1章9話 行軍前夜、そして約束ではなく口癖



 あれからさらに数週間が経った。

 その間に、魔王軍の部隊の一部が王国領土に向かい侵攻を開始。対して王国七星団も防衛線を張るように移動を開始しよう、と、そのような指示が全体に下り、今夜は移動の前夜にあたる夜だった。


 今回の大規模侵攻で、魔王軍は5ヶ所同時に侵攻する。偵察部隊からそのような情報が入っていたので、七星団もそれを考慮して、同じく5ヶ所に防衛線を展開することになった。

 だがしかし、ロイがアリシア師団(約1万人)に付いていくのに対し、レナードはエルヴィス師団(同じく約1万人)に付いていくことになる。


 北から数えて1ヶ所目の防衛線の担当師団はアリシア師団で、これを受け持つ特務十二星座部隊のメンバーは【金牛きんぎゅう】のアリシア。

 2ヶ所目の担当師団はロバート師団で、これを受け持つのは序列第3位の【双児そうじ】、空属性の魔術を得意とするオーバーメイジのロバート。


 3ヶ所目の担当師団はシャーリー師団で、これを受け持つのは序列第4位の【巨蟹きょかい】、時属性の魔術を得意とするオーバーメイジのシャーリー。

 4ヶ所目の担当師団はエルヴィス師団で、最後に、5ヶ所目の担当師団はベティ師団で、これを受け持つのは序列第8位と9位、【天蠍てんかつ】の召喚士であるベティと、【人馬じんば】の錬金術師であるフィル。


 そして戦場以外では、序列第1位【白羊はくよう】のロイヤルガードであるエドワードは万一に備え国王であるアルバートの護衛に務める。

 序列第6位と第12位、【処女】のセシリアと【双魚そうぎょ】のカレンのカーディナル2人組は同じく万一、どこかの師団が敗北を喫して、そのまま魔王軍の兵士が流れ込んできた場合に備え、光属性の結界を担当する計画だ。


 第7位のカーティスと第11位のニコラスは5つの師団のバック、セシリアとカレンが展開する結界の少し前で、師団ではないが充分に戦力になる部隊の隊長を各々務めて待機。

 最後に、運命を察知するチカラを持つイザベルが参謀本部でそのチカラを十全に発揮する、というポジショニングとのことである。


「――そして当たり前だけど、ヴィキーは王都に戻るんだね」

「不服ですわ! とってもとっても不服ですわ!」


 遠征の前夜、ロイはヴィクトリアに別れの挨拶をするため、彼女の部屋を訪れていた。

 で、別れの挨拶をして、ロイがその発言をすると、ヴィクトリアは発言どおり本当に不服そうな表情かおで頬をぷくぅ、と、膨らませる。


「でも、ヴィキーは戦えないでしょう? 百歩譲ってお姫様っていう立場を考慮しないとしても、実力を考えて」

「流石ロイ様! 友達だから立場を考慮しない、という考え、とても嬉しいですわ。でも、その、えっと――」


「? なにかな?」

「わたくしはロイ様の親友なのに、なにもお力添えできなくて、自分の無力をどうしても噛みしめてしまいますわね……」


 今、2人は窓際の椅子に座っていたのだが、ヴィクトリアはふと、窓の外の夜景を遠い目で眺める。なにかに、なにかしらの、思いを馳せているのだろう。


 ロイは隣でそれを静かに見守るだけだった。

 そして数秒後、ヴィクトリアはやはりふと、ロイに落ち着いた感じで問いかける。


「ロイ様――わたくしに、親友としてなにかお手伝いできることはありますの?」

「ボクはその気持ちだけで充分だよ」

「わたくしは気持ちだけでは不充分ですわ」


 みんなが寝静まり始める時間帯に相応しく、ヴィクトリアの声は小さくて、穏やかで、和やかでさえあったが、しかし、その反論には強い意志が宿っていた。

 自己中心的な言動というには相手を思う優しさがあって、駄々をこねているにしては冷静さを失っていない。だというのに、やはりどこか、自分の思い通りにならないと不満そうである。


 要するに、ヴィクトリアはロイを、親友を1人にしたくないのだ。

 無論、ロイには帰りを待っていてくれているシーリーンたちがいるし、別の戦場にはレナードがいて、彼とように同じ目線で話せないものの、同じ戦場にはアリシアがいる。


 だから厳密に言うならば、ロイを1人にしたくないのではないのだろう。

 ただ、自分の目の届かない範囲に行ってしまうロイと、なにかしらの繋がりがほしいだけなのかもしれない。


「ヴィキー、どうして、そこまで――」

「親友が困っていたら手を差し伸べてあげるのが、理想の友人関係というモノですわ」


「まぁ、困っているというより、抗っている、って感じだけどね」

「そんなの、些細なことですわ。どちらにせよ、わたくしはロイ様の助力になりたい」


 その友達の助けになりたい、という感情はロイも心の底から嬉しかった。

 同時に、そういう友人関係についても、ロイはヴィクトリアと一緒で理想的だと考えている。


 しかし流石に、ロイにとってヴィクトリアは友達でも、一般的に彼女は王女なのだ。ゆえにここに残るという選択肢はどう考えてもありえない。

 だからロイは今、ヴィクトリアのことを論破しようと思えば論破できるが――それをしてしまえば、彼女に共感している自分さえ論破できてしまうことになってしまう。


 ここで重要なのは1つ。

 ヴィクトリアではなくロイが、感情と理屈のどちらを大切にするか、ということだ。


 共感できるから論破することを控えるか。感情を抑えても論破してしまうか。

 で、その発想まで至った瞬間、考えるまでもない、と、思わずロイは笑ってしまう。そうだ、どちらを選ぶかなんて最初から決まっている、と。


「わかったよ。なら、今すぐに思い付くのは1つしかないけど、ヴィキーに頼みたいことがあるんだ」

「わぁ、本当ですの!?」

「うん、こんなところでウソは吐かないよ」


 ロイが言うと、ヴィクトリアはパァ、と、可愛らしい満面の笑みを浮かべる。

 やはり年相応より少し幼いが、ヴィクトリアは今のヴィクトリアのままでいい、と、ロイは思った。その純粋な感じを忘れないでほしい、と。それは持っていない人が手に入れようとしても、なかなか無理なモノだから、と。


「それで、頼みたいことってなんですの?」


 ヴィクトリアは喜ぶのもそこそこにして、興味津々な様子でロイに訊く。

 すると、彼は少し深く息を吸って――、


「ボクは明日から戦場に往く。なら可能性の話として、生きて帰ってくる場合もあれば、残念だけど死んで帰ってこない場合もある」


「――――」

「だからね、ヴィキー、キミにはどうか、お姫様として立派になってほしい」


「ロイ様、少しお父様みたいですわよ?」

「まぁ、うん、自分でも少しはそう思うよ。でも、今すぐでなくても、ヴィキーが立派なお姫様になったら、ボクが生きて帰ってくるとしても、戦場で死ぬとしても、戦ったことに胸を張れると思うんだ」


 ロイは穏やかに、まるで親が子どもに言うように優しく伝える。

 一方で、ヴィクトリアも真剣に、でも堅苦しくなくやわらかい表情で聞き続けた。


「あとさ、ヴィキー、1ついいかな?」

「なんですの? なんでも訊いてくださいまし」


「縁起でもないことを訊いて申し訳ないけど、ボクが死んでも、ボクとヴィキーは親友だよね?」

「もちろんですわ!」


「なら、大丈夫だよ。生きて帰ってこられれば、ボクはこれからもヴィキーがお姫様として立派になっていく姿を見られる。死んだとしても、ボクとヴィキーはずっと親友だから、見守ることができなくても、いつかヴィキーが立派になったら、墓前にきてくれる理由にもなる」


 と、ロイはそこまで言うとヴィクトリアに微笑んだ。

 そしてヴィクトリアは同じくロイに微笑むも、しかし彼には絶対にバレないように、胸の中の不安を押し殺す。


(……もしかして、ロイ様は『あれ』が壊れているのでは?)


 違和感を覚えるヴィクトリア。

 彼女は自分自身がしたことだから覚えているのだ。そう、今、ロイとヴィクトリアは約束をしたが、実は裏切り者だったガクトと戦う前にも、2人は約束という行為をしている。


 加えて以前、ロイから聞かされたことがあったのだったが、彼はどうやら徴兵される前、別荘を出る時、シーリーンたちとも似たような約束をしているらしい。


 言葉というのは得てして、何回も使うと軽くなるモノだ。ゴメンなさいを何回も使えば効果が薄くなる。ありがとうを何回も使えば安っぽいお礼になる。

 その程度のことをロイが理解していないはずがないのに、しかし、彼は約束を繰り返す。


 もう、約束が口癖になっているのだろう。

 きっと、精神的に病んでいるから。


 あるいはロイ自身、約束の数が増えるほど、生きて帰らなくちゃ! という気持ちが芽生えるから、少しでも生存率を上げるために、意図的にこう言い続けているのかもしれない。

 それを察して、ヴィクトリアは――、


(本当に、大丈夫でしょうか――?)


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