、失敗に終わってしまったのだから。


「フッ、そんなこと、言われなくてもわかっている」

「ただ、最後に1つだけ」


「許そう」

「今日じゃなかったとしても、人はいつか必ず死ぬ。その時がきたら、どうする?」


 レナードは問う。

 対して、エルヴィスは問い返す。


「レナード、お前は早死にしたいか?」


「いいや、まったく思わないですね」

「オレも一緒だ。だから、その時のことはその時考える。今は目の前の現実に全力を尽くす」


「――――」

「死んだらどうするなんて愚問だぞ。オレだろうとお前だろうと、死んだら終わりだ。生きるために考えることはあっても、死ぬために考えることなどなにもない」


 そろそろ時間だった。

 ふと、エルヴィスはマントを翻して敵軍がくるであろう正面から背後に向き直った。そして今から自分に付いてくる師団の団員たちを、今まで話していた壇上から睥睨へいげいする。


 ――瞬間。

 エルヴィス師団の団員たちの背筋に戦慄にも似た震えと痺れがはしった。


 今、ここに、戦場の心得は完了し、紛うことなき臨戦態勢が整った。

 エルヴィスの疑似的な殺気によって、1秒にも満たない時間で、だ。


 これから戦争が始まる。

 それに一切合切の弱音は必要ではなく、同時に、ただ鬼気迫るような気迫、勢いだけが必要条件でしかなかった。


 1万にも届きそうな自軍の騎士たち、そして魔術師たち。

 その全てに、身命を賭した真剣であること、が、伝播したことを確認して、エルヴィスは叫び始めた。


「ここに集った誇り高き騎士たちよ! 誉れ高き魔術師たちよ! 貴様らは、この日、この場所で、死んでも生きても英雄になる! 国王陛下に心臓を捧げ、王国の戦う力を持たない民のために身体を使う! 敵は王国に刃向かう魔王軍! 手加減する理由はどこにもなく、手心を加える道理もどこにもない! 実に上等だとは思わないか!? 手加減も手心も必要ないというのならば、一切の文句も受け付けない完全無欠の圧勝だって夢ではないのだぞ!? 無論、最初から勝利を確信して演説するなど、バカの妄言だ、と、賢しいフリして斜に構える愚者もいるだろう。――しかし! 言いたい者には言わせておけ!」


 そして、エルヴィスは一回、深く息を吸うと、続ける。


「英雄とは! 常に自分の勝利を! 凱旋がいせんを! 栄光を! 自分自身で信じている者だ! 確信とは即ち、確かに信じるということ! ゆえに! 勝利と凱旋と栄光を自分で確信できないヤツは英雄ではない! ならば問おう! 英雄として生きるのと、英雄ではないままその生涯を終えるのと、どちらが血沸き肉躍る!? 愚問だ! 当然前者だ! ならば確信できなくても、意地で確信しろ! それが王道を往く英雄であるということだ! 笑え! 喜べ! えろ! 剣を振るい魔術を撃て! ここをどこだと心得る!? 紛うことなく戦場の最前線で、つまり、勝利という結果の故郷だ! そして、死んでも生きても英雄になれるというのなら、どうせなら生きて帰ろうではないか! その暁には、国王陛下が用意してくれる浴びるほどの酒と極上の肉が待っている!」


 瞬間、全軍が爆音にも似た歓声を上げた。轟音に等しい雄叫びを上げた。

 騎士たちは剣を掲げ、魔術師たちは利き腕を天に突き上げる。


 誇張ではなくその約束された勝利に対する咆哮で、地が揺らぎ、大気に風が発生する。

 我こそが英雄であると主張するように。我こそが勝利の体現であると胸を張るように。


 そして、最後に――、




「 往くぞ! 出番だ! デュランダルッッ! 」




 ――という、エルヴィスの聖剣の顕現を以って全軍が突撃を開始する。

 加えて、それから十数分後には、ロバート師団、シャーリー師団、ベティ師団も全軍突撃を開始した。


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