1章10話 行軍前夜、そして2人の夢
「よォ、ロイ」
「先輩も夜の散歩ですか?」
「あぁ、なかなか寝付けなくてなァ」
「先輩でもそういうことがあるんですね」
ヴィクトリアの自室を出たあと、ロイは少しだけ夜の散歩をすることにしたのだが、その途中でレナードとバッティングする。
仲良しごっこをするつもりもなかったが、なんとなく、今夜はいがみ合うような気分でもなかった。
ロイはなぜか、ヴィクトリアと別れてから真っ直ぐ集団寝室に戻る気になれなかったのだが、レナードもどうやら似たような感じらしい。
2人は合流すると、それっきり無言になり、行く当てもなくぶらつき続ける。そして、いつの間にか温泉街の夜景が見えるデッキまで辿り着いた。
ロイは柵に腕を乗っけて眼下に広がる夜景を眺め、レナードは彼の隣で、柵にもたれかかるようにして夜空を見上げた。
「いよいよ明日だな」
と、レナードが白い息を吐きながら言う。
ロイはそれに答えず、そんな彼にレナードは肩をすくめる。
デッキは建物から一部分、突出するようにできている屋外なので、寒いし、それとは別に北風は冷たいし、夜だから当然のように暗い。
しかし、まぁ、今夜ぐらいは一緒にいてもいいか、と、ロイもレナードも、そこにい続ける。
「明日の朝――」
「アァ?」
「――ボクと先輩は集合する場所も違いますし、時間も少しだけ違いますよね?」
「そうだな」
レナードの返事にはいつものような刺々しさはなかった。
むしろかなり感慨深そうで、同時に淡々ともしていて、端的なその一言には哀愁とも言えるモノが込められていた。
だが、いつもと違うからといって、それを指摘するのは野暮だろう。
ゆえに、ロイもレナードと同じぐらい、感慨深そうに、しみじみと会話を続ける。
「お酒があれば飲みたい気分ですよね」
「クソが、男が2人きりで酒飲んでどうすんだよ」
相手を悪く言うレナードだが、今、そこに覇気はない。
「ボクの知る限りでも、男2人でお酒を飲むことはありますけどね」
「そういうことがありえない、って言ってんじゃねぇよ。女がいねぇと虚しいからやめようぜ、って言ってんだよ」
「先輩って、微妙に童貞を拗らせているっていうか、女の子に憧れていますよね」
「ハッ、テメェは肉食系のはずだが表面上、草食系だから知らねぇが……普通、俺たちぐらいの年の男なら、女子に憧れるモンだろ。ちげぇか?」
「いや、まさか、それであっていますよ」
苦笑するようにロイはレナードに同意しる。
まるで今にも消えてなくなりそうなほど儚く笑う彼を一瞥して、レナードはふと、別の話題に切り替えた。
「俺、前にテメェに言ったよな? 俺はキングダムセイバーになりたい、って」
「そういえばそうでしたね」
「あの目標は今でも変わってねぇ。そこまで辿り着いてやりたいこと、やるべきことはたくさんあるし、それがなかったとしても、単純に憧れる」
「――――」
「それで、一度訊いてみたかったんだが……ロイ、テメェにはそういうの、なんかねぇのか?」
レナードに問われて、ロイは静かに、深く、その答えを考える。
いや、考える必要はなかった。最初から答えは用意されていたから。
でも、なぜかその答えが自分でもわかってしまうほど、今、改めて思うと、現実味がないというか、具体性がないように思えた。
言葉にすれば、なにかわかるだろうか? ロイはそう考えてひとまず、言うだけ言ってみることにする。
「平和な世界で、幸せな人生を謳歌したい。きっとこれだけが、ボクの中にある本当の渇望なんだと思います」
「――ロイ、実際は違うんだろうが、1つ、年上として助言してやる。今回だけな」
「――――」
「たぶん、テメェは今、自分の夢に現実味がないと思ったはずだ。少なくとも、俺はそんなふうに察した。なら、簡単に問題は解決する。現実味がねぇなら、現実に存在する物や人を適当に基準にすればいい。具体的じゃねぇなら、平和とか幸せとかじゃなく、この世界に形を持っている単語を使えばいい。俺の場合はキングダムセイバー、とかな」
その助言をありがたく受け取って、ロイは改めて考えてみる。
この先輩は一見、粗野に見えて頭が良い。
一方で自分は一見、繊細に思われているはずだが、頭で考える前に、身体を動かしたり、今の場合なら、言葉として口を動かしたりしてしまう。
だが、と、ロイは今だけでもレナードのやり方を参考にしてみようと考えた。
「――いつか」
「アァ?」
「――いつかきっと、戦争を終わらせる。アリシアさんやエルヴィスさんさえも超えて、最強になって、絶対に」
「――――」
「笑わないんですか?」
「笑わねぇよ、
「まぁ、どっちが先にキングダムセイバーまで辿り着けるか、競争ですね」
「変なところでくたばるんじゃねぇぞ。テメェを倒すのはこの俺だ」
それで会話は終了だった。レナードはロイを残して静かに屋内に戻ろうとする。
しかし、ロイはレナードのあとに続かない。なんとなく、まだ1人で夜景を見ていたかったのである。
このまま別れてしまいそうな2人。
だが、最後にレナードが――、
「またな、ロイ」
「えぇ、また」
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